軍神アレスという存在
暗闇、精神世界の中でアレス様は胡坐をかいて、一枚の紙を僕に見せ付けるようヒラヒラさせていた。師匠…… じゃなくてレイ様に貰った紹介状だ。
「それがどうしたの」
「お前、この学園に行くのか?」
そう問われたが、なんか漠然としない感覚だった。行く、といえば行きたいのだが取り合えず流れ的に行く、みたいな感じで、「はい」の一言が出なかった。
レイ様に勧められて、学費もなんやかんやで援助して貰えることになって。行く理由というよりは、行かない理由がない。
「………多分?」
「多分っておいお前自分のことだろ。まぁいい、行くこと前提で話を進めるぞ」
床に座るよう促してきたので、僕は正座をして耳を傾けた。
「一昨日ぐらいだったか。俺ぁ弟子になれとか大層なことぬかしたが、あまり頻繁に視てやることは出来ねぇ」
「えっ」
「神様としての決まりってもんがあってな。行き過ぎた干渉がバレると一世紀余り地上に干渉出来なくなっちまうんだ。ま、お祭りってことにして他の神を納得させようとしてはいるが、それまでは加護を強める時にだけしか干渉してやれねぇ」
内容は分からないがともかく、理由があってあまり頻繁に会えないらしい。
「だったら最初から加護を授けてくれれば……」
「んなことしたら身体が耐え切れず破裂するか精神が耐え切れず廃人になるぞ。ま、普通はそうなるんだが…… 試してみるか? グレイラットは耐えたぞ」
アレス様は不敵な笑みを向ける。右手をゆらゆらさせながら僕へとかざす。
「いや、やめとく」
「それが妥当だ」
笑みと右手を引っ込め、アレス様は逸れかけた話へと戻る。
「そんなだから育つ環境を用意してやることは出来ねぇ。つーことでお前に試練を課す」
「試練?」
「そうだな。取り合えず学年主席を目指せ。戦士に無駄な技能も習わされるが、それも含めた主席だ」
「無駄なら習わなくてよくない?」
「俺もそう言いたいんだがな。個人の強さでグレイラットに敵えたらああなってねぇんだよ」
アレス様は吐き捨てるように言うと、僕を指差す。
「いいか? グレイラットはお前一人で倒すんじゃない。三億年前は魔物が束になっても敵わなかったんだ。俺の使途になった程度であいつは倒せねぇ。仲間が必要だ。共に挑む仲間がな」
「分かったけど…… そんな人いるの?」
「それを探すのも試練だ」
アレス様は目を泳がせながらもはっきりと言い切る。
「…………」
はっきりと言い切ったが、泳いでる目が全てを語っていた。どうやらアレス様にも思いつかないらしい。
確かアレス様は、挑む度胸のある人間がいなかったことに腹を立てていた気がする。
「まぁ神様も様々な奴がいるように人間も様々な奴がいる。まだグレイラットが幅を利かせてないこの時代ならいるかもしれん、というか現にお前がいたな」
「確かに」
「ま、なんだ。言いたかったことはこれで全部だが、お前は聞きたいこととかあるか?」
んー、と鼻を響かせながら右手で首元を押さえ考え込む。特に聞きたいこととかは…… ああ、一つだけ不安がある。
「じゃあ一つ質問。グレイラット学園ってそもそもどんなとこなの? 勉強するとこってのは分かったんだけど…… それ以外が全く分からない」
これから長い付き合いになりそうなグレイラット学園。事前情報もなしに歩を進めるには少々怖いところがある。詳しく知りたいと問いかけるが、アレス様は難しそうな顔をして耳の裏辺りを掻いた。
「あー、ここで一気に説明したとして情報量が多すぎて覚えきれないだろうな」
「適当でいいから?」
「んじゃ歴史だけ教えるぞ。細かい規則とかは後で本を用意してやるからじっくり読んどけ」
アレス様は一度胡坐を組みなおす。
「お前、事あるごとに貴族がグレイラット学園の話題を切り出すが、グレイラット学園が設立されたのは何年前のことだと思う?」
「…………八十年ぐらい?」
「十七年だ。今や貴族にとってなくてはならない学園だがな、学園の歴史自体は案外短いんだ。とはいえ、設立に至った理由を考えると浅い歴史とも言えないんだがな」
アレス様は暫し考え込みながら、ぶつぶつと呟く。辛うじて聞き取れる声から推測するに、どう説明するか悩んでいるようだ。
「あー、そうだな。二十年前までは戦争だらけだったのは流石に知ってるよな?」
「うん、それは知ってるよ。今は戦争とかあんまり聞かなくなったけどね」
お父さんが子供の頃が丁度その頃だ。ちゃんばらごっことかして貰う時にその頃の体験談を何度もしつこく聞かされたりした。
………内容は難しすぎて覚えてないけど、とにかく戦争はするなとかいう事を言ってた気がする。
「んで、人々と資源を失った国々は戦争やめようってことになってな。この辺は地球やフォーランと同じだな」
「ちきゅ… ふぉーらん? なんですかそれ」
「あ、いやこれは神にしか伝わらんか。とにかく戦争を未然に防ぐ為考え出されたのが、あのグレイラット学園だ」
「うん」
「まず戦争で消滅した帝国の領地を利用して学園都市を作り、あの学園を卒業しないと貴族として認められないという条約をほぼ全世界の間で交わし、他国の人も尊ぶという考えを植えつけるのがあの学園だ」
