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communio  作者: 佳景(かけい)
第2章
8/20

―8―

 見回りと昼食を終えた昼下がり。

 

 リンは城に行くことになり、クレイは一時的にスイランに預けられることになった。


 ナギも午後から少々用事があるということで、しばらくはスイランと二人きりになる。


 正直なところ、言葉がきついスイランのことはどうにも苦手で、クレイは「迷惑を掛けるのも悪いから」と一人でリンの帰りを待とうとしたが、一人は物騒だからと許してもらえなかった。


 有威者達は人間を良く思ってないし、リンのいない間に危害を加えられることがあるかも知れないと言われては、素直にスイランの世話になるしかない。


 そのスイランも人間を嫌っているようだが、だからと言って、何もしていない者に危害を加えるような子ではないのだろう。


 少なくともリンはそう思っていて、その判断が正しいことを祈るしかなかった。

 

 クレイはリンと別れ、スイランの乗ってきた舟に乗る。


 リンと同等の力を持つというスイランなら、自分を抱えて飛ぶことはできる筈だが、触れるのも嫌なのだろう。


 スイランに抱き付かれたら、リンに抱き付かれる時とは別の意味で気まずいので、舟に乗せてもらえるのは有り難かった。

 

 一人空へと上って行くリンを、クレイは舟の上からじっと見つめる。

 

 わずかな時間でもリンと離れるのは寂しかったし、心細くて仕方がなかった。村人達の視線が冷たく突き刺さってくるので、尚更そう思う。


 自給自足の暮らしをしている有威者達は、自分や家族が食べる分の魚や鳥を確保すれば暮らして行けるため、気温が上がらない午前中に漁や洗濯を済ませ、暑くなる午後は基本的にゆったりと好きなことをして過ごしていた。


 睨まれるくらいなら関心を払わずにいて欲しかったが、今は皆暇なので、どうしてもこちらが気になるのだろう。

 


 クレイが早く帰って来てくれることを願いながらリンを見上げていると、不意にリンの頭が空に切り取られたようになって、クレイは思わず声を上げた。


「あっ!」

「何?」

 

 不機嫌さを隠そうともせずに問いかけてくるスイランに、クレイは震える指でリンを指差して言った。


「あ、あれ! リンが大変なんだ!」


 クレイがスイランにリンの危機を知らせる間にも、リンの体はどんどん削れていく。


 スイランはぎょっとしてリンを見上げたが、すぐに不機嫌な面持ちに戻って言った。


「大丈夫よ。体が切れてるように見えるだけ。体の見えないところは、今世界の外側にあるのよ」


 何が何だかよくわからなかったが、先程リンが世界の外側という場所があるのだと話していたことを思い出し、クレイはとりあえず安心した。


 言われてみればリンは苦しむ素振りなど少しも見せてはいないし、血も出ていないようだ。


 向こうとこちらを繋ぐ境界を通っている最中であるため、体が切れているように見えているのだろう。

 

 程無くしてリンの足も完全に見えなくなり、クレイは舟の行き先へと視線を向けた。

 

 スイランが向かっているのは森だ。

 

 これからリンと同じように、領土の見回りをするのだろう。


 午前はリンが、午後はスイランが見回りをすることになっているのだそうだ。


 二人だけで見回りをするには領土が広過ぎるため、他にもそれなりに力が使える者が同じように見回りをしていると言うが、最も力のある者が率先して危険を冒すべきということで、日中はできる限りどちらかの長が見回りをするようにしているとのことだった。

 

 程無くして舟は岸辺に着き、クレイは舟から岸へと飛び移る。


 スイランも舟を蹴って岸へと飛ぼうとしたが、その拍子に舟の縁に蹴躓いて派手に転んだ。

 

 結構痛そうだ。 

 

 ぶつけた膝を擦るスイランに、クレイはおずおずと手を差し伸べる。


「大丈夫?」

「当たり前でしょ! 無威者なんかに心配される程、落ちぶれちゃいないわよ!」


 やはり余計なことをしてしまったらしい。


 人に優しくするというのは難しかった。


 良かれと思ってしたことでも、こんな風に相手が不快に思ったり、迷惑に思ったりすることがある。


 別に感謝して欲しかった訳ではないが、せめて親切を受け取ってもらいたかったのに。

 

