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communio  作者: 佳景(かけい)
第4章
18/20

―18―

ご注意下さい!

少々グロテスクな表現を含みます。

大丈夫という方のみ、本編へどうぞ。

 王は領土の境界に並ぶ石の杭の上に現出した。

 

 その下方には今正に梯子に足を掛けようとしている五人の人間の男達がいる。


 肌の色からして、北から流れてきた者達だろう。


 使用言語や身なりからして、社会的階級はさして高くはなさそうだった。


 と言うより、低いに違いない。


 銃を持ち、揃いも揃っていかにも無頼漢といった風情だ。


 度胸試しか、或いは妖魔を売り飛ばして一儲けするつもりなのだろう。


 人間からすれば妖魔は珍獣のようなものであろうし、現状市場に出回ってもいないのだから、結構な高値が付いてもおかしくなかった。


 この辺りが植民地化されてしばらくは、金に目が眩んだ人間がしばしばやって来たものだが、近頃では珍しい。


 見せしめにあれだけ殺したと言うのに、人間はつくづく忘れ易い生き物だと思う。


 どれ程恐れさせても百年も経たずに代替わりして、何も知らない愚か者がまたやって来るのだから。


 男達は王の姿に気付くと梯子から離れたが、その面に異形の者に対する恐れや緊張はなく、値踏みするような目を向けてきた。


 相手が一人だと侮っているのだろう。


 口々に「高く売れそうだ」だの何だのと言い合っている。


 やはり目的は金のようだ。


 この手の連中は大概危険を察知する能力が著しく低いので、わざわざ警告するのも馬鹿馬鹿しい気がしたが、殺さずに済むのならそれに越したことはなかった。


 殺せばまた妃を悲しませることになる。

 

 王は敢えて言った。


「ここより先は人間の治める土地ではない。其方等は我が領土を侵そうとしているぞ。速やかに立ち去れ」


 理解できるようにベルファース語を使ったが、男達は立ち去る素振りを微塵も見せなかった。


 そればかりか揃って銃口を向けてくる。


 こちらがこの人数相手に全く怯んでいない上に、「我等の領土」ではなく「我が領土」と言った時点で自分が『魔王』であることを察してもいいと思うのだが、人間というものは群れると何故こうも無駄に気が大きくなるのだろう。


 おかげで揃って早死にだ。


 個体数が多い人間からすれば五人ばかりが死んだところでどうということはないが、あの凄まじいばかりの繁殖力は、愚行によって失われる多くの命を補填するためにあるのかも知れなかった。


「其方等の命をどうしようが其方等の自由だが、警告を無視するのは賢明な判断とは言えないな」

「ごちゃごちゃうるせえぞ。言葉がわかるなら話は早い。動くな」


 男の一人が発砲した。


 狙いを大きく外した威嚇射撃だ。


 微動だにせず佇む王の近くを弾が行き過ぎると、王は静かに言った。


「神に祈るか、神を呪え。死に行く人間にとっては必要なことだろう」






 王が姿を消すと、妃は沈痛な面持ちで左手の銀の指輪をそっとなぞった。


 王が身に着けていた指輪と揃いであるところから、クレイはそれが愛の証だと見て取る。


 初対面で手厳しい言葉を向けてきた王のことは正直少し怖かったが、妃にとっては大切な人なのだろう。


 自分が知らないだけで、意外と優しい一面もあるのかも知れなかった。


「……あの、本当にお一人で行かせてしまってよろしかったのですか?」

 

