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シオンのお兄さん、もとい元師匠

 私は才ある子供を見つけ、内心興奮していた。興奮はしていたが、同時に怒りも覚えていた。


 それはシオンに劣悪な剣術を仕込んだ存在だ。偶々その人が超が付く程のド下手だったという可能性も考えたが、剣術の本が普及しているこの時代、ということを考えると、そうである可能性は低い。


 私は内なる怒りを潜め、笑顔でシオンに語りかける。


「早速指南したいところですが、貴方の元師匠まで案内して頂けますか? 少し話をしたいのです」

「いいよ、近くだし早速行く?」

「行きましょう」


 そう返すと、シオンは道場着のまま道場の出口へと向かった。少し汗の臭いがするが、そういうのは気にしないようだ。


「ほら、ここの三件隣だよ!」


 口先で簡潔な案内をしながらも、シオンは早足で私の前を走る。シオンが立ち止まり、指差された先を見やる。

 そこは、つい先ほども乗り込んだ、リコンが経営する道場だった。


「………ここか」


 私は苦虫を噛み潰したような顔で看板を睨んだ。


 あの時、何かを隠したがっているように見えたのはそういうことか。理由は知らないが、リコンは、シオンの才能を潰したがっている。

 初対面の時も戦ってくれなかった癇に障る奴だったが、更に不愉快な奴に成り下がった。


 シオンはそんな私の顔を見て、若干怯む。が、特に気になることでもなかったのか、そのままリコンの道場に足を踏み入れた。


「お兄ちゃん、ちょっといい? 兄ちゃんに会いたがっている人がいるんだけど」

「あーあー、こっちまで案内してくれや」


 二人は門下生の壁を挟みながらも道場内に響く大声で会話をする。


「えっと、師匠。こっち」


 シオンは私の足元に気遣いながら、リコンへの道筋を案内してくれた。そうして再びリコンと対峙する。リコンから奥歯を噛み締める様子が窺えた。


「さっきぶりだね、話があって来たんだけど」

「うちも今話が出来たとこや。シオン、先に帰りや」

「………はい」


 私とリコンの間で、穏やかではない空気が流れる。私はこいつのことが心底嫌いだが、奴は奴で私に不満があるようだった。

 二人の間で散る火花をシオンは感じ取ったのか、脅えたように返事し、私達から逃げるように離れた。


 私とシオンの間で、静寂が走る。近くで門下生達が大声を放ちながら練習しているというのに、やけに静かに感じられた。


「………場所変えよか」


 リコンは道場の扉から、応接間らしき部屋へと私を案内した。

 一息吐いて、ガラステーブルを挟むよう柔らかいソファに座る。


「あんさんから話しや」

「何故あんな剣をシオンに仕込んだ?」


 私は声を低く抑え、リコンを睨む。リコンは怯んだ様子も全く見せずに、呆れたように天井を仰ぎ、深く息を吐いた。

 そして私の質問にすぐには答えず、とある話を繰り出してきた。


「女の子にこんな質問するっちゅーのも可笑しな話やけどな、歴史って勉強したことあるか?」

「別に、この時代の歴史も万全だ」


 王子と話をしたあの時から、この時代まで勉強も修めた。人類の発展を、失敗を繰り返してきた歴史を、本を通じて覚え、理解した。


「なら君も分かってるちゃうんか? 戦う時代は終わりを迎えてるっつーことがや」


 王子と対話した時は、多分そういう時が来てるらしいなと勝手に想像しながら話していたが、今はどういう話か理解出来ている。


 曰く、この時代は五つの大国間で、平和条約というものを結ぶ直前まで来ているらしい。


 まぁ平和条約がどういうものか簡潔に説明すると『五国間で相互監視し、武力が偏らないようにする』という内容。

 過去の失敗から学び、国の間での戦争、それぞれの国内で起こる反乱を未然に防ぐというのが目的の条約、ということだ。


「まぁ、分かってはいるな。戦争が終わるまで続けることより、戦わないということを世界は選択したのだろう」

「そういうことや。今あいつの才能を開花させて何になる? 何にもならへん。お国の為に剣は振るえず、職に就けたとて精々見世物としてつまらない戦いをさせられるだけや」


 ………リコンの言い分は分かる。なら何故門下生をあんなに集めているのかとツッコミどころはあるが、言い分は分かる。


「なら開花させずに諦めさせてしまえばええ。だから下手な剣を教えたっちゅーことや」

「ふん。で、お前の話はなんだ?」


 私は腕を組み、リコンを見下す。


「なんや、それも分かっているんやないか?」


 周囲の空気がざわめきだす。静かながらも殺気にも似たその空気が、リコンを中心に流れる。

 リコンは表情を一切崩さず、寄りかかっているソファの背もたれの後ろに手を伸ばした。何かを、剣、剣を仕込んでいるな、とざわめいた空気に五感を走らせる。


「あんさん、リコンから手を引いてくれへんか?」


 リコンがお願いを言い終えたその瞬間、彼のソファから抜き身の細剣が顔を覗かせた。リコンは滑らかな動作で立ち上がり、私へと迫る。


 しかし予期していた私は咄嗟に立ち上がり、天井へ飛び上がることで回避した。


 リコンが振るうレイピア、そして同時に私の後ろからも振るわれた宙に浮いたサーベルを。


 彼の手によって意図的に作られた死角からの攻撃であったが、魔力の動き、金属の臭いを読み取れる私に不意打ちは通用しない…… 筈なのだがミリは、いや、あれはもういいか。


 とにかく、私は笑っていた。戦わないと言っていたリコンが剣を抜いたからだ。剣を抜くということは、命を取り合う領域に足を踏み入れるということだ。


「そうか、やっとその気になったか!」

「いや終わりや」

「は?」


 警戒心を廻らしたまま呆気に取られる私を嘲笑うかのように、リコンはレイピアをソファに戻した。サーベルも音を立てて床に落ちる。


「んいや、どうせうちにあんさんは殺せないんやし終わりでええやん」

「剣を抜いてそれはないだろうよ」

「あんさんもうちを殺してええんか? 無理にシオンの不審は買いたくないやろ」

「…………」


 リコンのその言葉で私は黙り込んでしまった。と、いうより考えてしまった。


 シオンのことは本当に少ししか見ていないが、リコンをお兄さんと呼んでいたことから慕っているか、身内のように思っていることが窺えた。

 もしリコンが急に行方をくらませてしまえば、さっきまで会っていた私を疑うのは当然のことだろう。もしそうなってしまえば、順当に強い剣士を育て上げることはほぼ不可能になってしまう。


 リコンはシオンの心を盾にしているのだ。単純な人質ではなく、私に逃れようのない二択を突きつけているのだ。


 邪魔者を殺してシオンに嫌われるか、邪魔者を生かしてシオンの師匠になるか。


「確かに、戦う理由がありませんね」


 私が選ぶのは当然後者だ。殺すのが無理なら、邪魔者を近づかせなければいい。


「せやな、それがええ。さ、これ以上話してもお互い無駄や、帰った帰った」


 先ほど私を殺す気だったとは思えない程穏やかな声色と共に手拍子を打つ。


「………金輪際シオンの道場には近づけないと思ってください」


 少し不利な条件を押し付けられてしまったが、その差は力でもどうとなる。そう自分に言い聞かせながら、私はリコンの道場を出た。

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