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communio  作者: 佳景(かけい)
第3章
13/20

―13―

「せっかくこうして会えたのだから、何か私達に訊きたいことはないかな? 納得の行く答えを与えられるとは限らないけれど」

「……その、不躾を承知で伺いますが、あなた方の一族が滅びかかっている原因は、何だとお考えなのでしょうか?」


 核心を突いた質問を口にするのはやはり勇気が必要で、少し声が震えたが、クレイは何とか最後まで言い切ることができた。


 王達の表情には特に変化はなかったが、リンは唇を引き結んで複雑そうな顔をしている。


 怖い顔というわけではないので、怒っているとは限らないものの、やはり訊いてはいけないことだったのかも知れない。

 

 だが、どうしても気になって仕方がなかったのだ。

 

 どうしてリン達は滅びかかっているのだろうか。

 

 望みさえすれば、様々な知識を得られるという王達がいたなら、原因を排除してこの事態を回避することもできたかも知れない。


 それができなかったのは、どうしてなのだろう。

 

 クレイが静かに答えを待っていると、王の唇が静かに言葉を紡ぎ出した。


「其方の問いに対する答えはいくつか考えられるが、一番の問題は生物として中途半端ということだろうな」

「中途半端、ですか?」

「ああ、長から聞いてはいないか? 一族の者は肉体と力半々によって構成されていると」


 王の言葉を引き取って、妃が続ける。


「それは数学的な言葉で言うなら、実数と虚数半々から成るということなのだよ。どちらの領域にも属しているということは、結局のところ、どちらの存在でもない。人間のように完全に実数化された存在と違って、毎日食事や睡眠を取る必要もないし、人間にはない力を振るうこともできるけれど、決して利点ばかりではなくてね、弊害もあるんだ」


 クレイはどうにも腑に落ちなかった。


 これまでリン達を見てきた限り、身体能力も知能も人間よりかなり高いようだ。


 その上不可思議な力まで使えるのだから、寧ろ生物として大変優れているように思うのだが。


「どこに不利な点があるのでしょうか?」

「我の知る限り、身体能力も知能も高く、我等のような力を兼ね備え、生殖能力も高い生物というものは存在しないぞ。どの生物にも得手不得手があるのは当然だが、一族の者のように全般的に欲がないというのは致命的だ」


 王の一言で、クレイはますます訳がわからなくなった。


「人の世では無欲は良いこととされているのですが、あなた方にとっては違うと?」

「発展のためには欲望もある程度は必要なものだろう。今でこそこうして衰えてはいるが、一族の者達は人間より肉体的にも精神的にも頑強で、大抵のことには対処できる。故に人間のように未知の物を恐れることはなく、それを解き明かそうとも思わない。建築技術や科学的知識といったものはほぼ昔から変わっていないのだ。知識欲がない程度ならまだいいが、そもそも肉体が半分しかないが故に、性欲も人間程強くないのでな」


 クレイは思わず顔を赤らめた。


 この手の話はどうも苦手だ。


 しかも大変艶っぽい女性の口からこういう単語が出ると、妙に生々しく聞こえて余計に困る。


 クレイがもじもじしていると、妃が呆れた口調で王に言った。


「そういうことを口にする時は、もっと奥床しい表現を心掛けた方がいいと思うよ」

「至って単純明快で、誤解の生じる余地がなくていいだろうが」


 王は妃にそう言ってから、再びクレイに言葉を向けた。


「ともかくだ、繁殖するための欲望がそれ程強くなかったとしても、人間と同等かそれ以上に容易く子供ができれば不足を補って余りあるだろうが、そういうこともない。加えて力を重んじる我々は、強者であれば男であろうと女であろうと上に立つものだからな、女の役割は子を産むことばかりではないという認識が共通のものとしてあり、また同性を愛する女もそう珍しくはない。多様な選択肢の中で敢えて妻となることを選び、子を産む者もそれなりにはいるが、子を為し難いこともあって、数を増やすどころか、維持することすら難しい有様なのだ」


 つまり、一族の現状は生物としての性質と社会の仕組みが複合的に合わさった結果生じたということらしい。


 なかなか根が深そうだった。


「お話はよくわかりました。ですが、生物的要因はともかく、王であるあなた方なら、社会的要因はある程度意図的に変えることも可能だったのではありませんか?」


 力を至上のものとする価値観を変えるのは無理だとしても、女性に出産を奨励することなら十分可能だっただろう。


 極めて個人的な問題なので反発を覚える者もいただろうが、一族を繁栄させるために必要なことなのだから、ある程度の理解は得られたかも知れない。

 

