シオンとフィレイ殿下
しっかりと整備された道を走る馬車。さっきまで乗っていた馬車と違い殆ど揺れず、乗り心地は非常に快適だ。
けれどその快適さが僕の不安を掻き立て、柔らかな椅子とは裏腹に、僕の体はカチコチに硬直していた。かなり珍しい、完全な透明ガラスから外の景色を見ることを忘れて、対面の椅子を凝視していた。
「もう少し寛げよ。入学したらこんなものいくらでも与えられるんだ、さっさと慣れねぇと苦労するぞ」
「それは分かってますけど………」
「お前はもう少し図々しくなるべきだ。あの腑抜けだって最近、これは自分の物だと言って博物館から最強の剣を取り返していたぞ」
「……それ、泥棒じゃないですか?」
「まぁ、実際元々はあいつが使ってたもんだから、泥棒かは怪しいな。っと、まぁそろそろ時間だ」
今自分はこうしてアレス様と会話していたが、アレス様が地上に干渉できる時間は非常に短い。どのくらい短いかというと、一か月で合計十時間が限界らしい。
「普段通りやれよ」
「ではまた、いつか」
そうしてアレス様は神託を切った。アレス様が見ていないと認識出来てしまうと、この豪華な馬車での孤独感が掻き立てられてしまう。
そんな孤独に苛まれ約三十分、ようやく俯く自分に声を掛けられた。カチャリ、と側面の扉の鍵が開く音と共に、御者が姿を見せた。
「シオン様、到着なさいました」
「あ、はい。ありがとうございます」
僕は開かれた扉から降りながら、御者に頭を下げた。
そして顔を見上げて前方を見てみると、自分の来ている服とは比べ物にならないぐらい豪華で眩しい服を着ている貴族達が大きな石畳の広間に集まっていた。
アレス様が僕の服は地味すぎると言っていたが、それはやはり正しかったようだ。
とはいえあんな豪華すぎる服を、僕は着たくない。
そんな我儘なことを考えながら僕は広間の中央に見えた噴水へと歩く。
地味すぎる服で少し浮いているか、と思ったがどうやら皆は地味な人に興味ないらしく、僕は目立つことなく広間を歩くことが出来た。
広間の中央にある、彫刻が施された噴水を見上げる。
「ほえぇ……」
思わず声が出てしまうほど、意匠に凝っていた。
貴族という社会に適応する為、アレス様とリコン兄さんには色々叩きこまれている。美術品の審美眼とかは主にリコンから叩き込まれた。
だから、人が注目しないような細部まで凝って、中央にある誰かの石像を際立たせていることが分かった。………中央の石像は誰なんだろうか。
(それにしても、話しかける相手がいないというのは辛いですね)
いや、話しかける相手がいないだけならこれほど辛くはないだろう。
これ程のアウェイを感じてしまうのは周囲の人を話しかけられない相手、ではなく話しかけてはいけない相手と認識してしまっているからだろう。
(念のためとはいえ、速く来たのは失敗でした)
こんなことならギリギリに来るべきだった。
後悔したところで入試なんて経験二度とないから意味はない。僕は噴水の近くで座れそうな、比較的綺麗な地面を探し、そこに座り込んだ。
すると、座り込んだ僕に視線が集まった。主に四、五人の集団を作っている貴族達が僕を見ていた。いや、これは、見下す目か。
「あらやだ、あの子……」
ひそひそ話を装ったやや大きな声が聞こえる。
「不潔ねぇ」
「地べたに座っているわ、あんな子も入学するのかしら?」
貴族とやらは、どうやら地面に座ったりしないらしい。貴族と接する為に色々マナーは勉強してきたが当然というか、常識にも違いがあるようだ。
今後アレス様の言うようにこの学園で主席を取るのであれば、この辺の摺り合わせもしないといけなさそうだ。
さて、既にいたたまれない気持ちでいっぱいなのだが、ここから立って逃げ出すか聞いてないフリして座るか。どっちがダメージが低いだろうか。
どっちか判断しきれなかった僕は、最終的に動けないという結果に終わる。
そうして試験開始を待っていると、ふと正面の遠くから騒がしい声が聞こえた。
気になって遠くを眺めてみると周りの令嬢や令息が会話をやめ、ある一点に注目しているのが伺えた。その一点を見ると、二人の男子が話し合いながら噴水に向かって歩いていた。
中央の人物は柘榴色のコートに少しの金糸を纏った、アレス様なら地味すぎると評するであろう服を着ていた。
その隣は……… 僕たちと同い年なんだろうけど、隣の彼のボディーガードという印象を抱いた。燕尾服を着て執事のような恰好をしている。執事のような恰好だけれど、その眼はリコンの周囲にいた人たちを思い出させる。
ふと瑠璃色のコートの子と目が合う。すると彼は歩く速度をやや早め、僕の方へと向かってきた。
いや、本当に僕の方か? ただ噴水を見つけて興味を抱いただけ、という方が納得出来る。となると僕は退くべきだろうか。なんて考えていると逃げ遅れた。
彼は僕のことを見下ろしていた。
彼は僕に右手を差し出し、爽やかな笑顔でこう言った。
「やぁ初めまして! 君がシオンかな?」
突如会話を仕掛けられたのも驚きだったが、名前を知られていたということに謎と恐怖を覚えた。それでも答えようと声を出そうとすると、やや声がどもった。
まともな口調を取り戻したのは、それから少ししてからだった。
「………え、えっと。そうです。けれど何故私の名前を?」
「レイ=ミルロットって知ってるよね? ちょっと彼女にお世話になってね」
「え、師匠を知ってるんですか!?」
僕は師匠の名前が出たことに驚き、立ち上がって差し出された手を強く握った。
いや、師匠は元師匠なんだけれど。というか今の対応失礼ではないだろうか、がっつく僕に彼は眼を少し大きく開いていた。
「えっと、レイ様を知ってるんですか?」
「つい最近まで一緒に学んでてね。君のことをよく話してて、気になったからこうして見に来たんだ」
レイが僕のことをよく話していた? それは、少し、嬉しい。
「ああ、自己紹介が遅れたね。僕はフィレイ=G=シルヴァ、グレイ王国第三王子だよ」
「………シオンと申します」
聞き捨てならない身分を名乗られたが、実感が湧かない程に高い身分だったので、取り合えず平静を装う。
「よかったら君の知ってるレイについて教えてくれるかな?」
「私もレイ様が何をしていたか気になります。えっと、教えてくだ…… えっと、確か…… えっ……」
目上の人、しかも王子にどうお願いすればいいのか分からず、言葉がしどろもどろになる。フィレイ殿下はそれを笑い飛ばした。
そうしたやり取りを交わしていると、隣の燕尾服の彼が頭を抱えていた。
「あぁ、それと隣の彼はエウィン。僕の将来の側近だよ」
「初めまして。取り合えず殿下と言葉を交わす以上、地面に座るのはご遠慮いただけますか」
「すみません。立つタイミングを見失ってしまいまして」
僕は立ち上がり、試験が始まるその時間まで僕とフィレイ殿下は師匠について互いに知ってることを語り合った。




