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挑戦者、グラファニー

 一刻一刻と、巨岩と共に迫り来る開戦の時。巨岩を見上げる私の視界には、炎のブレスを溜め込むグラファニーの姿も映っている。


 目に映る巨岩に重なるように二本のエストックを十字に構える。私の身長を優に超えるサイズの巨岩、受け止めれば私でも僅かな隙を生むだろう。


 正面から受け止めれば巨岩は砕ける。

 その際に生じる細かな破片が私の肌に鋭く突き刺さり、精密な動作に僅かばかりの誤差を生むだろう。地面からも舞う土埃が私の視界を覆い、判断の妨げになるだろう。


 ならばするべきことは、着弾直後に襲い来るであろう炎のブレスに備え魔術を展開するのではなく、この場からの離脱だ。

 移動しながらの魔術は効率が悪いが、ブレスも中心部を避ければある程度は威力が減衰される。少しの火傷は負うだろうが、彼の狙いが分からない以上視界が妨げられるのは避けたいところだ。


 中心部を避け、飛びのいたところに魔術で障壁を貼れば最初の小細工は凌げる筈だ。


 私は障壁を貼るために、魔術の詠唱を口ずさむ。


「降臨せよ、我が軍神アレス。御業を用い、我を媒介とし仇なす者から護り給え。降りかかる戦火を───」


 障壁を張るための魔術、私は唱えきる直前で呼吸を止めた。少しばかり効果は落ちるが、発動の為に練った魔力をそのまま保有し続けることが出来る手段の一つだ。

 本当に呼吸を一切せずに動くことは容易ではない故、僅かに動きは鈍る。けれど岩を受け止め、飛び退く程度であれば、妨げになることはないだろう。


 見据えていた巨岩が、遂に私へと着弾する。古代龍からすれば軽々と投げられる石っころだが、私は一応人間であり筋力は人間の域を出ない。

 無慈悲なまでの重量を誇る巨岩が重く圧し掛かる。かなりの衝撃を下に逃そうとしている筈だが、元の重量が重量なだけに中々堪えるものがある。


 重みに耐えながら、巨岩を下の地面、僅かに左の方へと打ち付ける。その勢いのまま、私は右上へと飛び上がった。

 迫り来るであろう古代龍のブレスに備え、右手のエストックを鞘に仕舞いながら改めて古代龍のいる方面、ブレスが来ているであろう方面に視線を向けた。


 私は目を見開いてしまった。そこには迫り来る炎はなく、代わりに口内にブレスを蓄えたまま飛翔し、私へと近づく古代龍の姿があったからだ。グラファニーの視線は、飛び上がった私の姿を捉えていた。


 してやられた。私は笑うことも忘れ、彼を睨む。


 グラファニーの狙いは岩とブレスの同時攻撃で私に傷を負わせることではなく、初手の炎のブレスで仕留めることにあったのだ。


 流石にこれは、私も予測不能だった。

 まさか私が気づくかどうかも分からない罠に全てを注ぐと思うだろうか。思える筈がない。相手がちょっと負傷してこっちが有利になればいいや程度の物だと思っていた。


 思えば、彼がかなりの距離を取ったのも遠距離戦に見せかける為のブラフだったのだろう。全てはこの攻撃を悟られない為の。


 ………このままだと私は効果が減衰した未完全な障壁で、グラファニー渾身のブレスを受け止めなければいけない。そうなれば大火傷をしてしまうだろう。


 再度詠唱するには時間が足りない。後ろに飛び退くにも背中は崖だ。

 勢いで何も考えずに勝負を受けたことを少し後悔している。強さ故の驕りとはこのことを言うのだろうか。


 さて、どうしたものか。

 ここまで入念な計画を練っているのであれば、深手を負わせた後のことも綿密に考えていることだろう。となれば、やはりブレスは受け止めたくない。

 とはいえ最初に不利なハンデを自ら背負いすぎてしまったこともあり、私も多少のリスクを冒さなかればこの危機は脱せないだろう。


 あえて障壁を足場にし、古代龍に近づくべきか。いや狙い撃ちされて終わりか。あえて喰らいながらも障壁を完全なものにするのも不可能だ。

 だとすると、崖下に逃げ地形を盾にするべきか。崖から地面まで数キロの距離はあるが、それはなんとかなる。


 問題は炎のブレスで崩れた崖の瓦礫だが…… ふむ。よし、これで行くか。


「───打ち払え、『金剛城壁』」


 私は右手を目前に翳し、崖の方面へと私の身が反射するように障壁を展開する。軍神の名に因んで城壁、と大層な名前を付けてはいるが実際は炎に対し頑丈なように練った身長程の魔力の板だ。


