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理解している人間

 さっきの道場は心底無駄な時間でしかなかった。人型の利点でもある器用さを捨て、力任せの攻撃を繰り広げるだけの馬鹿達が集う場所でしかなかった。

 人間という種族は古代龍に到底力では敵わないし、素早さも白狼に敵う訳がない。


 つまらない誇りで最善手を捨てるなど愚の骨頂だ。


「お嬢様、難しい顔してどうなされましたか?」

「いや、なんでもないよ」


 ミリに顔を覗き込まれ、また勝手な思案に明け暮れていたことに気づかされる。


 今は強さの一人論議を繰り広げる場面ではなく、私を倒せるであろう才能の持ち主を探すところからだ。


 めぼしい道場を一軒一軒回ることには変わりないが、先ほどの無駄な道場で、ある程度の選定基準は決められた。


 第一に身体を鍛えてる人。力任せの攻撃を繰り広げる人間はただの馬鹿だが、やはりある程度の筋力はないと話にならない。


 次にくだらない誇りを掲げない人。分かってる人、とも言い換えることが出来る。手段を選んで勝てないと分かった時に誇りを捨てられる人が望ましい。そんな思考を持っているかどうかなんて初見で完全に見抜くことはほぼ不可能だが……


 こればかりは運だ。いつ期待を裏切られるかなんて考えても無意味だ。戦闘では次の動作を読むことなど眼を瞑ってでも出来るが、日常的な思考ばかりはどうも読めない。

 まぁ、私より強い奴を育てるなんて話は元々雲を掴むような話だ。


 もし失敗したのであれば、それは無理な賭けだったということで諦めるだけだ。元より諦め半分でやっていることだし、仕方ない部分が大半を占めるだろう。


(………そんな仕方ない賭けに挑もうとしてる奴がいるらしいが)


 そんな奴はただの馬鹿だ、と自分を鼻で笑いながら、別のめぼしい道場の扉に手をかけ、軽く体重を乗せた。




 三時間後。


 一軒三分ペース、計五十八軒を回ったがどいつもこいつも似たり寄ったりの道場だった。子供と侮って手加減しようとする人が大半、私の強さを見てこっそり逃げ出そうとした人が少し。

 どれも才能の欠片すらない有象無象共であった。


 つまるところ、三時間歩き回って何の収穫も無かったということ。毎日家でだらけるよりも低俗な時間を過ごしている気分だ。

 よくミリは私に付いてきてくれるよ、それも笑顔で。


「どうしたんですか、私の顔をじっと見て。見惚れましたか?」

「こんな下らないことしかしてないのによく付いてきてくれるよね」

「そうですねー。不機嫌なお嬢様も見てて楽しいというか、かわいいですね」

「そういう奴だったよお前は」


 これも下らないの一部に入るやり取りではあるが、少しホッとするやり取りだ。何が違うのだろうか、と分析しようとしたところで次の大きな道場まで辿りついた。

 他の道場と比べ、真新しさがある。道場独特の汗臭い空気も内部からは感じられない。ドアに手をかけ引いてみるが、重量の割りに鈍い音は立たなかった。


「たのもー! 一番強い奴を出せ!」


 私は五十八軒巡り、最適化された台詞を大声で発する。

 突然発せられた怒声に道場の人達は振り返り、私に奇異な眼を向ける。が、門下生は子供である私に対し、一切の不快感を示さなかった。


 門下生の一人、長髪の女が私の元へ歩み寄る。


「少々お待ちくださいね、只今リコン様をお呼びしますので」


 ………やけに話が早い。他の道場だと少しばかりいざこざが発生するのだが、スムーズに上まで通してくれるようだった。

 数分も経たずに来たのは、白装束の浴衣を纏った狐目の男性だった。


「やーやー。あんさんが道場破りなんやね」

「そう。道場で一番強い人と戦いに来たんだけど、君が一番強いね?」


 リコン、とかいう狐目の男。飄々とした雰囲気を漂わせているが、今まで見た道場主の中で一番強そうな気配を感じた。

 浴衣というゆったりとした服装に紛らわされているが、内に秘めたしなやかな筋肉は数々の戦闘で身についたそれだった。


 リコンは右頬を右手で擦り、私の身体を細目のまま見つめた。そして喉を唸らせ、彼はこう答えた。


「せや、降参や」


 まだ戦闘を挑んでもいないというのに、彼は両手を顔の高さまで上げ、降伏の意を示してきた。


「何が望みなんや? あんさんほどなら銭に困ってるつーわけでもなさそうやしなー」


 リコンはわざとらしくも困った風に首を傾げる。


 しなやかな筋肉を纏った戦闘向けの肉体といい、その判断力といい興味がそそられる。


「望みとか、そういうのはどうでもいい。一回私と戦わないか?」

「………しもうた、そちら側やったか」


 狐目の男は右手で額を押さえ、背を反らしながら天井を仰いだ。本心でもそう思っているのだろうが、その大げさな動作はわざとやっているとしか思えない。


「まーうちは戦わへんで。なんか酷い目に合わされそうやしな」


 リコンは意味もなく一回転し、戦うことはないという意思を言葉で示す。どことなくミリを彷彿とさせるが、当然彼とミリは全くの別人だ。


「そうやって言葉で態度で拒んだとしても結局君は戦うことになるよ」


 別人だから、大切な物も違う。ミリは私が一番らしいが、リコンが私を一番に大切に思っている訳がない。私は門下生達にチラリと視線を寄せ、不敵に微笑む。


「いいのかい? 君が戦わないと大切な大切な門下生が半殺しにされるよ」

「やれるものならやってみぃや。うちには分かるで、あんさんは無意味なことはしないっつーことがや」


 リコンが浮かべた笑みはどことなく確信を含んでいた。はったりなのか、どうなのか。それを確かめるべく、私は鞘から剣を抜き、門下生の一人に一閃の斬撃を放った。


 チラリ、とリコンの表情を窺うが眉一つ動かすことはなかった。リコンは門下生が大事ではないのか、眉一つ動かさなかった。

 斬撃は狙い通り門下生の手前で霧散したが、それでもだ。仮に本当に痛めつけたとしても彼は動かないだろう。


「……仕方ないね。じゃあさ、私の弟子にならない?」

「魅力的な誘いやなぁ。けどうちはもう現役引退してるんや、これ以上強くなってどないせっちゅーねん」


 ッチ。私は心の中で舌打ちをした。


 リコンという男は戦闘においても聡明な判断が出来る人間だというのは、今のやり取りで大いに分かった。私の強さを知り、私を前にしても断言する度胸もある人間だ。

 強くなれる人間というのは彼のような人のことを指すのだが、弟子になってくれる気配が微塵もなかった。


「ならさ、この辺りで才能のある人間を知ってる?」

「知ってるわけあらへんて、うちは引きこもりなんや」


 ………嘘だな。目線、声のぶれなさは感心するが気配が若干揺らいだのが感じられた。


「教えろ、と言っても無駄なんだろうね。お邪魔したよ」

「ほな、二度と来んなや」


 リコンという男と戦えなかったのは残念だが、彼が強いと評価する人間がいることは確かだ。願わくば、そいつが成長の余地ある子供であることを。


 まぁ、仮に爺さんだとしても暇つぶしぐらいにはなるだろう。


 私はリコンを尻目で睨みながら道場を出た。

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