考古学者 ミランダ=クロウとの出会い
引き返してきた私と彼女。話の途中で分かったことだが、彼女は考古学者兼教授という立場にいるらしい。
教授。関係的には師弟と似たようなもので、武術ではなく学術を教えているから教授、とかそんな感じらしい。
謎の集団の実体について聞いていると、ふと巨大な化石が見えてきた。先生は化石を指差し、私の反応を伺うように言った。
「あ、あったの。古代龍グラファニーの骨なの」
「ええ、あの骨がですか。随分と変わり果てた姿に……… って、あれ?」
なんというか、生前と随分骨格が違う。いや、外から骨格なんて完全に分かる訳ではないが、どう復元して肉を付けたとしても古代龍のあの姿にはならないだろう。
えっと。これ、古代龍じゃなくて地龍の骨では?
考古学の解釈違いには何度か笑わされたことがあるが、この間違いは人前ですら笑いを堪え切れず、笑いそうになる口を必死に抑える。
まぁ正確には笑うしかない間違いだったというだけだが。なんせ手がかりを得たと思ったら、全くの別物だったからだ。
「いきなりどうしたの?」
「え、いえ。この骨、古代龍グラファニーの骨じゃなかったので、つい」
おっと、今のは奇人の言動だったか。グラファニーの骨として展示されているのを、子供が指摘するなんてどう考えてもただの奇人だ。
しまったな、と教授を見ると彼女は口元に白衣の袖を添えて考えこんでいた。
「えっと、なんで君はそう思ったの?」
「んー、これ、どう見たって地龍の骨じゃないですか」
「正解なの! 確かにこの骨は古代龍グラファニーの墓石近くから発掘されたものだけど、骨が地龍と変わらないものだということで私達考古学者の頭を悩ませてたの」
教授は見る目があるの、と感心したように頷く。
「でも文献にある古代龍らしき骨は未だに発見されてないの。今も発掘しようと現地で考古学者が躍起になっているの」
よくそれでこれをグラファニーの骨として展示したな、とある意味感心しながら教授の話を聞く。
「でも、私は絶対に見つからないと思うの。なんせ………」
教授はそう言いかけたところで、慌てて口を紡いだ。言いたいという気持ちを抑え、
「なんせ、見つからないと思う程の理由があるからなの」
「転生ですよね? 私が思うに」
「………ご明察なの。転生した確率は高いと思うの」
「どこに転生したとか、分かりますか?」
もし本当にグラファニーが転生しているなら、探しに行かない理由はない。かすかな希望が形を持ち始めているのを実感した私は、教授に顔を近づけて迫るように質問する。
「………やけに勉強熱心なの。君は古代龍が好きなの?」
「いや、好きって訳じゃないんですけどね。彼と約束したんですよ、転生して出会ったら今度は殺しあおうって」
「の? うん、っと。少し待つの」
教授は私に背を向けて、何やらぶつぶつ呟き始めた。
「……ら…の言動、知性…… もしかして、同年代じゃなくて本当に子供?」
次第に独り言は大きくなっていき、後半は私にも鮮明に聞こえた。
丁度完全に聞き取れるような声になった時、彼女は振り返って私に問いかけた。
「君、何歳なの?」
「見た目通りですよ、九歳」
「やっぱり同年代じゃなかったの」
そして教授は周囲を見回して人がいないか確認し始めた。こんな人気のないところで集団が来たら分かりそうなものだが。
人がいないことを確認出来た教授は、神妙な顔つきで問いかけてきた。
「転生とか、してるの?」
「あ、してますよ。ああそうですね、それ含めたら八十ぐらいでしょうか」
「やっぱり、なの」
教授は長い袖で腕を組み、頷く。
「どうかしましたか?」
「もしかしてグレイラットなの?」
「あ、よく分かりましたね。合ってますよ」
よくあの短い会話から私がグレイラットだと判断出来たものだ。特に隠そうとはしていないが、言うつもりもなかったから少し驚きながら肯定した。
「はぁ、やっぱりなの。この会話も納得なの」
「何のことですか?」
「転生の魔法陣は禁術なの。転生したのがバレたら、普通火炙りなの」
「私開発者なんだけど?」
さっきも聞いたけど改めて聞かされると、少し理不尽を覚える。
開発してそれで転生して、なんか転生してる間に禁術指定されて、それを使ってるっぽいから火炙りされそうになるとか冗談じゃない。
「だからと言って通報する気はないの。むしろ頼みたいことがあるの」
「ん」
「もう何度も言ったけど、私は考古学者なの。是非グレイラット学園に来て、私の考古学を手伝って欲しいの」
それで何のメリットがあるのか? そう聞き返す前にその答えは帰ってきた。
「その仮定でグラファニーがどこに転生したか、はたまた転生していないかも分かるから、悪い話ではないの。勿論金銭面でもお礼は弾むの」
「………悪い話ではないですね」
「なら決定なの!」
話が通って嬉しいのか、教授は両手を上げて白衣の袖をぶら下げた。
「ところでグレイラット学園ってなんですか?」
「あ、君は平民だったの。忘れてたの。立ち話も何だから近くで紅茶でも飲むの」
