フィレイ王子と王様
大食いを止められ、暇な時間を過ごすこと二十分。ようやく領主と会う許可が得られた。といっても向こうから頼まれたことなのだが。何故頼まれて二十分も待たなければならなかったのだろうか。
副団長に館内まで案内され、その案内を執事が引き継ぎ、領主の仕事部屋まで連れられる。賞金稼ぎに用事があるなら私をメインに扱うべきなのだが、身体の幼さ故か視線はミリにしか向かっていなかった。
その後は領主様と話し、トントン拍子で王様と会うことが決まった。
なんでも王様ではなく王子様が会いたいとのこと。間違いなくフィレイが言ったんだろうな、と薄い根拠ではあるがそう思った。
客人だから馬車で送ってくれる、と言ってくれたが一角獣で走った方が速いので断った。領主は苦笑いしながらも、なら連絡だけしとくと言ってくれた。
自分より速く連絡出来るのか? と思ったがこの時代では専用の水晶を通して会話が出来るらしい。かなり高価で貴族の中でも金持ちしか持てないらしい。
と、いう訳で王城までひとっ走り。
そうしてやってきた城下町。馬を走らせるのは危険なので降りた。
前に来た時は真夜中で静まり返っていたが、こうして昼過ぎに来ると中々に賑わっている。流石城の近くと言うべきか治安が良く、街中が酒場並みに騒がしいというのにどこか纏まった雰囲気だ。
城下町はいくつかの層に分かれているようで、騒がしいのは平民がひしめく外側だけのようだ。王城に向かって歩くにつれ人の数は減っていき、高級住宅街へと変容を遂げる。
歩く人も正装をした人、おそらく召使達ばかりになり、貴族達の馬車が辺りを歩いている。
珍しくゆっくり歩きながら辿りついた王城。前来た時は夜の所為で全体像は見えなかったが、こうして見ると無駄に派手ででかい。権力を象徴するだけに大きくしたのだろう。
そうして見上げながら近づいていると、道の横で会話していた兵士から声をかけられる。
「おっと、ここからは立ち入り禁止だよ」
「いやわざわざ出向いたんだけど。聞いてない? 賞金稼ぎの子供の話」
「ああ、あれか。確認取るからちょっと待ってね」
兵士は懐から手のひらサイズの真っ黒な結晶を取り出し、先端を私に向ける。確か、映像を撮る時に使う結晶だったか。
フィレイ王子は私の顔を一度見たことがある。一年経っているとはいえ、面影ぐらいは分かるだろう。
紅茶とか用意されて部屋の中で待つこと一時間、謁見の許可が取れた。いやまぁ頼まれたのは私側だけど。
そうして私達は王城に足を踏み入れた。本を盗む時に入ったことがあるので、特に真新しさはない。相変わらず綺麗だな、としか思わなかった。ミリはなんか落ち着けないようだ。
「どうぞ」
近衛兵に促され、謁見室へと入る。王様と言っても色々なタイプがいるが、まぁ愚王でなければなんでもいい。
そんな冷えたことを考えながら、近衛兵の開けた扉を通る。
謁見室に入って先ず目に入ったのは、玉座だった。王様がいるから当然と言えば当然なのだが、シンプルな造りの部屋の適所適所に金色の装飾を施しており、自然と玉座に目が向くようになっていた。
そう分析しながら周囲を周囲を見回す。
玉座に続くレッドカーペットの両側には四人ずつ近衛兵が。王様を守るという建前ではちょっと少ない方か。両側の壁は赤いタペストリーが数本、この国の紋章と金糸による蔦のデザインが施されている。
後壁や柱の下部にも彫刻が………
そうして周囲を観察していると、不意に横から声をかけられた。
「やぁ、久しぶり! 元気にしてた?」
横から声をかけてきたのはフィレイだった。私の驚く顔を見て、フィレイはどこか満足げだ。
いや、突然声をかけられたにも驚いたが、私の不意をついたフィレイそのものにも驚いている。私は魔力の流れが見えるから、不意打ちされることに縁がない筈なのだが………
「っとと、驚かせちゃったかな?」
フィレイは全く悪びれもせずに左手を差し出した。握手で応じようと左手を合わせようとすると、その手はフィレイの手を掴めず空を切った。
フィレイの身体はそこにあって、手も確かに差し出されているというのに触れない。フィレイの右手に私の身体が埋もれているという、奇妙な現象を体感している。
突如、フィレイの身体の輪郭がぼやけて消える。
「やーやーごめんね、僕はこっちだよ」
フィレイは王様が座している玉座の後ろから顔を覗かせた。今度は魔力の流れも感じられるから本物だろう。
「あ、父さんありがと!」
「初対面の相手をからかうのはやめろ。何度言えば分かる」
「初対面じゃないよ! 僕とレイは昔っからの知り合いさ、そうだよね?」
「………一度会っただけですけどね」
フィレイ王子とは本を盗む時に一度出会っただけだ。返すときはこっそり返しただけでフィレイとはすれ違ってすらいない。
それにしても、フィレイとはこんな調子良さそうな人だったろうか。
一度話しただけで、加えてイメージが美化されてるだけかもしれないが、もう少し賢く振舞っているような人間だと思っていた。
「フィレイ、何度も言うが第三王子としての自覚を持て」
国王は溜め息を吐き、フィレイは国王を睨む。お互いに機嫌が悪そうだ。
「別にいいじゃん、王様は兄さんがなるんだからさ。レイ、今日はよく来てくれたね」
フィレイは悪びれもせずそう言いながら、国王に背を向け、私に右手を差し出す。今度は実体のある本物の手だ。私は両手でフィレイの手を握る。
「で、わざわざ呼び出して何の用ですか?」
「あのね、僕が学園に行くまでの間、一緒に剣術を勉強して欲しいんだ」
「剣……?」
剣。この時代の魔法ならともかく、剣術自体は昔と比べてもあまり変わっていない。型というものは大変参考になったが私の経験が余裕で通じる以上、勉強する必要はない。
というか一緒にの必要性が分からない。
「なんでわざわざ私が一緒にやらないといけないのですか?」
「いや、自分で言うのもなんだけど僕、学問も魔法も剣術も全部出来ちゃってさ。やりがいがないんだよ。君なら分かるでしょ? だって君、僕より強いんだからさ」
フィレイは乾いた笑いを浮かべながら、私に期待の眼差しを向けて言う。強くて退屈なのが苦痛だというのは痛い程分かる。それが分かるからフィレイが本当に求めていることも分かる。
「だから私に叩きのめされたいと?」
「えっと、そうなるかな。勿論お礼は弾むよ」
「何年ぐらいですか?」
「試験は今度の十月だから、一年弱ぐらいだね」
十ヶ月か。まぁ年数とかはあまり関係ない。少し気になっただけの話だ。このまま逃げるだけの盗賊を狩り続けるよりは、フィレイのお願いを聞き入れた方が退屈しなくていいだろう。
「分かりました、引き受けます。お礼は…… 飯とか寝床とか用意してくれれば構いませんよ」
「そう、ありがとう! いいよね、父さん?」
「真面目に勉強するって条件を守る限りはな。しつこく言うが、守れなかったら外出禁止にするぞ」
「えっ何の話?」
「………はぁ」
面倒くさそうな話になりそうなので、私は慌てて横槍を入れる。
「で、お願いしといて人を待たせるつもり?」
「あっごめんごめん! んじゃ僕、王城案内してくるね!」
フィレイに右手で背中を押され、私は謁見室を出る。力強く押してくるフィレイの腕からは、早くここを出たいという意思が感じられた。




