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盗賊殺し

【無名】シオン


 僕は今、師匠が呼び出した【ユニコーン】の背で揺られ、ミリ姉さんの背に抱きついている。この馬は山賊のアジトに向かっている。

 本来なら国に報告して正規軍に討伐して貰うのが慣わしなんだけど、どうにも師匠は山賊をそういうものとして見ていないっぽい。そういうもの…… 恐怖の対象とか、不愉快な存在とか、そういうものとしては見てないのかな?


 現にミリ姉さんの前から師匠の奇妙な笑い声が漏れ出しているのが聞こえる。


 ………師匠が楽しそうでなによりだね。とはいえ僕も少し楽しみだったりする。なんせ師匠の下についてから、というか産まれて初めての実践練習だからね。真面目に剣を教えてくれてるのは師匠だけだし。


 父さんは死去するまで剣は教えてくれなかった。


 リコン兄さんも僕のことを子供として見て、木剣ぐらいしか与えてくれなかった。しかも師匠が言うに、兄さんは僕に適当な剣を教えていたらしい。

 兄さんとは産まれてからずっと世話になっているからあまり疑いたくはなかったけど、師匠に教えられるようになって、次第に上達していくとその嫌疑は実感へと変わってしまった。


 だからと言って別に恨むとか、そういうことはなかった。ただリコン兄さんは、僕のことを子供としか見てくれなかっただけなんだろうと、それだけの話。

 そういえば、なんで師匠は僕に剣を教えてくれるのだろうか。今まで理由なんて考えないまま師匠に鍛えて貰っていたが、ふと疑問に思った。


「ねぇ師匠、なんで師匠は僕に剣を教えてくれるの?」

「んー、楽しいからですね」

「え、それだけ?」

「むしろそれ以外の理由で行動するなんてありえませんよ」


 まぁ、それが師匠らしいことだと言われれば納得の理由かな?

 師匠は何やら前世の記憶があるようで見た目相応の年齢ではないのだけれど、外で遊んでいるようなただの子供と錯覚することがたまにある。何にも縛られない、無邪気な子供に似ている。


「師匠は自由に生きてるんですね」


 ミリの前方から笑い声が再び漏れてくる、少し嬉しそうな笑い声だ。そして声が止んで少しした後、師匠が語るように話しかけてきた。


「これから狩りに行く山賊も、ある意味では私に似た連中ですよ」

「師匠と賊が?」


 どう考えても結びつかないような気がする。


「人間社会を捨てた…… ま、人間社会に縛られないという点は同じですね」

「いや、だとしても全然似てないと思うんだけど」

「ま、分かる必要性はありませんよ。ただシオンもこちら側に来るかもしれないと言うことです。こちら側が何なのかは、まぁいずれ分かるでしょう」


 師匠はそう言って、話を途中で切り上げた。

 何を言いたいのか教えてくれず消化不良な感じはあるけど、師匠はそれ以上話してくれなかった。


 代わりにと師匠は代わりの話題を広げ、ミリ姉さんを巻き込み三人で談話しながら目的地へと辿りついた。



 到着したのは僕たちが住んでいた町から遠く離れた、グラリヤという山だった。大きな山脈を織り成す山の一つで、グラリヤ山は森の深いところにある山だ。


 師匠の案内がなければ、森から抜け出せないであろうというぐらいには深い位置にあり、もし本当にここにアジトがあったとしてもおそらく正規軍は手を出したくないところだろう。


 僕は地面にへばりついている木の根に足を引っ掛けないよう、細心の注意を払いながら枝を腕で避けて進む。

 ところどころ鈴が蔦に吊るされていた。蔦に触れれば鈴が鳴り、侵入者を知らせる仕組みなのだろう。本当にここに山賊がいるのかと心では緊張しているが、心臓はあまり緊張していなかった。

 なんせ僕たちの街で普通に暮らしていれば、盗賊なんて縁がないからだ。話に聞いたことはあるが、実際に会ったことがないので恐怖を実感出来ていないのだろう。


「二人とも、見えましたよ」


 高く覆い茂った雑草に師匠は身を隠しながら、僕たちに手招きする。

 右手で僅かに覗き込むだけの隙間を作り覗き込むと、二人の男性がキャビンの周りで箱に座り、会話しているのが見えた。


「で、ここからどうするんですか?」

「まぁ流石にシオンだけじゃ全員は厳しいですからね。一緒に乗り込みましょうか」

「あ、私も行きます~」

「えミリも来るの。別にゆっくり見てて構わないんだけど」

「私も最近運動してなくてですねー。少しは身体動かさないと」

「ま、別にいいけど」


 二人はこれから山賊と戦うというのに、まるで軽い運動でもするかのような会話を交わす。実際のところ師匠なら山賊なんて敵じゃないのだろうが………。

 そんなだから、本能で安心感を覚えて緊張していないのだろう。まぁ、いいことなんだけどね?


 なんて僕もお気楽なことを考えていると、ミリ姉さんが右腕を突き出し何もない空間から真黒な大鎌を取り出した。多分、貴族達がよく使っている魔法というものだろう。

 平民でも神様に愛されれば使えると言われているが、生憎僕はその寵愛には恵まれなかった。


 ミリ姉さんはいつも浮かべているおだやかな笑顔ではなく、師匠のような好戦的な顔で微笑む。


「ちなみに何人ですかぁ~?」


 話し方も変わり、長年の付き合いであろう師匠も意外そうな顔をしていた。


「なんか喋り方変わったね。多分六十二人」

「ふふふっ。では二十人ぐらいは~貰うとしますかねぇ」


 お姉さんは大鎌を両手で構え、器用に得物を隠しながら少し離れた茂みに身を潜めた。師匠の動きを窺うように眼球を動かしている。

 落ち着きのない目とは違い、身体は一切動いてないということは、師匠が動くまで動く気はないということだろう。


「さて、行きましょうかね」


 そう呟いて、師匠は茂みから盛大な音を立てて飛び出した。外で会話していた男達は突然の襲撃に反応しきれず、腰の剣を抜くことも出来ず師匠の急接近を許してしまう。

 そして師匠は既に抜いていた鈍らの剣を振りかぶり────


 ───首を、引きちぎった。


 僕は、突然の光景に目を見開き、半身茂みから飛び出して身を晒しているにも関わらず声を出すことを忘れ、身体を硬直させてしまった。

 普段見慣れた、頭と胴体がくっついている姿を否定する、非現実的な光景を目の当たりにしてしまった。


 普通、剣を持って対峙すれば、どちらかが死ぬかもしれない。それは当たり前のことだと分かっていた。でも心では理解出来ていなかった。


 まさか首と胴が離れる光景が、こんなにも恐ろしいものだったなんて思いもしなかった。いや、思ってはいたがそれ以上だった。


「どうしました? 行きますよ」


 師匠に声をかけられ、現実に引き戻されれば目下には先ほどの死体と、顔の潰れた…… いや、もうこれ以上は直視出来ない。


 僕は手招きする師匠にだけ集中し、必死に足元の死体へ視線を向けないようにする。それでいながらも器用に足元の死体を避けながら師匠の下まで近寄った。

 師匠は一滴の返り血も付着していない、いつも通りの姿だった。

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