 クレイがおずおずと妃に問いかけると、妃は気丈に微笑んで答える。


「大丈夫だよ。王を殺せるのは私だけだから。それに皆を連れて行ったところで、王にとっては足手纏いにしかならないしね」


 確かに、これまで一人で一族を守ってきた王にとっては、庇護対象である一族の者など邪魔にしかならないだろう。


 王の持つ力とは一体どれ程のものなのか。


 恐ろしくはあったが、同時に見てみたいとも強く思った。


 『神』とも『魔王』とも呼ばれる存在の力を目の当たりにする機会など、そうそうあるものではない。


 クレイが王がいるであろう森の方に目をやると、妃はクレイに向けていた麗容をリン達の方に向けて、申し訳なさそうな面持ちになった。


「すまないね、私は王がいないとほとんど何もできないから……できれば早く皆を治してあげたいのだけれど」

「いえ、命に関わる程の傷を負った者はいませんし、治して頂けるだけで十分です」


 二人の会話を聞いていたクレイは、少し気になって妃に尋ねた。


「あの、失礼ですが、殿下はお一人では力を使えないのですか?」


 クレイの問いかけに、妃はその美しい唇に自嘲の笑みを漂わせて言った。


「使えないことはないのだけれど、私は言ってみればとても不器用だから。王は力を細かく使うのが得意なのだけれど、私は反対に力を大きくしか使えないし、細かいことが苦手なのだよ。王が一度に使える力の最大値が私にとっての最小値でね、私がこの場で皆を癒そうと思うと、力の余波でこの星ごと皆を殺してしまう」


 こういう場合に器用、不器用という言い回しが適切かはわからないが、理解はし易かった。


 力の余波で星を壊してしまうというのはあまりに途方もない話で、とてもすぐには信じられなかったが。


「あの方がいらっしゃれば殿下も問題なく力を使えるようですが、それはどうしてなのでしょうか?」

「王に同調してもらって力を抑えてもらえば、私でも王と同じように適切に力を使えるからだよ。だから本当は一緒に戦うこともできるのだけれど、王は絶対に私を戦場に立たせようとしなくてね。私は争いが嫌いだから、随分と気を遣ってくれているんだ。おかげで王にばかりいつも酷いことをさせてしまって、心苦しくはあるのだけれど……」


 白く長い睫毛を伏せて銀の指輪を見つめる妃を見ていると、クレイは王の気持ちがわかるような気がした。


 こんなにも穢れの似合わない清らかな人に、人殺しなどさせたくないだろう。


 もっと冷たい人なのかと思っていたが、優しいところもあるのだと思うと、少し親しみが湧いた。


 今まで怖いと苦手にしていた人達も、もっとじっくり付き合ってみれば、意外と皆優しい人達だったのかも知れない。


 ふと、そんなことを思った。


「殿下はお幸せな方ですね」

「そうだね、大切にしてもらっていると思うよ」


 妃はほんの少し面映そうに微笑んだ。






 妃が死に行く者達を見ずに済むように辺り一帯の空間を閉ざすと、王は手始めに発砲した男の首を捻じ切った。


 その場から一歩も動くことはなかったが、物理的な距離を詰めずとも、力を使えばそのくらいのことは造作もない。


 胴から離れた頭が草の上に落ちるのとほぼ同時に、頭部を失った体が力なくその場に倒れる。


 千切れた首から迸った鮮血が、死の匂いを撒き散らした。

 

 何が起きたのか理解できずに色めき立つ男達を、王は冷然と見下ろす。


 驚くばかりで逃げようとさえしないとは、つくづく愚かな連中だが、妃はどんな人間でも殺すと必ず悲しんだ。


 今回もきっと悲しむだろう。


 それを思うと少々気が重かったが、僅かに干渉するだけでも力を削がれる世界の内側にある領土を常時守り続けることができない以上、後顧の憂いを絶つために殺してしまった方がいい。


「おい、今のはてめえがやったのか!?」


 男の一人が凄みながらそう問いかけてきたが、その心の内には隠せない恐怖や怯えがあった。


 見ず知らずの人間が持つ感情に興味はなかったが、精神体であるため、同じ領域にある精神のことは自然と感じ取ることができる。


 人間の場合は一族の者と違って、感情や思考が垂れ流しの状態なので、尚更だった。

 

 望まない愛も憧れも鬱陶しかったが、恐怖や憎しみや殺意は悪くない。


 少なくとも、相手をしてやる気にはなれる。


「次はどうやって殺してやろうか?」


 王が酷薄な笑みを浮かべてそう問い返した途端、男達は一斉に引き金を引いた。


 立て続けに銃声が響き渡る。

 

