今回の主役は私ことシオンです
ガタゴトと揺れる馬車の中、僕は両手剣を膝の上に置き、高ぶる心臓の鼓動を感じていた。
着慣れない華美で豪奢な、藍色を基調とした自分の服をまじまじと見下ろす。貴族に舐められない為とアレス様が僕に用意させた服だ。十分豪華だと思うが、アレス様はこれでも地味だと憤っていた。
僕はそんな服を着て、むずがゆくなった背中を揺すっていた。
「調子はどうだ?」
「少し緊張しています。やはりこういう大きなイベントというのは、怖いですね」
少し申し訳なさそうに喋ってみたけれど、緊張してしまうのは当然のことだと思う。
なんせ今日はグレイラット学園の入試。正確には生徒のランク付けをする査定。それが行われる日なのだから。
僕が今乗っているのはその会場に向かう馬車、このまま順調に行けば入試開始の十時には余裕で間に合う馬車だ。
「お前は臆病なくらいが丁度いい。が、だがまぁ、一つ俺からの有難い言葉を与えよう」
「はい」
「お前は常々、あの英雄グレイラットを見て日々過酷な鍛錬を続けてきた。半年という短い間の鍛錬ではあるが、それでも今のお前はあの入試に怯える必要がないぐらいに強い。だから硬くなる必要も全力を出そうとする必要もない。いつも通りやれば、十分上は目指せるだろう」
それが、軍神アレス様からの有難い言葉だった。
至極まともな、安心出来る言葉。アレス様なりに僕を励まそうとしているのだろう。けれど………
「………アレス様が、至極真っ当なこと言ってて少し不安になりました」
「おい、素直に有難がれよ」
「いえ普段のアレス様はそんなまともに励まそうとしません。普段なら私に罵詈雑言浴びせて金ダライを落としてくる筈です」
「分かった、それが望みなのだな?」
アレス様が若干声色を変えて、笑い混じりの声でそう言うと僕の頭上に何かを発生させた。
普通なら分かるものではないがアレス様から散々物を落とされていた僕は、それに気づき、落ちてきた黒い物体を避けて落ちる前にキャッチした。
落ちてきたものはかなり重い、太い棒の両方の先端に、黒く分厚い鉄の板が何枚か重ねられた何かだった。
「…………なんですか、これは」
「四十キロの鉄アレイだ」
「確かに初めて見るものですけど! 入試前に大怪我させるつもりですか!?」
「入試前だし俺も気合入れてな。お前の望みも叶えてやったし満足だろう」
「満足しました、もう二度と落とさないでください」
こんなものを落とされたのは少し怖かったが、やはりこうされた方が、少し落ち着くものがあった。
「あ、因みにそれはヘパイストスの打った剣を融かして作った俺の最高傑作だ。元あった位置に戻したら顔真っ赤にして俺に投げつけてきやがった、まぁ忌々しい品だな」
「アレス様は一度ヘパイストスに殺されるべきです」
「何を言う、こればかりは俺が被害者だぞ」
「毎回言ってますよねその台詞」
面白可笑しそうに笑うアレス様。………この他人を傷つける性格さえなければ最高の神様なんだけれども。仲間にはあんなに優しいと言うのに。
「ああ、それとお前」
「はいなんでしょうか」
「周囲の乗客から奇異の目で見られてるぞ」
「よし黙ります」
この馬車は平民向けの馬車だから、グレイラット学園に行けるような貴族は乗っていなかったことが不幸中の幸いか。
とはいえ延々と独り言を喋る気持ち悪い奴だとは思われたくないので、乗客の人たちに一度謝り黙ることにした。
「仮にもグレイラット学園に通おうとしてる人がこんな気持ち悪い子だとはな?」
黙ることにした。
そうして事前に泊まっていた宿から三時間かけてやってきたグレイラット学園。馬車はグレイラット学園には近寄らないので、一時間は歩いてここまで来た。
遠くからも少しだけ影が見えていたが、近くで見てみるとやはり……… 塀だ。
そう、塀だ。左右に、遥か遠くへと続く塀が目前に見えるだけだ。
それもその筈、グレイラット学園は小国に匹敵するような広大な土地を有しているからだ。グレイラット学園の中央には王城のような立派な建物があるらしいが、それほど土地が広ければ敷地の端から見えるなんてことはない。
塀の近くの道を馬車が走っているのが見えた。入試会場は恐らくそちら側だろう。僕は塀に沿って左へと歩いた。
時折僕を追い抜かす馬車の中から、貴族が僕のことを見下ろしているのが何度か伺えた。
そうして到着した試験会場。ただの壁だった塀とは違い、入り口は活気に満ちていた。
「………やっぱり緊張してきた」
「鉄アレイ落とすか」
「分かりました行きます」
アレス様と軽くやり取りを交わすと、僕は敷地の入り口へと近づいた。
入口の近くでは、何人かの制服を着た生徒達が、馬車へと挨拶をしていた。元気なお兄さん達だなと見ていたら少し気持ちが落ち着いた。
そうして歩く速度を再び上げると、ふと、向こう側から一人が、僕のところへと駆け寄ってくるのが見えた。
かなりあった距離は彼の足の速さによってあっという間に詰められた。
「君は見学のつもりで来たのかい? 悪いけど入試は見学出来ないんだ」
顔立ちの整った美形の彼は少しだけしかめて申し訳なさそうに、少しだけへりくだるような動きで僕に言った。
「いえ、僕も入試で来たんです。えっと確か───」
背中のリュックから紹介状を取り出した。
「これで入学出来るんですよね?」
彼は驚いて、表情が少しだけ強張った。
「悪いけど、ちょっと検めさせて貰っていいかな?」
「分かりました、私も本物かどうか不安になってきたので」
彼は紹介状をじっくりと眺める。恐らく、どこかに偽物である証拠があるのではと隈なく探しているようだが、紹介人のところを見て、納得したように安堵の息を吐いた。
「ああ、ミランダ教授の紹介か。なら納得だよ」
どうやらこれを書いたミランダ教授というのは、彼の中で少し変人らしい。僕は会ったことないので知らないけれども。
「あー、だとしたら…… ようこそグレイラット学園へ?」
「えっと、よろしくお願いします?」
「こんなとこで立ち止まり続けるのもあれだしさっさと学園に入っちゃおう」
僕は彼に促され、やや速足でグレイラット学園の敷地内へと足を踏み入れた。塀の向こう側も草原が続いており、敷地に入った実感はなかった。
「さ、ここからは馬車でゆっくりしていくんだよ」
ただ貴族のところに足を踏み入れたんだなという実感は湧いた。
案内された馬車がかなり豪華なものだったからだ。幾度も道の脇から眺めるだけだった四人乗りの豪華な馬車に乗せられたのだから。
しかもそんな馬車に自分一人だけで乗ることになった。これ以上なく贅沢してる気分で、少し不安になった。