 クレイが黙って手を下ろすと、スイランは体を浮かせて岸へと降り立ち、殺気すら感じる鋭い眼差しでクレイに凄む。


「今の、誰かに話したら殺すわよ。いいわね?」


 クレイは素直にこくこくと頷いた。


 人間を毛嫌いしているスイランなら、脅しでなく本気で殺しに掛かって来るに違いない。


 スイランはクレイの無言の返答に満足した様子で言った。


「行くわよ」


 スイランはクレイを顧みることなく、ずんずんと森の中を歩き出したが、すぐに木の根に躓いて再び転んだ。


 クレイは思わず手を出しそうになったが、先程言われたことを思い出して手を下ろし、ただ黙ってスイランを見守ることにする。


 スイランはそそくさと立ち上がると、クレイを振り返るなり食って掛かった。


「何よ!? 言いたいことがあるなら言えば!?」


 いきなりそんなことを言われても、特に言いたいことなどない。


 しかしここで「何もない」と言うと、反って怒らせてしまう気がして、クレイはとにかく適当に思い付いたことを口にしてみた。


「ええと、君ってもしかして運動苦手なのかなー……とか……」

「そうよ! 運動が苦手なのよ! 悪い!?」


 少しも悪くはないが、怖い。


 クレイはスイランから目を逸らして言った。


「ごめん、ただちょっと意外だなと思って……君達は人間より身体能力が高いって、リンから聞いてたし……」

「例外だっているのよ! 私は身体能力が低くても、力を使って物を操る能力には長けてるの! 遠距離攻撃が苦手で、殴る蹴るしか満足にできないリンとは違うんだから!」

「そ、そうなんだ……」


 どうやらリンとスイランは、力はほぼ同等でも得意分野が異なるらしい。


 身体能力が高くて物をそれ程上手く操れないらしいリンは接近戦が、身体能力が低くて物を上手く操れるらしいスイランは遠距離攻撃が得意なようだった。


 二人が敢えて共同統治することを選んだのは、力に差がない上に、得意分野が違って甲乙付け難いからなのだろう。

 

 それきり会話は途切れて、クレイは足早に先を歩くスイランの背中を追い掛けて歩いた。


 気まずい沈黙が辺りに落ちる。


 やがて沈黙に耐え切れなくなったのか、スイランが振り向かずに言った。


「……何か話せば?」


 てっきり話し掛けたら気を悪くするかと思って黙っていたのだが、思った程嫌われている訳ではないのだろうか。


 クレイは驚いたが、黙っていたらまた怒らせるだろうと慌てて言った。


「その、君はリンと一族のこれからについて意見が対立してるみたいだけど、良かったら君の考えを詳しく聞かせてくれないかな?」


 クレイの問いかけに答えることなく、スイランは前を向いたまま問い返してくる。


「……あんた、本気で私達の仲間になるつもりなの?」

「そのつもりで来たけど、人間をやめないといけないって聞いたから、まだ迷ってるんだ。だから、君達のことをもっとよく知って、その上で結論を出したいんだよ」


 クレイは精一杯の勇気と誠意を込めてそう言った。


 今は互いの精神が繋っている筈なので、嘘がないことはわかってもらえただろう。


 スイランの口調からほんの少し刺が抜けた。

「いいわ、教えてあげる」


 スイランは振り向かずに続けた。


「私は一族はこのまま滅びるのも仕方がないと思ってるの。リンは転化させた無威者と交わることで一族を永らえさせようとしてるけど、それはもう私とリンが守って行かなきゃならない一族じゃないから」

「僕達人間は、髪の色や目の色が違う人同士が子供を作ることもあるよ。種族が違う訳じゃないけど」

「種族が違うってことは、外見だけじゃなくてもっと深いところで違いがあるのよ。私達は肉体と力半分ずつでできてるし。多分それは、体を作り変えたところで絶対超えられない違いだわ」

