出会い
道場から出た私は外で待っていたミリと合流する。この街に来て三時間、ついに収穫を得ることが出来た私は、心を躍らせながらミリを見上げる。
「嬉しそうですね、何か手がかりでも掴めましたか?」
「ほぼ間違いなくいるよ。この近くに才能のある人がね」
その報告を聞いたミリは、というより私の笑顔に釣られたミリは手を、一回打ち鳴らして嬉しそうに首を傾けた。
「ってことだから、またしらみつぶしに探すけど。いい加減その辺で待っててくれてもいいよ?」
「別に私は私で楽しんでいますよ」
「………もう気を使わなくってもいいかな」
「いえ、それはお願いします。お嬢様に心配されるのって、結構気持ちいいんですよ」
気を使う必要性はなさそうだ。
私は先ほどまでミリに合わせていた歩行速度を上げ、常人の早歩き程度の速度で歩き出した。
あの道場で光明が見える前までは、転生したついでみたいな感じで適当にふらついていたが、光明が見えた今、ゆっくりなんかしていられなかった。
私は次なる道場の扉を蹴り飛ばした。
「たのもー!」
半分腐りかけている木製の扉からミシミシと今にも壊れそうな音が響く。
扉の奥に見えた光景、珍妙な光景だった。
道場内ではただ一人の少年、九歳ぐらいだろうか。たった一人の少年が相手もいないまま、ただ剣を振っていた。
多少年季が入っただけで、未だ立派とも思える面構えの道場からはおよそ考えられない光景であった。
ふと、少年が乗り込んできた私に気づく。たった今私が視界に入ったから気づいたようだ。
「ダメだよ、女の子が一人でこんなところに入ってきたら」
少年は木剣を床にそっと置くと、ゆっくりとした足取りで私に近づいてきた。
(………ビンゴ)
私は心の中で大きく右の口角を上げた。
チラリと見えた素振り、数歩の足取りからしても窺えるその鍛錬ぶりは私が求めていた条件の一つを満たしていた。
最初の道場のあいつみたいに力任せに育てた筋肉ではなく、繊細な動きを実行する為慎重に育てた筋肉だ。
「あのね、私ちょっと道場? に興味があるの。見学してもいーい?」
我ながら似合わない話し方だ、と思いながら子供の顔をしてみる。
「もちろんいいよ! ちょっと待っててね」
少年は私の腰の剣をチラリと見ると嬉しそうに道場の倉庫へと走り出した。倉庫から大人用の椅子を取り出し、練習していた場所の近くに置いた。
「ちょっと高いけど、大丈夫だよね?」
少年は優しく微笑みかけながら、私を両手で軽々持ち上げる。
子供の癖にここまで親切出来るのは中々だな、と分析していると、少年が不思議そうな顔をした。
少年は私を持ち上げた状態のまま話しかけてきた。
「君も結構鍛えてるんだね」
「うん、私剣が大好き!」
そう答えると、少年は優しい目をした。
「ねぇ、名前はなんて言うの?」
「レイって言うの! お兄ちゃんは?」
「僕はシオンだよ、よろしくね」
少年は軽く言葉を交わすと、再び一人で模擬戦を始めた。相手はおらず、仮想の敵と戦っているようだ。
…………
やけに、仮想の敵のクオリティが低い。
いや、ただ低いだけなら分かる。大抵の人が描く仮想の敵というのは、大抵自分が勝てるような強さで想像する。ある程度自分の動きで対応出来る強さで、決まって自分の必殺技は決まる、そんな敵だ。
だが少年、シオンはそんな脆い敵どころが、少し手足が動く程度のマネキンと戦っているようにしか見えなかった。
もしやこいつ、戦った経験がないのだろうか。
それと技の型もおかしかった。
十回同じ動作を繰り返して、十回とも全く同じ軌道を描ける技量には感心するが、肝心の動作があまりにも非効率的なものであった。
「ねぇお兄ちゃん、師匠って誰?」
声をかけた途端、シオンはピタリと剣を止めた。扉を勢いよく開いた時は反応出来ない程集中してたというのに。
「アハハ、師匠は父さんの筈だったんだけどね。教えて貰う前に死んじゃった」
とても乾いた笑いを浮かべるものだ。
「ってことはそれ、独学?」
「ううん、父さんの友達に教えて貰ったんだ」
私は思わず眉を顰めてしまった。
独学であればまだ納得出来ていたものを、あろうことかシオンは他人から教えて貰っているようだった。
別にシオンを見て間もない私だが、彼の持つ剣の才能はその辺の有象無象に埋もれていてはいけないものぐらい分かる。一分の狂いもなく剣を振るうというのは、それだけで至難の技だ。