 私は身体を大きく上空に反らし、障壁に足を置く。勢いのまま障壁に全体重を預け、何もない崖の先目掛けてその壁を蹴る。

 それと同時に古代龍のブレスも解き放たれる。


 障壁に軽くヒビが入るほど強く蹴ったというのに、古代龍のブレスは私の数倍の速度で背後から迫り来る。炎を見ている余裕はないが、背後から襲う肌が焼けそうな程の熱風と前方を覆う青い光が無常なまでの接近速度を知らせてくる。


 間に合え、と腰から再びエストックを引き抜き、崖の先端へとその切っ先を伸ばす。この時既に足の先には直接焼けるような感覚が襲っており、今にも体が蒸発しそうであった。

 そんな感覚に耐えながらも、エストックを崖の先端に突き刺した。そのまま突き刺さったエストックに身体を引き寄せ、更に加速させる。


 加速したままの全体重をエストックに乗せ、崖の先端に突き刺さったエストックで地面を抉らせる。エストックはやがて崖の先端を断ち、丁度減速しきった身体は、崖の先ではなく崖の下へと落下を始めた。


 頭の僅か上の空間を古代龍のブレスが通る。だらしなく伸ばしていた髪の毛がほんの少し燃焼する。かなりギリギリだったのは分かりきっていたことだが、体の一部が犠牲になると改めて間一髪だったことを思い知らされる。


 だが安心している暇はない。炎のブレスは思いのほか晴れるのが早く、古代龍は空中に逃げた私へと追撃をかますだろう。上からはブレスの衝撃で砕けた岩の残骸も降り注いでくる。

 抵抗すら出来ない状況、即ち敗北。当然、そんな状況に置かれることを選ぶような私ではない。


 私は引き抜いたエストックを再び、崖へ、今度は断面へと突き刺し────




 ───結論から言おう。グラファニーは私の姿を見失った。グラファニーは厳つい双翼で飛翔し、崖の下を見据えていた。

 瓦礫に紛れ、共に落下したと思い込んでいるであろうグラファニーは、崖の数キロ下の森へと全力ではないものの瀕死時に喰らいたくはないような炎弾をばら撒いていた。


 私はその様子を、崖の中から観察していた。

 正確には崖の一部をくり抜いて作った空間に身を隠し息を潜め、グラファニーの動向を探っていた。


 断層を切り抜くのに使ったエストックは酷く刃が零れてしまったな、等と余計なことを考えながら、淡々と詠唱を口ずさむ。


「砂漠神セトよ、御身に巣食う破壊衝動を我に分け与え給え。我が身を通し、地上に降り立つ無意味無価値な衝動よ。森羅万象分け隔てなく飲み込み塵と成す暴風よ────。」


 両腕を目前に翳し、身を隠す為に使用していた瓦礫を落とす。

 視界の端で生じた僅かな違和感にグラファニーは気づき、私の姿を捉えるが手遅れだ。


「───荒れ狂え、『狂乱嵐フランウォーム』」


 グラファニーへ右手を翳し、厳かに唱える。


 久しぶりに負けをイメージさせるような相手と出会え、楽しい時間を過ごせた。けれど戦闘をあえて長引かせるような趣味はない。

 最善の手段を取り、効率的に相手を仕留める。それを普段通り行えるから最強なのだ。


 右手の先で発現した静かな風は私の身体を離れ、次第に威力を増しながらグラファニーへと迫る。

 私の服をなびかせる程度のそよ風から、木々から葉を巻き上げる暴風へと成り上がり木の葉達の残像が球体を成す。成長は止まらない。


 風の魔術に危機感を抱いたグラファニーが慌ててその場から離脱しようと高く飛翔したがもう遅い。

 魔術の嵐はグラファニーの真下で静止し、木々を、砕けた崖の瓦礫を巻き込む。

 遥か上空に逃げようとしたグラファニーも暴風の吸い込みに耐え切れず、無常にも瓦礫達が織り成す球体に巻き込まれてしまう。


 その後も嵐は増幅し、魔術が消え去ったのはグラファニーが飲み込まれて百二十七秒後のことだった。


 嵐が出した被害は壮絶なものだ。

 草木覆い茂る森林だった崖下は、見事な荒野へと成り果てた。巻き込まれた木々は塵より細かく砕かれたのか、肉眼では残骸を捉えることが出来なかった。

 地面も表面が僅かに抉り取られ、緩やかなクレーターが出来上がっていた。


 そんなクレーターの中心でグラファニーは地に伏していた。

 崖から飛び降り、古代龍へ近づいて様子を窺う。グラファニーの肌、全身の鱗に浅い切り傷が何重にも刻まれていた。


 死んではいない。二分にも渡る責め苦に苛まれ気絶しているだけだ。この程度で死ぬのであれば、古代龍は最強などと呼ばれる筈がない。

 とはいえ気絶したのであれば戦闘不能。いつも通り私の勝ちだ。


 私はグラファニーが起きるまで、少し離れた地べたに座りこむのだった。

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