言ってることを全て理解することは出来なかったが、とにかく重要な学園だということは分かった。
ふと、アレス様が眉を曲げて話していることに気がついた。なんだか怒っているようだ。もしかして、説明に飽きているのだろうか。
「………何か怒ってるけどどうしたの」
「俺は何の神様だ?」
「あそっか、アレス様は戦争無くなったらえっと、困るんだっけ」
どう表現すればいいか分からなかったので、困る、という言葉を選ぶ。
「困るっつかつまらない、だけどな」
「あれ、別に困らないんだ」
「戦争を司る、とか言われてるけど別に戦争が好きなだけだからな? 戦争をもたらしてる訳でも戦争から力を手に入れてる訳でもねぇ」
つまり…… 闘技場でよく観戦しているおじさんみたいな? まぁお父さんそういうの嫌いだったから一度も行ったことないんだけど。多分僕一人で行動するようになっても、血は苦手だから行かないかな。
「ああ、そうだ。お前は戦争が本当になくなるべきだと思ってるのか?」
「えっ?」
「今時代は戦争を無くす世界に向かっている。地球もフォーランもその時代に行き着いて、それが正しいとされている。実際正しいんだろうな。誰も死なない、悲しみも憎しみも生み出さない。で、お前は戦争を無くすべきだと思うか?」
アレス様は落ち着いた口調で話し、鋭い目で僕を見る。試されているかのような感覚だ。何と答えるのが正解なのだろうか、僕は考え込む。
普通なら戦争なんてするべきではない、と答えるべきだろう。アレス様もそれが正しいことだとわざわざ付け加えて言ってくれた。
わざわざ言ってくれたが、アレス様は戦争の神様だ。ここではいと答えてしまってはアレス様の機嫌を損ねてしまうだろう。だからと言って、ただはいと答えるだけでは考えていないのを見破られてしまう、相手は神様だ。
「えっと……」
正直なところ、僕が剣に憧れた理由としては、ただかっこいいというからだけだった。戦争がうんたらかんたらとか、あまりよく考えたことがない。
素晴らしい剣士になっている僕の姿を想像して鍛えていただけだ。
確か、戦争に巻き込まれていた父さんが言うに、戦争はするべきではないと。剣は抑止力の為に持つものだと言っていた。………正直良く分からない。でも時代はそうなっているらしい。
となるとやはり……… いや。
「ごめん、分からないや」
「曖昧にする答えは嫌いなんだが?」
「えっとね。死ぬ、ってのはとっても悲しいでしょ? 僕も父さん死んだ時悲しかったし。だから戦争ってあんまり好きじゃないんだけど、僕はレイ様が好きなんだ。戦争が好きそうなレイ様が、ね。だから戦争を否定したら、レイ様の好きなことを否定することになっちゃうんだ」
「だから分からない、と?」
アレス様は顔を顰め、僕を睨む。
「うん。現にアレス様だって僕に好くしてくれてるでしょ? 別に戦争好きだからって悪い人じゃないんじゃないかって。だったら、好きな人と好くしてくれてる人が好きな戦争って悪いんだろうか? って」
「お前の主張はそれでいいのか?」
僕は頷くことなく、アレス様の鋭い目を見る。暫し睨まれた後、アレス様は高らかに笑った。
「ク、クハハッ! いいな! やはりお前を使途に選んで正解だ!」
「………え?」
あまりの表情の変化に、僕は戸惑いを隠せない。満足のする答えを言えた、ということでいいのだろうか。
「いや、まぁお前は子供だ。全ては言わんが、やはりお前には使途としての資格がある!」
「えっと、ありがとう?」
アレス様は自身の大笑いを右手で押さえ込むと、今度は不敵な笑みで僕を見つめた。
「だがな、一つ間違いを正しておこう」
「間違い?」
「お前は好きな人が戦争好きだから分からない、と答えたがな。世間一般的には戦争好きのことを悪い人って言うんだぞ? ククッ」
……つまり? レイ様が好きな戦争は悪くないかもしれないけど、戦争が好きなレイ様は悪い…… いや、頭がこんがらがるから今は考えるのやめておこう。
「と、話がまた逸れたな。なんで話って逸れると思う?」
「そこは考えるまえに元の話を終わらせない?」
「いや、すっかり気分良くなってしまってな。説明する気が失せたわ」
「逆じゃない?」
なんというか、こういうのを自由奔放と言うんだろう。僕は大笑いするアレス様を見てそう思った。
「まぁいい。後で本に書き加えて渡してやるから待ってろ」
「分かりました」
「ああ、それとお前のすべきことを再確認しておこう。お前はグレイラット学園に入学し、主席で卒業するんだ。入学まではある程度面倒見てやるが、入学してからはお前一人で頑張れ。いいな?」
「はい」
僕が頷くと、アレス様は指を鳴らした。すると、僕の意識が段々と薄れ始める。
薄れゆく意識の中、アレス様は僕に背を向け、暗黒の空を仰ぎ、大きな独り言を喋り始めた。
「グレイラットも、俺も、お前も、有象無象も、本質は全て同じだ」
意識と同時に聴力も落ちていた為聞き取れはしなかったが、独り言を喋るアレス様は、何かへと一方的に語りかけているようだった。僕ではない何かに。
唐突かもしれませんがこれで一章は終わりです。
今後ですが、シオンとレイでそれぞれ章を設けようかと思っています。宜しければ今後ともお付き合いください。