 クレイは問いを重ねた。


「敢えて何もなさらなかった、ということでしょうか?」

「そういうことだ。秩序を保った上で、誰もが望むように生きた結果が今のこの状況なら、それも仕方のないことだろう。一族の者には他の種族を圧倒できる程の力があったが、その反面種として脆弱だった。そして我等の庇護の下で安穏と日々を過ごす内、その力さえも失った。南方のこの温暖な気候も、力を失った一因だとは思うがな」

「何となく、わかるような気がします」


 南の人間は温暖な気候のおかげであまり食糧に困ることがないせいか、概してのんびりとした傾向にあるようだ。


 時間の感覚もおおらかだと聞くし、北の人間に比べると些か覇気に欠ける気がする。

 

 人間ではないにせよ、リン達も恐らく似たようなものなのだろう。


「……あなた方がリン達を守ってきたのは間違いだった、ということなのでしょうか?」


 クレイは何気なくそう言ってしまってからはっとしたが、もう遅い。


 ずっと二人に守られてきたリンの前で訊くようなことではなかったのに。

 

 リンの表情からは悲しみも怒りも読み取ることはできなかったが、珍しく硬い面持ちで、クレイは先程の言葉はやはり失言だったのだと思い知らされた。

 

 こんなことばかりだから、口を開くことが面倒になる。

 

 怖くなる。

 

 クレイが激しい自己嫌悪に陥っていると、妃は胸が温かくなるような優しい微笑みを浮かべて言った。


「平和であること自体は、決して悪いことではないと私達も思っているよ。寧ろ、これまで大きな犠牲を出さずに静かに暮らして来られたことはとても良いことだったと思っている。ただ、私達がいたことで安穏と日々を過ごすことが当たり前になり過ぎてしまったと言うか……何としてでも生きよう、目の前の敵を倒してでも生き延びようという強い意志が皆の中から失われてしまったのは事実だと思う。強い力は強い意志によってのみ発動し得るものだから、私達が皆を弱くしてしまった側面は否定できない」


 悲しい話だと、クレイは思った。


 絶対の平和が一族を衰退させてしまうとは、これ以上の皮肉はそうないに違いない。


 もしも王の守護がこれ程強固でなかったら、リン達にも戦わせていたら、リン達はもっと強い力を持っていられたのだろうか。


 そうかも知れない。


 だが、出さなくてもいい犠牲もかなり出ただろう。


 犠牲を出しても力を維持することと、今のように完璧な守護の元で力を失うことのどちらがいいのか、クレイにはよくわからなかったが、外敵に怯えることなくのびのびと暮らす人々は幸せそうだった。

 

 だからきっと、王達は何も間違ってはいないのだろう。


「あの、一族の今後についてはどうすべきとお考えですか? 豊富な知識をお持ちのあなた方なら、何が最善の道なのかおわかりになるのではありませんか?」


 もう何も言わずに口を閉じていた方がいいような気もしたが、クレイは敢えてそう尋ねた。


 王達が本当に膨大な知識を容易く得ることができるなら、未来すら知ることが可能ではないのか。


 もし不可能だとしたら、それはどうしてなのだろう。

 

 クレイが答えを待っていると、妃が少し自嘲気味に言った。


「私達は決して万能ではないよ。皆とは違う理の中に存在する者だから、過去を見ることならできる。現在のことも、それがどれ程遠くで起こっていることでもわかる。でもその程度だね」

「あなた方は神ではないのですか?」


 クレイの問いに答えたのは、王だった。


「我に関しては、そのように呼ばれることもあるな」

「陛下お一人だけ、ですか?」


 クレイの問いかけに答えたのは、王ではなく妃だった。


「人間に力を貸せば、破壊や殺傷にも使われたりするだろう? 私は争いは嫌いだから、人間には干渉しないことにしているのだよ」


 いかにも妃らしい理由にクレイが納得したところで、王が言う。


「かつて我が気紛れに人間に力の一部を貸し与えたことでいくつかの宗教が生まれ、聖職者達はその力でいくつもの奇跡を起こした。だが力を使うにはそれなりの修練が必要な上に、才能の有無によって使える者がある程度限られてくる。多くの宗教で高位聖職者達がその力と知識を独占したが、血筋や金に物を言わせた人間が幅を利かせて才能のある人間が上に行けなくなってくると、次第に力の継承が上手く行かなくなってな、力を使う者が減った。土地によっては魔の者だと迫害を受けて駆逐されたこともあって、今ではまともに力を使える人間はほとんどいなくなったな」


 まだ信じられない気持ちもあったが、クレイは王の言葉を真実として捉えることにした。


 力を使える聖職者が少なくなった理由については一応筋が通っているし、妃が「万能ではない」と言った時にそれを否定しなかったことからして、自分を実際より大きく見せようとしている訳でもなさそうだ。


 多分これまで話したことは、全て本当のことなのだろう。

 