そんなシオンに知ってか知らずか劣悪な剣術を教えている輩がいるらしい。
そんな事実を読み取ってしまった私は、怒りを堪えきれず立ち上がった。
鞘を剣から取り外し、剣を椅子に置く。私は鞘を右手に取り、シオンと数歩離れた位置に立ちはだかった。
「ねぇ、私と戦ってみない?」
「いいよ、やろうか」
それでもあくまで剣幕は発さず、ただ子供のフリしたまま勝負を申し込む。実際は勝負にならない程の実力差があるのだが。
シオンはそうだと露ほども思わず、子供を相手するような目でしか見ていない。
そんなシオンに、私は素振りを見せつける。
鞘が壊れない程度に抑えたが、それでも人を畏怖させる程の力はある。現に、私の素振りを直視させられたシオンは、目を見開いて硬直してしまっていた。
「ちょっと勘違いさせて悪いけど、これは勝負じゃなくて指導だよ。ほら、かかって来な」
「………分かったよ」
突然豹変したように見える私に対し、シオンは一瞬動じただけで即座に目の色が変わった。素振りの時にも見せていた真剣な目で私を睨む。
試しに先手をシオンに取らせてみせると、シオンは劣悪ながらも常に違わない歩術で接近してくる。剣戟自体も、そう教え込まれた所為で威力こそないものの、剣の軌道は常に正確無比に私の急所を狙っていた。
使っているそれ自体は劣悪であるものの、シオンの剣にはそれを凌駕する程の圧が備わっていた。私でなければ、油断したら急所を突かれると危機感を抱くことだろう。
もし彼が常人ならば、教えられた劣悪な歩術剣術は使わず、ただ下手なままに威力と速度を求めただけの、迫力のない剣になっていただろう。
私は一度、シオンの剣を力任せに弾き、距離を取った。
「シオン、誰かから教わったその型は捨てて、私の真似をしてみなさい」
「はい」
案外素直に捨てようとするものだな、と少し嬉しく思ったが実際のところは身に付いたものはそう簡単に捨てられるものではない。
こんな剣術を植えつけた見知らぬ男を憎く思いながらも、私は応用を全て省いた、基本だけの剣をシオンにお見舞いした。
基本は非常に単純、全身の動きを合わせ、剣に乗せるだけだ。
「………っ!」
鞘を木剣目掛けて、激しく一撃打ちつけた。木製の剣は大きくしなり、その衝撃をシオンの腕へと逃がす。
正面から剣を受けてしまったシオンは、手の痺れを堪えながらも私を睨む。痺れの所為で動けないだろうに、その闘志は大したものだ。
「見えましたか?」
「多分、見えた」
私は剣を斜めに構え、受けの体勢を取る。殺気を引きこめ、攻撃しないという意思を示す。対峙していたシオンは防御のことを考えず、私の動きを真似た。
私は先ほどのシオンのように、衝撃を逃がさない受け方で彼の剣を受ける。
(ふむ。全身の動きは不揃いだが、よく真似出来ている)
真似出来ている。ということは、手加減していたとはいえ相手の剣が見えていたということであり、自分の剣も分かっていると言うことである。
見える、分かる。簡単なように思えて、普通の人は出来ていないことだ。大抵相手の剣に脅えて見えないか、自分の剣に自惚れているか。
(やはり私の目は狂わない)
戦いの最中だというのに、目の前の戦闘以外のことで嬉しくなってしまった。とにかく、今はこれ以上戦う理由がない。同じ右上から振り下ろす攻撃ばかりしてくるシオンを見つめ、笑いながら話しかけた。
「ふむ、いいでしょう」
シオンの剣を無駄に大きく弾き、シオンが硬直した頃を見計らって鞘を腰に戻した。先ほどまで必死に剣を振るっていたシオンも、木剣を優しく床に置いた。
「シオン、貴方の才能は素晴らしい。見たところ、剣も好きなようで何よりです」
「ありがとう」
「ですが、このまま例の男から剣を習っていたとしても強くはなれません。私としても、その才能が埋もれてしまうのは危惧すべきことです。どうでしょうか、その男から教わり続けるよりも私の弟子になって、成りましょう。最強に」
その言葉を聞いたシオンは、暫し考えこんだ。中々に返事が来ないものだから、断られるかと不安を抱いたところでシオンは頷いた。
「はい、よろしくお願いします。えーと師匠?」
「よろしく、一番弟子君」
提案を受け入れてくれて何よりだ。これで、未来の相手が一人決定した。