上州合戦の序章
登場人物 井村 次郎・・・岩松家家臣。24歳。
梅平 照昌・・・第16代前橋藩主。
渡良瀬川の戦いから1カ月が経った。この間に、岩松が1週間足らずで高家由良氏を滅ぼした知らせが諸国に響いた。とりわけ深刻に捉えたのは幕府中枢である。奉行であった由良氏が許可も下していない戦闘で滅ぼされるなど、あってはならない。確かに幕府の内情はボロボロである。無許可の戦闘行為は全国にあるが、外様大名同士のいざこざや、盗賊の討伐が主であった。それが今回は幕府の役職に就いた武家が滅ぼされた。幕府は、機能していない会議を何とか開いて、岩松討伐を決定した。討伐軍は上野の国の諸藩で編成された。前橋藩、高崎藩、安中藩、館林藩、沼田藩の幕府軍が岩松の領地を襲うことになる。幕府軍は総勢6万。対する岩松軍は全兵力を持っても4000人しかいない。岩松俊光はこの苦境をどう乗り切るのか?
岩松俊光の元に岩松討伐の知らせがすぐ届いた。家臣は当然であるという気持ちと、これからどうする?といった気持ちか交錯している。俊光もこのこうなることは分かっている筈だった。
「俊光様、いかがなされます。」
金井が訪ねる。
「うん。幕府にしては速い対応だ。上州の諸藩も岩松に同情する家など無いだろう。」
「答えになっていませんよ。」
「うるさい、無能。」
「・・・。」
「まずは防衛戦だ。守備の兵を2600人導入する。半月以内に展開を終わらせるぞ。すぐに支度させろ。」
「は、はい。」
金井は慌ただしく下がって行った。
その夜、俊光は書斎に籠っていた。1人ではなく、家臣の井村二郎と上野国の現状を話し合っていた。
「二郎、上野国の統治はある意味理想的だ。特に前橋藩では4代藩主梅平照信公の善政により、橋、用水路が整備され、利根川の氾濫に農民が悩まされなくなった。これには領民も満足。梅平の政治を疑えない。しかし時は流れ、今の16代藩主照昌の政治はどうだ、かつての善政が忘れられない地主、富豪層から人気がある。しかし、江戸のために村を潰し、百姓を路頭に迷わせても用水路を造り、徴収した年貢は全て江戸に送り、自国で武士が食べるためにさらに重い年貢を課している。」
「おまけに年に2回「奉仕」と称して年貢の2割を上乗せして徴収しているみたいです。」
「その通り。領民はかつての善政を忘れず、必死に梅平に奉仕する。しかし、当の梅平はこの領民の無垢な思いを利用し、都合の良い政治をしている。何とも嘆かわしいじゃあ、ないか。」
「全くです。とくに小作農は疲弊し、一家心中を起こっています。」
「そうか。いずれにせよ、前橋藩梅平家がいても上野には全く得にならないということだ。」
「そうですね。上野国は数藩あるとはいえ、前橋藩との主従関係が実態だ。」
「うん。だから上野から諸藩を排除する。上野国に藩など必要ない。」
「何というお言葉・・・。頼もしいです!」
「おう、これからの戦は防衛ではなく攻めの戦だ。二郎、精一杯戦え。」
「は!」
こうしてまた俊光の書斎は、俊光1人となった。
「ふふふ。俺にも都合の良い部下も居たということか。」
俊光は窓から映るおぼろげな三日月を見てそう思った。