 いくつもの宗教で『神』と呼ばれている存在が目の前にいるのだと思うと、何とも不思議な気持ちになったが、同時にこの『神』を少し哀れにも思った。


「人間に半分忘れられたようなこの状況を、何とかしたいとは思われないのですか?」

「特には思わぬな。我が人間達に力を与えたのは、只の暇潰しだ。人間である其方にとっては不愉快な話だろうが、我にとって人間というものは、玩具以下の取るに足りない存在に過ぎない。我の力によって恩恵を受けた者もいれば、破滅した者もいるが、人間が力に翻弄される様を眺めるのは多少の退屈凌ぎにはなるのでな。今となっては人間はかつて程我を必要としなくなったが、それも時の移り変わりというものだろう。世界の在り様を解き明かすという宗教の役割の一割は、今や科学の領分になりつつある。我の力を借り受けるにはそれなりの知識や修練が必要だが、科学が生み出した道具は仕組みがわからなくとも使用者を選ばず、誰でも同じように扱うことができるのだから、廃れていくのは必然ではないにしろ、蓋然ではあるだろう」


 玩具以下の存在と言われて、クレイは流石にいい気はしなかったが、『神』とも呼ばれる存在からしてみれば、確かに人間などその程度のちっぽけな存在にしか見えないだろうと思わざるを得なかった。


 一族の者を脅かそうとする存在ではあっても、あまりにも卑小な存在過ぎて敵視するに値しないに違いない。


 そうでなければ、気安く力を貸し与えるような真似はできないだろう。


 長であるリンからすれば、王が人間を手助けするような真似をしていることに対して、心中複雑なところはあるのかも知れないが。


 王は口に入れたケーキを飲み下してから、話を変えた。


「少々話が逸れたな。其方は恐らく『創造主』という意味合いで『神』という言葉を使ったのだろうが、宗教上の『神』という言葉が我を指しているだけで、我等にそのような力はない。万物を生み出すどころか、不死に近いが故に何も生み出すことができないのが我等なのだ。万能に最も近いという自負はあるが、決して万能ではない。よって未来を見ることはできないし、この事象に関しては不確定要素があまりに多過ぎて、演算も満足にできぬな。明日の天気のような、ごく限られた事象ならかなり高い精度で当てることはできるだろうが、それでも完璧に当てることは難しいだろう」


 つまるところ、少なくとも王は名実共に神だが、全知全能という訳ではないらしかった。


 こんなに凄い力を持った者達でさえどうにもできない、どうすればいいのかわからない問題に直面しなければならないリン達のことを思うと、暗澹たる気分になってくる。


 珍しく黙ったままのリンは、それこそ絶望的な気分だろう。


 きっともう知っていただろうが、何度も確認したいようなことでもない筈だ。

 

 やはり余計な質問だった。

 

 クレイが今日一番の後悔をしていると、王が冷たいとさえ言える口調で言った。


「我等が半永久的に存在し続ける者である以上、一族の者と同じ立場を共有することはできない。無論それぞれに個人的な見解はあるが、今後のことはあくまでも当事者である者達が決めるべきだろう。だからこそ、我等は自ら統治することなく、原則として全てを配下達自身の手に委ねているのだからな」

「心得ております」


 リンが神妙な顔で頷くと、妃が心配そうな瞳をリンに向けた。


「やはり、話し合いでもう一人の長と意見を纏めるのは無理そうかな?」

「残念ですが……」

「では、戦うしかないようだな」


 王がさも当然のように口にした言葉に、クレイは目を見開いた。


 「酷い」と言いたいのか、「やめさせてくれ」と言いたいのか、自分でもよくわからないままに唇が動いたが、言葉が出てくる前に王が教えてよこす。


「案ずるな。本気で殺し合いをする訳ではない。ただどちらがより強いのか、力を示させるだけだ。手傷を負う者は出るだろうが、力ある者にしか従わない一族の者達にとっては、最も単純かつ合理的な意思決定の手段でな、過去にも幾度か行われている」


 クレイはとりあえず納得した。


 荒っぽいが、力を重んじるリン達らしいと言えばらしいやり方ではある。


 だが本音を言えば、やめて欲しかった。

 

 誰かが傷つけ合ったり、争ったりするのは見ていて気持ちのいいものではない。


 それをやらなければならないのが、たった一人の友達なら尚更だ。


「私は、できればそういう乱暴なやり方はして欲しくないよ」


 控えめに異を唱えた妃に、クレイは少し嬉しくなった。


 やはりこの人は優しい人だと思っていると、妃が続ける。


「いくら本気の殺し合いではなくても、ごく親しい友人と戦わせるのは不憫だよ。何か、戦う以外で円満に解決できる方法はないかな?」

「では、籤でも引かせるか?」

「こんな時に冗談を言うものではないよ」


 クレイは少し驚いた。


 今のは冗談だったのか。


 王は表情が全く変わらないので、ふざけているのかそうでないのかわかり辛い。

 

