英雄グレイラットの思惑
【■■■】リコン
うちの道場から出て行くレイっちゅー女。ありゃ恐ろしい女や。あいつは【転生の禁術】を使って生まれ変わった女や。禁術、つっても使える人も使いたい人も滅多におらんがな。
それだけなら別に恐ろしくないんやが、あいつは【転生の禁術】を使ったっつーことをおくびにも隠さないっつーことや。
あの禁術は、使えること、使ったことがバレただけで国を敵に回しかねない禁術やからや。使えるだけで膨大な魔力量を有している証となり、使ったことで事実上の不死を手に入れられるその術。
国が恐れない訳あらへん。故に最高級の禁術指定されている筈や。うちもうちで事情がなかったら、生涯その存在すら知ることのない禁術や。
(はよ始末せぇへんとあかんわ、アレ)
禁術が使えるだけでも恐ろしいちゅーんに、あいつ戦闘狂や。
戦闘中、うちの言葉の意味を理解する知性はあるようやけど、それでも易々と殺しの領域に足を踏み入れて来たんは恐ろしいわ。
「しかもよりによってシオンかいな」
二重の意味であかんわ。シオンの親御から剣を教えないように頼まれてるっちゅーのに、よりによって狂人に目を付けられるんか。
このままやと友人との約束も果たせない上、友人の子も何らかの形で死なせてしまうかもしれへん。折角平和な世の中が来るのに、そうなってしまっては墓にすら顔向け出来ひん。
「ラクン。話は聞いとったやろ?」
「………(頷く)」
仲間は天井裏から落ちてくる。相変わらず無口な仲間やなぁ。
「レイを監視せぇ。とは言っても近づきすぎたら危険や、居場所だけ分かればええ」
「………(頷く)」
あいつは僅かな魔力の流れすら読み取れる。さっきもレイピアに注意を引きつけたっちゅーんに、背後に仕込んでいたサーベルの動きを見ずに避けた。
めっちゃ自信あったんやが、あいつの感知能力の方が上手だったっちゅーことや。多分うちらが本気で尾行したとて、日に何度か視線を向けた時点でバレてしまうやろなぁ。
やから、人を使って居場所だけを探る。伝手だけは豊富や。仲間達に見かけたら教えて貰う。居場所さえ分かれば、大体の推測は出来る。
何にせよ国の為、そしてシオンの為にもあいつの動向は探らんといけないと言うことやな。
「はー、面倒くさいこっちゃ。なんであんな奴が転生してきたんや」
「………(頷く)」
転生したのがあんな奴なんやのうて、あんな奴だからこそ転生してきたんやろうが、嘆かんとはいられへんかった。
◇◇◇
【元英雄】レイ=ミルロット
道場を出た私は、背後をチラリを見やる動作をしながら周囲の気配へ神経を配らせた。流石に即尾行などという愚かな行為はしないだろうが、あいつらにおいては細心の注意を払わなければならない。
普段ならばとっとと処分してなかったことにするのだが、シオンが慕っている相手である以上、それも出来ない。
それどころが、こちらが殺せないことをいいことに一方的に攻撃される可能性も生み出されてしまった。ただ向こうもシオンを手中に収めておくことが目的らしいから、シオンの周りで行動を起こすようなことはしないだろう。
となると警戒を解けるのはシオンの周りと、その道場の中ぐらいだろう。
「シオン、只今戻りました」
「おかえりー、早速なんだけど指導お願い出来る?」
道場に戻ると、シオンが先ほどの動きを繰り返していた。私に打ち込んでいた未熟な剣は、リコンと話している間にある程度の形まで上達していた。
「勿論そのつもりでしたよ、打ち合いましょう」
技こそ劣悪ではあるが、基本を成す為の身体は出来上がっている。ならば私が今すべきことは、数年を要してでも一対一の指導で私の技を仕込み、彼の伸びしろを伸ばしてやることだ。
打ち合いを始めてから四時間が経過した。道場の端に置かれた時計が午後六時を指し示している。
私の方に疲労はないが、シオンは心底疲れきっている様子だった。今なら本当の子供でも軽くあしらえそうな程動作が鈍くなっていた。
それでも、当の本人は集中から疲れていることに気づいていないようだ。その集中力からか、動作が鈍くなろうとも剣自体は綺麗な軌道を描いていた。
このまま追い込めるところまで追い込んでみようか、と興味を抱いたところでシオンは集中の糸がぷつりと切れ、膝から崩れ落ちた。
「流石にやりすぎたか」
倒れたシオンを見下ろし、頭を掻いた。
「お嬢様、お疲れ様です」
シオンを持ち上げて自室を探そうか、と考えていたらミリが背後から声をかけてきた。相変わらず気配の読めない奴だ。
「っと、ごめん。すっかり忘れてた」
「随分とお気に召されたようですね」
ミリは微笑ましく思っているのか、シオンに優しい目を向けた。ミリのことだから、少し嫉妬するのかと思えばそんな様子は窺えない。
「そうだね。シオンには剣才があるよ、それも暇つぶしになるぐらいの」
「あ、それだけ褒めてて暇つぶし程度なんですか」
意外そうに言ってくるが、私は元世界最強だ。今のような剣術が普及している時代と違い、単純な力比べが流行っていた時代での話ではあるが、それでも古代龍を凌駕する程の戦闘力を誇っていた。
そう考えれば、暇つぶしになると評価した時点でそいつはかなりの人間だということだ。
「そりゃね、一人で私に敵うなんて到底ありえない話だよ」
「なら結局無駄骨なのでは?」
「ま、一人だけなら到底私に敵わないだろうね。だから、またシオンのような才能を見つけて、種を植え付ける」
そう、種。因縁でも強さへの憧憬でもいい。強くなる理由を与える。
「種? この子みたいな人を沢山育て上げて纏めて相手にするってことですか?」
「まぁ直接って訳じゃないよ。全員育てて狩るなんてただの養殖、茶番でしかない。そんなのつまらないじゃないか。弟子はシオンだけだよ」
描く未来図に興奮を覚えながら、ミリに不敵な笑みを向けた。
「ねぇミリ。王子様も、食えない狐も世界に平和が訪れるって言うけどさ」
「はい」
「そんな時代、つまらないよね」
「そうですね」
「一撃必殺の決闘とか見世物とかそんな茶番じゃなくって、魂を賭けた、鎬を削りあう戦いがないと物足りないよね」
「そう、ですね」
「そんな世界、私が生きてるうちは認めないよ。戦いが必要な世界を生きたいんだ。だから、私が混沌を用意してあげるよ」
「楽しみです」
そして───
「そして私は、十五年後、全盛期の二十四まで成長したその時に、世界を敵に回そう。混沌を乗り越え、成長した子達を纏めて殺してあげよう」
それが至極の瞬間だと信じて、私は生きよう。もしかしたら、戦いでの敗北を知れるかもしれない。そんな淡い期待も抱いて生きよう。
それまでは表舞台に立つのもなしだ。混沌の役目は悪い人達にやって貰おう。
「ふふ、ふ」
「お嬢様、本当に嬉しそうな顔をしていますよ」
これが楽しみでなくて、何が人間だと言うのだろうか。不敵な笑みを深め、倒れているシオンに視線を向けた。
「シオン、君の人生はまだ始まったばかりです。君には是非、成長して貰わないと困りますよ」
君は唯一の弟子で、私に見初められた、一人目の戦士なのだから。
まぁ取り合えず風邪を引かれても困るので、倒れているシオンに布をかけることにした。