 ようやく目の前にいる存在が危険なものだとは理解できたらしいが、数の優位が通用しないということまでは理解できていないようだ。


 低脳でも仲間意識はあるらしく、仲間を殺されたことで頭に血が上っているのが手に取るようにわかる。

 

 だが、怒りはいつまで恐怖を上回っていられるだろうか。

 

 王は銃弾を全て空中で止めると、男の一人に向かって全弾を放った。


 弾は過たずに頭を撃ち抜き、男は呻き声すらも上げずに倒れる。

 

 これで残りは三人。

 

 生き残った中で最も利口だったらしい男が逃げ出したが、今更遅すぎる。

 

 王は力を使って男の五体を刎ねた。


「化け物が……っ!」


 男の一人が侮蔑を露わにそう吐き捨てたが、虫けら同然の存在に何と言われたところで心は少しも痛まなかった。

 

 本来持つべき能力を持たずに生まれた者は、その代償のように何か別の突出した能力を有していることがあるという。


 それは人間でも、人間以外の者でも同じだ。ならば生み出すことができない者である自分が「化け物」と言われる程破壊や殺戮を得意とすることに、何の不思議があるだろうか。


「さて、次はどちらの番だ?」


 王の問いかけに答えることなく、男の一人は自らの口の中に銃口を押し当てて、そのまま引き金を引いた。


 惨たらしく殺されるよりはましだと判断したのだろうが、なかなか思い切りのいいことだ。

 

 遂に最後の一人になった男は恐怖や絶望の入り混じった感情をぶちまけながら、雄叫びと共に引き金を引こうとする。


 だが、指が動く前に王の力は男を只の肉塊に変えていた。

 

 見せしめとしては十分な死に方だろう。

 

 王は死体の位置に合わせて閉ざす空間を狭めた。

 





「終わったようだ。誰か、王を迎えに行っておくれ」


 王の様子が見えているらしい妃がそう言うと、リンが進み出た。


「では私が」

「無理しない方がいいよ。君だって、さっき怪我してたでしょ?」


 クレイはリンを気遣ったが、リンは軽く首を横に振った。


「飛ぶのはちょっと辛いけど、舟で行けば大丈夫だよ。今はみんな疲れてるし、これくらいどうってことない」

「私も行くわ」


 リンを心配してか、スイランも名乗りを上げた。


「では、お願いするよ。帰りたくないと駄々を捏ねるだろうけれど、無視して連れて帰って来て構わないから」

「陛下はここにお戻りになるのがそんなにお嫌なのですか?」


 クレイの問いかけに、妃は微苦笑しながら答える。


「王はこういう場所に出てくるのがあまり好きではなくてね、ここを離れなくても敵を倒すことができるのに、わざわざ掃討にかこつけて席を外したのだよ。少しくらいなら構わないと思って行かせたけれど、放って置いたらきっとしばらく戻って来ないだろうから」


 流石伴侶だけあって、王のことをよくわかっているらしい。


 あんなに堂々とした振る舞いをしていた王が人前に出るのが好きではないというのは意外だったが、いろいろ思うところがあるのだろう。


「ねえ、僕もついでに連れて行ってもらっていいかな?」


 クレイがリンにそう頼むと、リンは少し複雑そうな顔になった。


「いいけど、お前の同族が死んでるだろうから、きっと気分を悪くすると思うぞ」

「死体を見たりするのは正直ちょっと怖いけど、王がどれくらい凄い力を持ってるのか、見てみたいんだ」

「まあ、そういう気持ちはわからないでもないけどさ、見世物じゃないんだから」


 クレイとしては決してそんなつもりではなかったのだが、言われてみれば確かに見世物扱いしているようなものだろう。


 少し反省した。


「ごめん」


 そして今度は妃に向けて言う。


「申し訳ありませんでした」

「謝らなくていいよ」


 妃は緩く頭を振ると、リンに言った。


「連れて行っておあげ。ここに留まるつもりなら、王が人間にどんな仕打ちをするのかも知っておいた方がいい」

「御心のままに」


 リンとスイランが一礼するのに倣い、クレイも妃に頭を下げた。







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