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シオンの道場を出て

【元英雄】レイ=ミルロット


 冷えた岩の上に座っていた私の頬を、冷たい風が切る。


「へっくし!」


 私はむず痒い鼻の下を抑え、鼻水をすする。時は既に十一月、この辺りの地域は急激に冷え込む時期だ。普段なら気にならない程度の寒さなのだが、どうにもこう退屈だと変に寒く感じる。


「お疲れ様です~、そろそろ冷えてくる季節ですのでお体には気をつけてくださいね~」

「………道場に戻りましょうかね」

「帰りましょうか?」


 ミリは私の呟きを冗談だと笑いながら後ろ向きな提案をする。当然ながら、私は今更戻るつもりなんて全く無い。ミリもそれが分かっているのだろう。


「ま、流石に帰れませんよね。それに、やはり私はこうして殺しまわるのが性に合っているようです」


 私は後ろを振り向き、刎ねた首を敷き詰めたリアカーを見やる。

 リアカーは山賊が所持していたもの。敷き詰められている頭は、伯爵によってかなりの賞金がかけられた山賊達のものだ。


 全部首から上に新しい傷はなくどれがどれだか分かりやすい。賞金首として引き渡す時に身元確認するが、それはスムーズに行われることだろう。


「とはいえ、退屈なことに変わりないのですがね」


 思わず溜め息を吐いてしまう。性に合っている、とはいってもそれは惰性で行っているに過ぎない。なんというか、前世の終わり頃の感覚だ。


「お嬢様、やはりシオンの所に帰りませんか?」


 今度は冗談を仄めかして言うのではなく、真剣な提案だ。


「………なーんか、戻る気がしないんですよね」


 こういうのを藁にも縋る思いって言うんでしょうかね。どうせ私が最強なのが分かっていたとしても、期待せずにはいられない。再び出会う時、激変していることを期待している。

 本当、ありえない話だというのに。


「ま、今はこれを引き渡しましょうかね」


 私は少し温まった岩から立ち上がり、リヤカーのハンドルを右手で掴み、半ば引きずるような感覚で引っ張る。自分の身長が低く、リヤカーの底が地面を抉っているが、少し五月蝿いだけだ。

 この洞窟から領主の家までは…… 走って十五分と言ったところか。リヤカーの耐久が持てばいいけれど、心配だ。


 そんな心配をしながらも走り出そうとすると、ミリが慌ててそれを止めた。


「あっお嬢様! ちゃんと布で隠してください!」

「………なんで?」

「普通の人は死体を見たら驚きますので。入学までに問題起こしたくないのでしょう?」


 死体を見て驚く? 自分より格上の者に会って恐怖するのは散々見てきたから分からなくもないが、こんな動かない、害のない物に驚いたりするって可笑しくない?


「まぁ、ちょっとそこのテントから物色するね」


 洞窟入り口に構えられていたテントから布とロープを剥ぎ取り、それらを使い、リアカーの中身を隠す。厳重に縛ったから振動で解けることは多分ない。

 ミリがロープを引っ張りそのことを確認して頷く。


 リアカーから今にも壊れそうな音を出しながら、私は最寄の伯爵邸へと向かった。



 そして到着した伯爵邸の前。リヤカーはタイヤが取れ、輪郭もボロボロでギリギリリヤカーとしての体裁を保っている感じだ。今にも壊れないか、ミリが心配そうに見ている。

 そんな怪しげなリヤカーを引きずって領主邸の前に止まると、三人の兵士が駆け寄ってきた。


「おや、お子さん。それの中身見せてくれるかな?」

「ええ構いませ………」

「ちょっと待ってください!」


 中身を見せようとする私の背中に、息を切らしているミリが飛び込んできた。


「あの、それ、賞金首の死体です。確認お願い出来ますか?」

「…………おい、確認しろ」


 背の小さい兵士に命じられ、背の高い兵士がリヤカーを覆う布を小さく捲り、頷く。三人とも全身を甲冑で覆ってるから身体的特徴が分からない。


「こっちだ」


 その一単語だけの案内は、やけに焦っているように聴こえた。兵士は半ば奪い取るように私からリヤカー…… と、いうか木のボロ箱を受け取る。


 案内されたのは領主邸の隣に設けられた、詰所みたいなところだった。私達が入る前は兵士達がワイワイ騒いでいたが、そんな男達の所に私のような子供とミリのような残念美人が入ると、騒がしい空気が少し落ち着いた。


 男だらけの詰所に子供と女が入ったからだろう。私に向かう視線よりミリに向かう視線の方が圧倒的に多い。日頃の言動の所為でたまに忘れるが美人なんだよね、こいつ。


「あっれ、隊長。まさか愛人ですか?」

「洒落にならない冗談はやめろ。………このお方はハンターだ」

「あ、初めまして! 僕、副隊長のナタラ=オーンと言います!」


 そう言って両手を差し出してくる副団長は一見爽やかな印象だが、目がギラついていた。ミリはそれを無視して隊長に話しかける。


「それで、あの首はいつ頃になりそうですか?」

「ちゃんと照合が終わり次第用意出来るから待っててくれ。ここまで案内したのは別件のことでな。悪いが主人達に会って貰えるか」


 半ば強制するような口調でお願いしてくる。


「それはどういった用件で?」

「いや、国王さんがよ。若い女と子供の賞金稼ぎに偉く興味をお持ちでな。見つけたら教えてくれ、とか言われてるんだ」

「お嬢様どうします?」


 どうする、か。正直、偉いとされている人間に関わると時間ばかり喰われるだけで面白くも何ともない。むしろ命令聞かないから捕らえる! とか言う馬鹿もいたから面倒なだけ………


 あぁ、思い出した。フィレイ? だっけか。王子がいたわ。あいつ今何やってるんだろ。


「折角だし行ってみようかな」

「だそうです~」

「分かった。おいナタラ。行け」


 命じられた副団長は音の立たない駆け足で詰所を出て行った。


「まぁ、男くさいとこだが少し寛いでくれや。何か食うか?」

「少しだけだと却って腹が減るしいいかな」

「子供は遠慮するなって。まかないでよければ用意するぞ」

「んじゃ遠慮なく」


 十分後、見習い騎士から必死に頭下げられた。

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