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高家由良氏の滅亡①

登場人物について。

岩松俊光・・・新田家支流岩松家第24代岩松利信の3男。

袴安・・・俊光に仕える忍。

岩松氏にとって長年のしこりは、岩松領に程近くの大田、足利に勢力を置く由良氏であった。由良氏は500年前の戦乱期に岩松に対し下剋上を行った武家であった。幕府体制となってから由良氏は大名未満でありながら幕府の要職にも就いた高家となっていた。一方で岩松氏は岩松領に泊まる大名家の世話係を任じられていたものの、幕府中央の官職は得られなかった。しかし、岩松は縁切り寺の「満徳寺」を所有していた。そして、縁切りで逃れてきた女性に養蚕、紡績技術を伝授して女性の自立を長年援助してきた。そして、中には岩松領に留まり、紡績業を営む人たちが多く現れた。さらに、フランスの生糸需要が高まり、岩松の生糸も徐々に輸出され、莫大な利益が岩松に入りつつあった。俊光が10代の頃はこのような時代であった。

しかし、この動きを由良氏は面白く見ていなかった。由良氏は元々、岩松に生糸を無理やり押し付けて手数料で設けていたが、生糸の利益がそのまま岩松に入るのは面白いわけがない。由良はこの機会に岩松を幕府に訴え、岩松討伐令を発布するように請願した。英寇から3年後の興和3年。和清15年戦争勃発の3年前のことである。


「若様。」

「若様?」

「あ、いえ、弾正様。」

「何だ。言われなくても分かっている。」

「その、由良家が幕府に働きかけていると。」

「そうだ。確実に幕府は由良に味方する。元々岩松は家系図を幕府に渡さなかった。取り潰す建前なんていくらでもある。」

「そ、それではどうします?」

「どうしますって。かえってチャンスだろ。金井。由良に引導を渡す。」

「え?」

「親父だって何も言わないさ。兄貴らが過去に亡くなっているのは隠している。だから、全て俺の勝手な行動として由良に挑発をかける。幕府は岩松の内乱扱いとしてその鎮圧に由良を派遣する。これなら幕府も喜んで由良に命令するだろう。」

「あ、あの・・・。いくら英寇で活躍されたとしても、兵力が少ないのでは・・・。」

「ああ、煩い。俺が何を考えてるか全く理解していないのに、一々口出しするな、無能。」

岩松家家老の金井に無能と吐いた俊光に、金井は憤りの念を感じなかった。代りに、俊光はとても恐ろしい人物だと本能的に感じた。


その夜、俊光の寝室に現れた黒い影が一つ。

「ん。おう、袴安。帰ったか。」

「はい。ただいま。」

黒い影は袴安。俊光が使っている忍である。

「どうだ?由良の情報は?」

「はい。由良は着々と陣を整えています。しかし、足利で今非常にきな臭くなっています。」

「ほう?それはどんなことだ。」

「は。由良と深くつながる長尾の領地足利で飢饉が起こっているのは承知でありましょう。」

「うん。下野の飢饉は酷いからな。やはりそうか。お前の言うことはもう分かる。」

「はい。飢饉で食料が減る中で、長尾は懇ろの由良と共同戦線を張るために年貢を多く取り立てています。そのため、足利では農民の打ちこわしが多発しています。」

「そうだ。半月前も避難民が流れ込んでいた。」

「しかし最近はめっきり避難民が来ることは無いでしょう。」

「そうだ。最近の足利は異常なほど静かだ。」

「これは一揆に参加した百姓を殺戮しているためです。」

「・・・。殺戮か。」

「足利では『一家鎮撫』と呼んでいます。」

「・・・。こうしちゃおれん。実際に見に行くぞ。」

「・・・。大丈夫なのですか?」

「ああ。親父にはお百度参りだと伝えておけ。」


こうして、夜の道を足利へ向かって行った。月が綺麗な夜である。しかし、足利では打ち壊しの嵐の筈だった。しかし、この月夜のような静けさとなった。このからくりは何だ。2人が現場を確認したのは翌日の丑の刻であった。俊光と袴安は旅人に変装して足利に入った。辺りは夜であるから当然暗い。しかし、かがり火も焚かない集団の影が見えた。2人は後を付いて行った。


闇夜に多くの農民が男たちに連れられていた。男もいれば女もいる老人も居れば子供も赤ん坊もいた。しかし、赤ん坊は一切泣かなかった。女も嘆きの嗚咽を上げていない。一体何を体験したのか。皆疲れていそうだった。その内集団は寺に着いた。そして、寺の裏手の洞窟に連れて行かれていた。そして、50~60名の農民が洞窟に連れて行かれた。そして、1時間半経った頃、多数の農民を連行していた男たちだけが洞窟から出てきた。一切の無音。この間の時間は恐ろしいほどの静けさがあった。そのうちに男達はいなくなっていた。3時間後、2人は洞窟に入って行った。暫く暗い洞窟を歩くと、大きな穴が開いていることに気付いた。辺りが真っ暗なため、袴安がかがり火を焚くと、衝撃的な光景が広がっていた。穴には、老若男女の無数の死体が積み重ねられていた。皆喉を裂かれていた。声を出せなかったのはこのためである。そして、死体は皆舌を抜かれていた。徹底的に悲鳴を上げさせない処置を施していた。この「一家鎮撫」と呼んだ虐殺はこのように計画的に行われていたのである。


「袴安。これが足利の静けさの原因だな。」

「はい。そうです。」

「・・・。こんな小さな場所でも少ない人員でも計画的に人を殺せるんだ。どうだ。これを実行する規模がもっと増えたらどうなるか。」

「もっと犠牲者が・・・。あなたは全国でこれが広がると?」

「うん。そう思う。日本はいずれ、国の矛盾を民同士でぶつけるだろう。そうなったら日本は地に堕ちるな。」

「まあ、確実にそうなりますね。」

「だから今由良を滅ぼすんだ。高みに上るために。」

「なるほど。俺もあなたについていきますよ。」

「おう。お前はいざとなれば、残酷になる男だ。信頼できる。頼むぞ。」

岩松俊光は状況を冷静に捉え、次に繋げる準備を整えたのである。

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