教授はそう言って私の右腕を引っ張り、ただっ広い博物館の中継点として建てられているお店へと入る。
店の中は黒を基盤にした落ち着いた装飾で高級感がかもし出されていた。
私がたまに行く平民向けの店でも清潔に保たれた店は数多くあるが、地味なだけの店とは何か違う味わいがある。
燕尾服を決めた店員は入店した教授の姿を見て自然な作り笑顔を作る。笑顔は教授に向いているが、眼は私を見ていた。
「ミランダ教授、おはようございます」
「おはようなの。ゆっくり話せる席を頼むの」
「かしこまりました、こちらへどうぞ」
教授はこの店に何度か、少なくとも名前を覚えられる以上には来ているようだ。となると、初めて引き連れて現れる私を見てしまうのは仕方ないことだろう。
教授も白衣で店の雰囲気から若干浮いてる気がしていたが、私も大した服は着ていないな。男爵令嬢ごときがこの店に来るな、という流れがあるラブロマンスの本、確かミリが持ってたよね。
そんなどうでもいいことを考えながら、促された席へと、教授と対面になるよう座る。
「さて、グレイラット学園について簡単に説明させて貰うの」
教授は白衣の懐に手をいれ、中から真っ白な紙と羽ペン、インク瓶を取り出した。白衣にそんなものが入っているような膨らみはなかった。一体どこから取り出したのだろうか。
「学園、って単語自体君達には聞きなれない単語だと思うけど、要するに貴族用の学習機関なの。平民も道場とか塾とかで勉強してるけど、それの貴族バージョンなの」
「なるほど」
教授は私に視線を合わせて話しながらも、器用に紙面に羽ペンを走らせる。
「ただ塾や道場と決定的に違う点があるの。グレイラット学園は貴族にとって唯一の学習機関で、年間百二十万人が通うとされている場所なの」
百二十万…… 規模が大きすぎてパッとしない。シオンの道場に詰め込むとしたら天井を取っ払わないといけない規模だということぐらいは分かる。………いや、リコンの道場でも天井は吹っ飛ぶか。
「………何考えてニヤついてるか分からないけど、そんなに通うものだからグレイラット学園の敷地も大国並に広いの。だから一部では学園国家、なんて呼ばれてたりするの」
「へー」
あんまり想像出来ないな。想像出来ないから相槌も適当になってしまう。適当な相槌をして聞いていたら、教授が何やら書き終えたようだ。
真っ白だった紙には、紹介状と記されていた。
「あ、忘れてたの。名前教えるの」
「レイ=ミルロットです」
「レイ=ミルロット、おっけーなの」
どうやら書き忘れていたスペースに、私の名前を記入して、紹介状を私へ向けるようひっくり返した。
「はい、これが紹介状なの。原則では爵位を与えられた貴族の子しか入学出来ないようになっているけど、教授か伯爵以上の紹介があれば入学出来るようになっているの。本来は豪商が援助金積んで手に入れるものなの」
貴重なものなの、と言いながら私に紹介状を手渡す。紹介人の欄にはミランダ=クロウと書かれている。これがおそらく彼女の名前だろう。
「あとこれ学園の案内書なの」
そう付け加えて、白衣から分厚い冊子を取り出す。見るだけで興奮するような分厚さだ。それも私に手渡す。
「何か質問あるの?」
何か質問…… 何かを忘れているような気がする。分厚い冊子と紹介状……… ああ、そうか。
「そのグレイラット学園って剣術とか、教えてるんですか?」
「確かに戦闘関連は必修科目で査定にも大きく響くの。でも貴族の戦闘は剣じゃなくて魔法が重視されるの。勿論武器で戦う子はいるけど、武器だけってのは流石にないの。もしかして、魔法使えないとかあるの?」
「いや、私は使えますよ。私はね」
私は使えるんだけど、確かシオンは正真正銘の平民の筈だ。大した加護も魔力も感じない。前世では魔法は巨大生物を狩る為だけに小型の間で研究されていたが………
確か、ミリが大鎌で剣術が派生したかのような魔法を行使していた気がする。シオンとの出会いですっかり忘れていた。うん、後でミリに聞いてみよう。
「すみません、紹介状をもう一枚貰えたりしますか?」
「別にもう一枚程度なら構わないけど、誰に渡すつもりなの」
とか質問しながらも、ミランダ教授は早速白衣から白紙を一枚取り出して書き始めた。
「私に一人弟子がいましてね。その子には剣を仕込んでいるのですが、そろそろ戦闘経験を積んだ方がいいと思いまして。あ、その子はシオンって言います」
「レイの弟子とは非常に興味深いの」
と頷きながら二枚目の紹介状を書き終えたようだ。
「さて、もう質問はなさそうなの。学園の細かい仕組みについては冊子に記してあるから、必ず全部読むの」
「分かりました」
「それじゃ、紅茶頼むの」
「あ、頼み忘れてましたね」
そう言ってミランダ教授は店員を鈴で呼びつけ、私と教授で二人分の紅茶とケーキを注文した。品書きにはチョコケーキ 5000リルと記しており、どんなサイズかと思えば普段食っている安物のケーキなんかより二周りも小さいケーキだった。
百五十人前を普段食している私からすると、いくら美味しくても物足りない量だった。




