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元英雄グレイラット、九歳の誕生日

 半年後、全ての本を読み終えた私は王城に返却した。かなり量があり、元の動体視力も相まって必然的に速読が身に付いた。

 歴史に名を残す程になった怪事件で王城は騒ぎになったらしいが、果たしてあの王子は羽を伸ばせたのだろうか。どっちにしても、戦いに身を落とさない奴と関わるだけ無駄だが。


 図書室の本には現代の知識が詰め込まれており、見聞を広めるのに大いに役立った。だが、王城に歴史以外の本がないというのはどういうことだろうか。

 もっと現代の魔術書とか、そういうものが読みたかったが仕方ない。


 ちなみに禁書庫には生命体を脅かすような感染の魔法とやらが多く存在していた。直接対決しない為の魔法は嫌いなので、知識は貰ったが使うことはない。


「お嬢様、パーティの準備が整いました」


 それはそうと、今日は私が九歳になる日だ。この時代で九歳になるのは特別なことであり、魔法を行使したり剣を振るうことが許されるようになる日だ。

 この日を境に親は子供に魔法や剣を教えるのだが……… まぁ、普通にこっそり使ってたし教わるよりも本を読んだ方が効率がいい。。


「分かった行く行く」


 親から与えられたノートに暇つぶしがてら魔法陣のような落書きを描いていた。正しく刻まないと魔法陣は作用しないが、うっかり作用して新しい魔法陣が生まれないかと試しているところだった。

