レイとミリ、旅に出る
晴れ渡る青空の下、私は大荷物を詰め込んだリュックを背負い、家の門に手をかけた。
あまりにも多く持たされたその荷物は、私の八倍程度の大きさを誇っている。そんな荷物をか弱い少女が背負っている絵面はかなり笑えるものだろう。
現にミリが門の外で笑いを堪えて見ていた。召使なんだから少しは持て。
「それじゃ、元気でいってらっしゃいね」
「うん、いつ帰るか分からないけどまたねー」
私は右手を大きく振り、母親に別れの挨拶を告げる。
「定期的に連絡お願いね」
「お嬢様の様子でしたら粒子一つの漏れもなく隅々まで観察致しますのでご心配なく」
いつもと同じ微笑でゾッとするようなことを言うミリ。流石に七年も経てば見られ慣れるはするが、いざ口にされると恐ろしいものがある。
「………観察するだけじゃダメだからね」
「ミリ、もう行くよ」
「はいはーい!」
そういえば、昨日突然出ることを決めてから父さんにこの話をしていない気がするが、したらしたで面倒そうなので母さんに任せることにしよう。
そんな最低なことを考えながら、門を出る。
背後から母さんの声が聞こえるが、初めて外で自由に動けることもあり振り向くようなことはなく、家を後にした。
「───【一角獣】」
お気に入りの呪文を唱え、ミリを後ろに乗せる。久しぶりに触れる、とミリは喜んで私の腹を揉もうとするが、私の腹は既に脂肪と呼べるようなものはなく、腹筋で固められていた。
「まぁこれはこれで」
柔らかい贅肉を期待して触ったであろうミリだが、硬いと知るや否や腹筋を堪能するように撫でまわした。もはや何でも良いのであろう。
「飛ばすよ」
ミリに一言断り、馬を急発進させる。
「ちょっ、まっ───」
突然の急発進にミリは、私の身体を堪能する間もなく必死にしがみつく。とはいえ、結局私が胸を触られているという事実は変わらなかったし、次第にミリもこの速度に慣れてきてしまったが。
そんな茶番的思考を繰り広げながら目的地へと到着した。
到着した地はドゥラッタ、という町。
名前は別にどうでもいいが、この町は多くの元騎士が住まい、元騎士達が弟子として迎えた平民を新たに兵士として育て上げ、国などに派遣することで栄えてきたこの時代でも稀有な町だ。
「はてお嬢様。ここに何をしに?」
「んー、現代の人がどれだけ強いかって分からないからさ、なんかそれっぽいところに行きたくて」
少し変とはいえ、ミリという使用人がこれ程強いのであれば、軍人はどれほど強いのだろうか、と。微かな期待を込めて言う。
それと私が育てるに値する人間がいたらいいなという少しの願望もある。
「で、どうやって探すんでしょうか」
「道場とやらに乗り込んで直接見るんだよ」
「………見るって戦うってことですよね?」
「それ以外に方法が?」
あるにはあるだろうけど、やはり手っ取り早く行動を起こすとするのならば力だ。
「お嬢様、いつか反感買いますよ………」
ミリは喉に息を詰まらせながら私の方を見る。何か忠告をしたげではあるが、無駄だということが分かっているのだろう。
とはいえ、ミリが私へそういう目を向けるのは、非常に珍しいことだった。
「ミリは過去にあったの、そういうこと」
「何ですか、私を戦闘狂と馬鹿にしないでください。別に私は───」
「今私のこと戦闘狂って馬鹿にしたよね?」
いつも笑顔で私に付き従ってたミリだが、心の中ではやはりそう思っていたようだ。別に不快ではないが、面白そうなので遮るように言ってみる。
「───別に私は、暴力を振るった所為で学園を追放されただけです」
スルーかいな、別にいいけど。
「ミリはそうなったけど、別に私なら大丈夫だよ。世界を敵に回したことなんて何度もあるし、また敵に回すつもりだし」
「えーと、前世で何をしでかしてたんですか? なんか私の将来が心配になってきました」
ミリはそんなことを心配そうに頬を押さえて言うが、肝心の顔が嗤っていた。やはりというか、戦闘狂にしか見えない。
「グレイラット、って知ってる? 古代龍が現存してた頃に星を治めてた英雄の名前なんだけど」
「知ってるも何も、私が追放された学園の名前ですよ。ってかお嬢様化石になる程昔の人だったんですか? っていうか学会の謎がこんなところで解明されましたよ?」
ミリは早口で矢継ぎ早に言いたいことを投げかけてくる。脳の整理が全く追いついていないようだ。
「えっと、一旦落ち着こうか」
「あっはい」
ミリは一呼吸置いて、私に話しかけた。
「えっとですね。私が追放された学園はグレイラット学園。その地で出土した石版に、グレイラットの名が記されていたことから名づけられました」
「へぇ、私の名前も残ってるんだね」
確かに、グレイラットについて記した石版は多い。そして大体には私を讃えるような絵が記されている。とはいえ紙に顔料を塗る絵ではなく岩を削り取っただけの粗末な絵ではあるが。
「設立当初は考古学専門と言っても差し支えない学校でしたが戦争後は失われた土地を使って、学園都市と呼ばれる程までに拡大しましてね。因みにグレイラットに関しては未だ研究が進んでいないのですが、本当にあのグレイラットなんですか?」
「国を治めた、とか讃えられた、とか記されてるなら多分それだけど」
そう何気なく答えたつもりだが、ミリは落胆した様子で私を見てきた。
「まさか、お偉いさん方が必死こいて議論かましてる対象がこんな戦闘馬鹿だなんて………」
「ねぇ私のこと好きなんだよね?」
ミリが私のことを酷く貶してくる件について。
「どうせ事実だし、で受け止めるんですしいいでしょう……」
「ま、事実だしね」
「本当に国を統治したんですか?」
「いや、あれはただの副産物。別に私は戦い以外興味ないよ」
「色事も興味なかったんですか?」
「少なくともミリは相手にしたくない」
興味がないという訳ではない。ただ強くなる気のない男は相手したくないし、強いとされている男とは敵としか見れないだけで、ただ縁がないだけだ。
「まぁそんな些事はどうでもいいからさ、さっさと行こうよ」
「あっはーい」
そう言って付いてくるミリの目はどこか諦めており、声も若干乾いていた。