転生の魔法陣
そして半年後。
私の目前には未だに研究途中の魔法陣を彫った地面が数個ある。
記憶を保持したまま転送させる技術は既に完成しており、今は転送後の時代を安定させる研究をしていた。
転生の秘術には欠陥があり、そもそもの成功率が五割と低いこと。
それと転生先の時代を中々指定出来ないところにあった。明日に転生させようと、ボビーという小動物を千匹用いて試したところ、数時間後から数週間後までと転生にかける時間が均等にばらけてしまっていた。
当然グラファニーにはそのことを伝えている。
「……思った以上に大変さねぇ」
気がつけばその独り言が口癖になっていた。
普通の魔法陣を開発したいのであれば何度か試行すれば完成するのだが、これに関しては一万回試行したとしても完璧な完成が見えてこなかった。
ここでふと、腹の虫が鳴る。
研究以外のことを忘れ没頭しているとはいえ、極限までお腹がすくと流石に分かる。
私は地面を掘る岩を止め、予め貯蓄しておいた魔獣の肉の元へと向かった。木の実を混ぜて防腐処理はしているが流石に一週間立つと少々腐臭が漂い始める。
そろそろ新たに魔獣を狩る頃合か、と考えながら肉を炎の魔法陣に放り込む。
魔法陣の使用用途は主に二つある。
一つは周囲の大気から魔力を借り、発熱や冷却など単純な影響を及ぼす魔法を継続的に行使する為に。もう一つの使用用途は、僅かなズレで失敗するような繊細な魔法を行使する時に使用する為の補助器具として使うことだ。
炎の魔法陣が前者で、転生の魔法は後者だ。
炎の魔法陣に放られた肉から脂の匂いが広がる。乱切りにしただけの分厚いカットステーキが単純に焼けただけの香ばしい匂い。単純な香りなだけに、食欲を刺激する。
表層だけが焼けた肉を鷲掴みし、大きく開いた口で頬張る。
口内でガチリ、と音が響く。
感じたことのない鈍い感触に戸惑いながらも、突如口の中に現れた石ころを舌先できように取り出す。
口元を押さえ、手の中に吐き出したのは二本の歯であった。
先ほどまで生えてたのかと思えないくらいボロボロだ。常に白く、産まれてこのかた一度も抜けたことがないのが自慢だった歯が見る影もない。
私はこの現象に見覚えがあった。
「………思ったより早く来たもんだねぇ」
そう、これは生物が寿命を迎える時に起こる前兆だ。
殺しや事故など死の要因が外にあるのであれば、肉体はこの世に残り魂は輪廻するとされているが、無事寿命を迎えたとされる生物は肉体が段階を追って灰と化し、魂は神の御許に送られるとされている。
本当に神の御許に送られる訳ではないと軍神であるアレスから聞いたことはあるが、何にせよ私は数時間後で死ぬということを宣告されたということだ。
研究途中ではあったが、こうなっては仕方がない。
地面に刻んである研究途中の不安定な魔法陣を取り払い、最期に完成させた魔法陣を刻む。不純物が混じり転生失敗するようなことがないよう、念のため全ての食料を洞窟の外に放り出す。
不要なものが洞窟内に置かれていないことを確認し、穏やかながらも徐々に朽ちる身体で鋭利な石を大きな一枚岩に走らせる。
そして刻んだ魔法陣には魔力を流すための液体を流す。原材料は処女、私の生き血に亜竜の羽を粉末状にして混ぜ、ネズミの涎を数滴垂らしたものだ。
この液体が精霊との親和性を高め、より魔力の流れを安定させてくれる。
「さて六千年後…… 本当に行けるのかねぇ」
不安要素は多い。六千年後に設定しているが三万年後に転生する可能性がある。うっかり千年後に転生してしまうのなら別にいいのだが、そもそも転生出来ない可能性もある。
不安で心臓が圧迫される。
「おや、この私が不安を感じているのかい?」
思えば、過去にここまで不安を感じた経験はない。
心臓が強く脈打つ時と言えば戦闘中ぐらいだろうが、それでもここまで強く鼓動したことはない。
不安を感じてる最中、しかも死ぬ直前だというのに初めて感じる感覚に笑わずにはいられなかった。
「フフッ、来世が楽しみだねぇ」
来世が来るとは確定していない。それでも来世に希望を見出せた。
私は魔法陣の中心に跪き、右手で魔法陣へ触れる。
呼吸を整え、体内から流した魔力が伝導体に広がり、液体が白く眩く輝く。
洞窟の中を余すことなく万遍に、影一つなく照らす無常な光は朽ちる身体を飲み込み私の意識を包み込む。薄れゆく意識の中で、私は幸福を感じていた。
さて来世ではどんな初めてが待ち受けているのだろうか。