 私はノートを閉じ、羽ペンを元の場所に戻すと二階から階段を降りる。


 リビングでは、ここ八年の誕生日でも見なかった、豚の丸焼きといった豪華な食事が用意されていた。中には剣でも入っているのだろう。


「どうかしらミリちゃん。豚一匹丸々用意してみたけど、足りる?」

「このサイズなら丁度腹八分目に収まりそうだね」


 腹八分目というのは非常に大事だ。一度に食いすぎても身体に悪影響しかもたらさないからだ。

 身体を鍛えるのであれば、これを一日五食取りたいのだが流石に家計が厳しいだろう。


「ねぇ、これ私一人で食べていいの?」

「勿論よ、今日は九歳の誕生日だもの」


 私は喜んで包丁を手に取り、豚の表面に先端を当てる。突いた先から肉汁が溢れ出し、若干焦げた香りが食欲をそそらせる。量も素晴らしいが、質も中々のものだ。

 前世では誰かに祝われるなどなかったが、誕生日というものは最高だ。


「食事の途中だが、実はレイにプレゼントがあるんだ」


 何をいつものことを、と思ったが今回は本ではなさそうだ。父さんは両手で長方形の大きな箱を抱え、嬉しそうに笑っている。


「食事の途中に渡すんじゃないよ」


 母さんの制止も聞かず、父さんは私に箱を渡す。本気で止める様子がないところを見るに、母さんも渡したいのか、それか父さんを止めるのを諦めたかのどちらかだろう。

 私は口元を拭い、豚の脂が若干付着した手で箱の包装を破く。


 蓋を開けてみると、そこには両手剣が一本、それと同じ長さ程の杖が仕舞われていた。剣の質はあまり良くないことは分かるが、杖は何なのだろうか。


「これって?」


 私は杖を持ち上げ、疑問を呟きながら首を傾げる。その様子に反応したのは、やはりというか父親だ。


「それは魔法を使うのに必要な道具だ。まぁ俺程になれば杖なしでも行使出来るが、慣れるまではそれでやった方がいいぞ」

「…………」


 つまり、私にはただの棒切れだということだ。


 剣の方も使い物になるか、と聞かれたらならない。どう考えても私の腕の方が頑丈だし、素振りにすら耐えられるとは思えなかった。

 つまりこれもただの棒切れ。誕生日プレゼントの本が、ただの棒切れ二本になったということだ。


 けれどここで喜ばないと父さんは悲しむだろう。


「わぁい! ありがと!」


 棒読みになっていないだろうか。顔に不審さが出ていないだろうか。そんな不安を抱きながらも喜んでいると、母さんとミリが苦笑いしながら私を見ていた。

 父さんにはバレていないようだが、母さんには心を読まれてしまったようだ。


「別に無理して喜ばなくていいのよ?」

「………はーい」

「黙ってましたけど奥様にはバレてましたからね、転生のこと」

「「えっ」」


 バレてることには驚きだが、何故か父さんと声が被った。


「え、俺だけ知らない秘密あるのか?」

「………うちの子、遥か過去から転生してきた人なのよ?」

「成る程、だから天才だったのか」


 父親は納得した様子で頷いて剣の性能について解説を始めた。

 母親が深刻な顔して説明したというのに、父親はどうでもよさ気だった。自分としては助かるが、と母親の機嫌を伺うようにチラリと見たが、こちらも胸を撫で下ろしていた。


「まぁそれでレイちゃん、今後なんだけど貴女は何がしたいの?」

「何が、って?」


 そう話しかけてくる母さんは、子供に諭すような優しい目はしていなかった。


「私、常々考えてたのよ。確かにレイちゃんは私達の子だけど、世話してたのは全部ミリじゃない。私は話しかけることしか出来なかったし、父さんは毎度骨を折られてたし」


 七歳の今でこそ力加減出来るようになったが、三歳半ばになるまでは度々力加減を間違える事故が起きていた。

 それ故に母さんは私に近寄ることが出来ず、それを悔いているようだった。


「ううん、別に話しかけてくれて嬉しかったけど?」

「ええ。まぁそれは置いといて、私思ったのよね。母親として何もしてあげられないなら、せめて自由にさせてあげようって。金については私がそれなりに用意してあげるわ」


 それは私にとって願ってもない提案だった。

 子供が十五となって自立するまでの間は、せめて家族として暮らしてみるのも悪くないと考えていたが、心の中では早く強敵となるであろう相手を探したいと思っていた。


「だったら私、外で戦いたいな」

「………え、そっちなの」


 母さんはその返答が意外だったのか、鈍い反応を見せた。


「どうしたの?」

「いや、てっきり本ばかり読んでいるのだから学者になりたいのでも思ってたわ」


 戦う相手を見つける為だけに必死に現代の知識を取り込んでいたのだが、その行為は傍目から見れば勉強熱心な子供にしか見えないだろう。間違ってはいないが、全ては戦う為の学びだ。


「ふーん、そうなの。そうなのね」

「気でも変わった?」

「一度決めたことだもの、撤回はしないわ。ミリ、ちょっとこっちに来なさい」

「はーい、奥様何の御用でしょうかー」


 私の誕生パーティで浮かれ気分のミリは注ぎかけの一升瓶を持って小躍りでこちらへとやってくる。


「この子、自立して外で戦いたいそうなのよ。あれ、冒険者になりたいのよね?」

「いや、強ければ何でもいいよ?」

「あ、えーと。そんな訳だからね、良ければミリにはレイちゃんを見張ってて欲しいの、死なないように」


 そうお願いされたミリは、お願いの内容が分かっていながらも首を傾げていた。チラリ、と私を見て薄ら笑いを浮かべる。


「いえ、お嬢様は何をされても殺されないと思いますが」


 どうやら、私が負ける光景が思い浮かばないようだ。当然ながら負けたことのない私にもその光景は思い浮かばないし、加えて言えば仮に戦って殺されたとしても別に構わない、本望だ。


「………親公認でレイちゃん襲えるわよ」

「ちょっ」

「はい! 是非戦えて可愛いミリにお任せください」


 それを聞いた途端、ミリは二つ返事で承諾した。早速とばかりに腕を広げて飛び掛ってくるミリを軽くいなして、母さんを睨んだ。


「自分の子供を売らないで欲しいなぁ」

「別にいいじゃない、女同士だし、仲良しでしょ?」

「そんな関係は求めてないね」


 出来ればそんな関係より殺しあう関係になりたい。と、言いたいところだが流石に親の前でその願いは伏せておく。


「ま、いくら戦いたくても戦争とか簡単に死ぬような場所には行かないで頂戴。これ、母さんとの約束ね」

「…………」


 その約束は出来ないなぁ。


「奥様、推測ですがお嬢様はそういう場を好んでおります。おそらくその約束は破られるかと」

「うん、破る」


 絶対破る。それは本人である私が一番よく分かっている。


「ミリ、絶対止めて頂戴ね」

「止められれば、ですかね………」


 今は若干ミリの方が戦闘に関して上手だろうが、近いうちパワーバランスは簡単にひっくり返る。ミリはそれを分かっているようで、断定したような言い方は出来ないようだった。


「それじゃ、早速だけど相手でも探して」

「レイ」


 母さんは覇気の篭もった声で私の話を止める。


「せめて今日は誕生日なんだからここにいなさい。それと支度もちゃんとして、不備がないか母さんに見せてから行きなさい」

「うへぇ」


 思わず声が漏れた。


 結局母さんは、私が転生者だと分かっていても、戦闘好きの狂人の片鱗を見たとしても私のことは子供として見ており、母さんとして私を心配するのだなと。


 ま、心配されたとこで戦いを自重するつもりはないけど。そんなくだらない枷を付けられてたまるものですかと。


 そんな親不孝なことを考えながらも、今日だけは誕生日パーティを堪能するだけに留めておくのであった。

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