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軍神アレスとシオン

 丁度日が沈む頃、私はシオンの道場前まで戻ってきた。道場前の通りを出店を閉じて拠点へと帰る馬車や、特訓でへとへとになっているどこかの門下生達が通っている。

 今日、シオンはなんらかの理由で一日休んでいたが、状態は良くなったのだろうか。


 私は道場の入り口に手をかけ、軋む扉をゆっくりと開いた。入ってすぐさま見える教室では、シオンが深刻な顔でミリに相談しているような様子だった。


「ただいま。シオン、体調はどうですか?」

「あっ…… えっと……」


 体調を聞いただけだというのに、シオンはバツが悪そうな顔をする。ミリも笑顔のままだが、若干表情が固まっている。二人とも私を見て、何やら緊張しているようだ。


「ほら、お嬢様にちゃんと言いなさい」

「えっと、師匠、すみません」


 シオンは僅かな間を置いて、予想だにしない台詞を発した。


「………あの、師匠の弟子、やめます。ごめんなさい」

「…………」


 ッチ、軍神か。やりやがったな。


 理由はまだ聞いていないが、直感的にあいつの仕業だと分かった。あいつ、どんな手を使いやがったんだ。


 私は何も言わなかったが、心の中で敬語が崩れる程には苛立ちを覚えた。




【裏切り者】シオン


 師匠がどこかに出かけていったところまで時は遡る。


 僕はベッドの上、よく分からない感覚のまま自分に何かを伝えようとしていた。その何かでさえも分からない。何かを探そうとすると、得体の知れない恐怖が僕を引き止めた。

 確か、こういう時は寝れば分かるとリコン兄ちゃんは言っていた。


 なので時刻は昼間だけれど僕は布団を覆いかぶさり、硬いベッドの上で呼吸を整え、ゆっくりと目を閉じた。



『────おい、お前』


 突然脳裏に重苦しい声が響く。僕は直前まで眠っていたというのに、跳ねるように飛び起きた。不思議と目覚めた瞬間に感じる眠気、気だるさというのはなかった。


「………あれ?」


 そして、存在していい筈の景色というものもなかった。愛用のタンス、近くの壁掛けに飾っている父の形見の剣もない。

 辺りに暗闇だけが広がっているにも関わらず見えないという感覚はなく、おちついて見るとむしろこれが景色と思えてしまう、不思議な感覚だった。


『ああ、これでは話しづらいか』


 重苦しい声が再度響くと、目の前の暗闇からスゥッと僕ぐらいの身長の人が現れた。

 ぶかぶかな藍色の長袖を着て、下も適当なデザインのズボンを吐いてだらしない格好をしていたが、それを着こなす男性からは師匠やミリ姉さん以上の存在感を放っていた。


「声もこれでいいか。貴様、シオンで合っているな?」

「えっ、はい」


 声色が子供のような声に変わった。口調に似合わない可愛い声だけれど、何故かその人から目が離せなかった。


「ああ、自己紹介が遅れたな、俺はアレスだ」


 アレス、その名を聞いて軍神が真っ先に結びつく。それはないと冷静に否定しようとしても、目の前の存在が神と思わずにはいられなかった。

 神に祈る時は決まって跪くことが慣わしだが、跪くことさえ恐怖してしまった。


「………あいつ、本当に腑抜けたな」


 アレス様はそう呟くと、放っていた威圧感を引っ込めた。僕は息を一気に吐き出し、忘れていた呼吸を取り戻した。咳き込みたい気持ちで一杯だったが、神の前に跪いた。


「えっと、神様だ、ですか?」

「使い慣れない言葉を無理に使うな。貴様が如何に振舞おうとも、貴様の考えなんぞ直ぐに分かる」

「うん、分かった」


 師匠がよく使っている敬語を真似ようとしたが、アレス様が不愉快そうにしていたのですぐさま普段通りの言葉遣いに切り替える。


「単刀直入に言わせて貰おう。貴様、レイの弟子を辞めて俺の使途にならないか」


 それは提案というより、強制しているかのような物言いだった。


「何言ってるの、師匠を裏切るなんて絶対にないよ」


 目の前にいるのは神様だが、神様以上に師匠の存在は大きい。強くなれない環境から救い出してくれたのは師匠なのだから、師匠を裏切るような真似なんて出来ない。


「はんっ、子供の癖に神に逆らうつもりか」


 アレス様は呆れたような顔で言った。


「逆らうこと自体は別にいいんだがな。貴様らがグレイラットを弱くしている事実が気にいらねぇんだよ」


 グレイラット、というのは話の流れからして師匠の前世の名前なのだろう。グレイラットと言えば、よく絵本で出てきた英雄の名前と一緒だ。

 アレス様はまるで師匠の前世を知っている口ぶりだけれど、神様ならおかしくないのかな。


「師匠を弱くしてるって…… 神様は師匠の何なの?」

「俺はあいつの友人だった。前世、鬼人だった頃のグレイラットの生き様には柄になく惹かれたな。一世紀程度しか生きれないように作られてる人間だが、あの頃のグレイラットはそんな制限なんぞ感じさせない程素晴らしい生き様を誇っていたんだがな」


 アレス様が強く握る右拳を見て、次第に強くなる歯軋りを聞いて、アレス様が師匠をどう思っているかが伝わってくる。


「貴様らが弱すぎる所為でグレイラットが手加減を覚えてしまった。いつの間にか上を見ずに貴様らばかり見るようになった。貴様らが束になってグレイラットに勝てるならグレイラットは鬼神として完成した存在になり得た」


 アレス様はそう語るが、僕はグレイラットのことを絵本でしか知らない。神様が怒っていることが分かっても、怒りが理解出来ない。


「あの、師匠の過去は、どんな人生だったの?」


 そう問いかけると、アレス様は心を見透かすような目で僕を睨んだ。威圧感は消して貰った筈なのに、動作の節々から畏怖すべき力が伝わってくる。


「───貴様はあいつのお気に入りだしな。いいだろう、見せてやる。グレイラットの全盛期、鬼人として恐れられたグレイラットの過去を」


 そう言ってアレス様の身体は暗闇へと消えてゆく。直後、何も存在しなかった空間に明かりが点った。

次辺りで書き直す前の話消します

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