「……そうかも知れないね」

 

 クレイは軽く目を伏せて、そう相槌を打った。

 

 リンとは友達になれたつもりだが、本当の意味で友達になれたかどうかはわからない。


 側にいれば、いつかどうしようもない断絶を目の当たりにする時が来るのかも知れなかった。


「だから今のままの方がいいのよ。無威者を一族に入れたら、絶対碌なことにならないもの。下手にそんなことして何かあったら、リンがみんなから責められるし」

「そうか、君はリンのために反対してるんだね」

「別に! そんなんじゃないわよ!」


 スイランはやはり振り向かずに声を荒げてそう言ったが、きっと照れ隠しなのだろう。


 クレイがスイランのことを少し好きになれた気がしていると、スイランが問いかけてくる。


「ねえ、あんたはリンが子供を作るためにいろんな男と寝てるのを知ってるの?」

「うん、まあ……」

「あんた達の常識や道徳で言うと、そういうのってどうなの? 褒めるべきことな訳? それともその逆?」

「ええと……僕が生まれた国では、別に子供を作るのが目的じゃないけど、子供ができるようなことをして毎日の糧を得ている女の人達がいて、そういう人達ははっきり言って蔑まれていると思う。他にできる仕事がないとか、自分の意思に反して無理矢理そういう仕事をさせられてるとか、いろいろ事情がある人が大半で、好きでやってる人はほとんどいないだろうし、蔑んでいる人達だってそういう女の人を抱いているのに、いろいろ納得が行かないけどね」

「ふーん。じゃあ、あんた達にとっても良くないことなのね」


 ということは、やはりリン達にとってもいいことではないのだろう。


 一族を絶やしたくないがためにしていることなのに、それで悪く思われるなんて、リンがあまりにも気の毒だった。

 

 クレイが胸を痛めていると、スイランが言葉を継ぐ。


「だったら、リンを説得してみてくれない? あの子、私が言っても聞く耳持たないし、ナギもリンに遠慮して何も言わないの。一族のためにやってることだから、言い難いのはわかるんだけどね」


 スイランが自分にこんな頼み事をするとはひどく意外で、クレイは目を瞬かせた。


「どうして、僕なんかに頼むの?」

「あんたが余所者だからよ。立場の上下なんて関係ないもの。一族のみんなはナギと一緒で、このことには触れたがらないけど、あんたなら保身だとか遠慮で言えないなんてことないでしょ?」


 クレイはようやく腑に落ちたが、それでも引き受けるべきか迷う。


 リンに自分を粗末にするような真似はして欲しくないという気持ちはあれど、自分は所詮余所者で、とてもこういう問題に口出ししていい立場ではない。


 スイランの言い分もわかるけれども。


「……これって、僕が首を突っ込んでいいことなのかな?」

 

 クレイがそう問いかけると、逆に問い返された。


「あんた、リンの友達じゃないの? リンはあんたを友達だって言ってたけど」


 自分の知らないところで、リンが自分を友達と呼んでくれていた。


 その事実に、クレイは痛んでいた胸から痛みが消え、代わりにとても優しく温かな感情が広がるのを感じる。


 クレイは言った。


「僕も、リンを友達だと思ってるよ」

「じゃあ、別にいいじゃない。友達が良くないことをしてたら、それをやめさせたいって思うのは当たり前だわ」

「うん、そうだね」


 クレイはそう相槌を打ちはしたが、内心では少し戸惑っていた。


 リンが初めての友達である自分には、友達とどういう風に付き合えばいいのか、よくわからない。


 リンにはリンの事情があるし、あまり踏み込むのも良くないだろうと思っていたのだが、時には踏み込むことも必要なのだろう。

 

 多分、それが本当の友達なのだ。


「上手く説得できるかわからないけど、僕なんかで良ければリンと話してみるよ」

「そう」


 スイランは相変わらずクレイの方を見ることはなかったが、その声はいくらか柔らかくクレイの耳に響いた。







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