二日目
訪れた二日目。
今日は確か、筆記テストと実践。
筆記テストは主に貴族として当然持っていなければいけない知識を問うもので、魔法と剣について聞くものは少ないと聞いている。
実技試験はミランダ教授が用意した、仮想敵と戦うらしい。確か、三通り。
いずれにせよ、どちらも全力で臨むのは当然のこと。万全のコンディションを心掛けて、日課の走り込みに行こう。
朝はこれをやらないと目が覚めない。僕は建物の外へと出る。
「おはよう、散歩か?」
話しかけてきたのは、建物の門で見張りをしていた教員の一人だった。
「えぇ。少し早く目が覚めたので走りに行こうかと。どこかに良いコースはありますか?」
「あー、コースか……… だったらあっちの方がいいかな。見晴らしがいいから、遠くからでもこの建物が見えるだろうし、先客もいる。同じ寮になるとは限らないが、折角だし話してくるといい」
「ありがとうございます。では試験の時はよろしくお願いします」
そうして教員にお礼をいい、僕は走り出した。
グレイラット学園の敷地は非常に広い。それこそ、この周囲に建物が見えないぐらいには。闘技場の時もそうだったが、建物と建物の間隔が大きく開いているようだ。……狭い方が良いのではないのだろうか。
でも、こうして開けた草原を走るのは久しぶりだ。景色を楽しみながら、ゆっくりと走ることにしよう。
そうして周囲を見回して走っていると、遠くに人影を見つけた。あの教員が教えてくれた人だろう。折角親切に教えて貰ったことなので、僕はそれに向かって走った。
人影は金色の長髪を持つ女性だった。彼女は広い平原で一人、剣舞を演じていた。
彼女に見覚えがあった。昨日、僕に話しかけてきてくれた女性、確かクレティア=ローズ。だったか。
彼女は近づいてきた僕に気が付いて、剣を繰る腕を止めた。
「おはようございます、気持ちのいい天気ですね」
「あらごきげんよう。貴方も早くに目が覚めたのね」
「はい、ところでクレティアさんは一体何を?」
「昨日喧嘩しちゃったじゃない? 精神が乱れたときはこうやって剣舞の練習をして心を落ち着かせるの」
クレティアは腰に手を当て、右足を伸ばし楽な体制を取る。
「ところで貴方も、何でこんな疲れる期間に走っているのかしら」
「私も似たようなものです。普段見慣れない物に囲まれて落ち着かなかったので、せめて日課だけでもやっていつもの体制で臨めるようにしたいなと」
彼女は腕を軽く組み、口元に右手の人差し指を添え、僕の体を見回した。
「ふぅん。ところで昨日の話の続きなんだけど貴方、私達のチームに入らないかしら」
「確か三日目の話でしたね、嬉しい誘いなのですが申し訳ございません」
「別に悪い話じゃないと思うわよ? 確かに足手まといは二人いるけれど、私と貴方が組めば上位も狙えるわ」
足手まとい、と表現したところに僕の眉がぴくりと動いた。まだ喧嘩は続いているようだった。
「いえ、これは私側の問題でして。理由は二つありまして。一人の力がどれだけ通用するか、と試したいのが一つ」
「それ、下手したら取り返しつかなくなるわよ。もう一つは?」
「私自身の欠点でして、私は人に剣を向けられないのです。その状態で組んだとしても、迷惑をかける可能性が高いので」
クレティアは腕を組んだまま少し驚いた様子を見せた。
「二つ目なんだけど、怪我させてしまわないか不安ってことよね? その点なら安心しなさい。三日目は仮装空間でやるらしいから」
「仮想空間?」
馴染みのない単語に聞き返すと、彼女は首を掻いた。
「そういうのがこの学園で開発されたらしいのよ、現実に干渉しない空間を魔法陣でうんたらって技術が。私も詳しくは知らないんだけど、仮想空間で起きた出来事は全部なかったことになるらしいわ。ちょっと説明が下手でごめんなさいね」
「いえ、知らない情報をありがとうございます」
クレティアは右手で後ろ髪を右肩の前に出しながら顎を少し引いた。
「ま、一人でやりたいってんなら無理に勧誘なんてしないわよ。精々健闘することを軍神に祈ってあげるわ」
「ありがとうございます。……そちらも友人と仲直り出来るようにアレス様に祈ります」
「そうね」
そうして僕はクレティアと別れ、走り込みの続きをした。彼女は切り上げていた剣舞を再開せずに、建物の方へと向かった。恐らくは、仲直りしに行くのだろう。
十分後、走り込みを終えた僕も建物へと戻った。
「おう、お帰り。彼女はどうだったかい?」
「素敵な女性でしたね。気が強くて、人格の根幹がしっかりとしていました」
そう返すと、教員は乾いた笑みを浮かべた。
「別に可愛かった! とかそんな感想でいいんだよ十二歳は。小さい時からそんな張り詰めて観察してると将来手痛いぶり返しを喰らうぞー?」
「ぶり返し、ですか?」
「そうだ、お前みたいな子供は大体どっかで緊張の糸が切れて悪い大人になっちまうんだ」
「その点ならご心配なく、もう充分悪い子供ですので」
師匠を裏切ったり、父親の最後の願い事を聞かなかったり。
「あー、まぁ、そうだな。お前みたいな子供に忠告するとすれば…… ストレスをため込みすぎないようにしろ、ってところだな。適度に暴れて、適度に発散! これ大事な」
「そうなのですか?」
言ってることがあまりよく分からない。
「それこそさっきの彼女みたいに大喧嘩とかしたりな。そういう喧嘩も子供のうちに済ませとけよ?」
「心の隅に留めておきます。ところで気になったのですが、教員がそんな非行を勧めていいのでしょうか?」
「校長があんな感じだからな、教員だって自由にやっていいんだよこの学園は。それに教員ってのは子供の道しるべだ、ただ頭を凝り固めて教えるだけじゃ教師の資格なんて持てるわけないさ」
アハハ、と教員は僕の頭を掴んで笑った。
「っと、お節介もここまでにしておこうか。ま、受験頑張れよ」
「それでは失礼します」
そうして僕は建物に戻り、そのまま食堂へと向かった。
食堂に昨日のおばちゃんはおらず、今日食堂の受付をしているのは若いお兄さんだった。
「すみません、このセットを二人前で」
「了解した」
若いお兄さんは不愛想で、注文を受けるともう話すことがないとばかりに僕から視線を切った。
今日の今まで気さくな人とばかり会話してきたから、これはこれで嬉しい対応だった。僕は昨日と同じ、端の方の目立たない席を確保した。
さて、二日目。午前は筆記テスト。適度に走って気持ちも落ち着いた。万全な体制で臨める気がした。