 驚いたのはそればかりではなく、王達が政に関することに口出ししようとしていることについてもだった。

 

 自ら統治はしていないという話だったし、てっきりリンとスイランに全て任せきりにしているのかと思っていたが、口を出すべきと判断した時には、その限りではないのだろう。


 妃は軽く王を睨むと、少し考えてから言った。


「多数決はどうだろう?」

「悪くはないが、結局は皆が納得するかどうかだろう。一族の倣いは皆知っている。ここで平和的に一族の今後の方針を決定したところで、弱腰だと言われて軽んじられるのが落ちだと思うがな。どうせ数も少ないのだから、各自が支持する長と共に戦って勝敗を決めればいい」

「私もそう思います」


 リンが初めて見る硬い面持ちで続けた。


「私とスイラン、どちらが勝ったところで、不満に思う者はいるでしょう。それでも少しでも皆に納得してもらうためには、戦うのが一番だと思います。スイランと二人で長になった時から、いつかこんな日が来ることも覚悟していました。お気遣いは不要です」

「では戦うのは仕方がないとしても、長以外の者まで戦わせる必要はないよ。怪我人が無駄に増えるだけだ」


 妃の言う通りだとクレイは思った。


 殺し合いが目的でないとはいえ、死者が出ないとは言い切れない。

 

 だが王は考えを変えるつもりはないらしく、カップを傾けてから言った。


「戦いたくない者に無理強いするつもりはないが、戦いたい者は全員戦えばいいと思うがな。我が立ち会えば死者を出さないように計らうこともできるのだから、たまには趣向を変えるのもいいだろう」

「趣向って……余興か何かと勘違いしていない?」


 呆れを滲ませた声で問いかける妃に、王は唇の端をわずかに吊り上げて答えた。


「いいや、いい余興になればいいとは思っているがな」


 仮にも王の発言としてそれはどうなのだろうと、クレイはそう思わずにはいられなかった。


 王はリン達を長年守り続けてきたそうだが、その実リン達を玩具くらいにしか思っていないのではないだろうか。


 王が言うには人間は玩具以下ということなので、これでも人間よりは格上として扱っているのだろうが。

 

 クレイが言いようのない不安を覚えていると、妃が目を半眼にして王を見据えた。


「ふざけるのもいい加減にしないと怒るよ?」

「怒るのは其方の勝手だが、もう一人の長は乗り気だったではないか。一族の存亡に関わる事象なのだから、誰もが戦いに参加する権利はあるだろう」


 確かに一理ある気はするのだが、どうも素直に賛同できないなあとクレイが思っていると、妃がやはり納得できない様子で言った。


「お前が言うことも間違ってはいないと思うけれど、私にはとても最善の方法だとは思えないよ」

「其方の意見はよくわかったが、肝心なのは当事者の意向だろう」


 王はその涼やかな眼差しをリンに向けて、問いかけた。


「其方はどう思う?」


 リンは真っ向から王の視線を受け止めて、はっきりと答えた。


「皆の意見はほぼ半々に割れていますから、私とスイランだけで決めるより、皆にも一緒に戦ってもらいたいです。どの道最後まで残るのは、私とスイランでしょうが」

「本当に、それでいいんだね?」


 妃の問いに、リンは迷わず頷いた。


「はい」 

「……お前達が構わないなら、私がどうこう言うことではないね。お互いに悔やまずに済むようにやってみるといい」


 妃は少し残念そうにそう言った。クレイとしても残念だったが、リンとスイランが望んでいるなら、戦うのが一番いいのだろう。


 クレイがそう納得したところで、王はリンに言った。


「では、詳しい日時が決まり次第、触れを出せ。裁定は我等が務めよう。公の場に出るのは、あまり気が進まぬがな」

「畏まりました」


 リンは承知したものの、その眼差しが一瞬翳ったのをクレイは見逃さなかった。


 本心では戦いたくないのだろう。


 戦いをやめさせることはできないが、せめて何か力になりたい一心で、クレイは王に申し出る。


「あの、宜しければ僕にも戦いに参加する権利を頂けませんか?」


 王が面白がるようにその瞳を細めた。


「人間である其方が、人ならざる者達に混じってまともに戦えると思っているのか?」

「いえ、そこまで自信家ではありません。ただ、僕も将来リン達の一族に加わることになるかも知れない以上、全くの無関係という訳でもありませんから、できれば参加しておきたいと思いまして。先程のお話ですと、怪我はしても死ぬことはないということでしたし、駄目でしょうか?」


 クレイは辛うじて声を途切れさせることも震わせることもなく、最後までそう言い切った。


 命の保証がないのであれば、参加したいなどとはとても言い出せなかっただろうが、最低限死ぬ心配がないのなら、多少の無茶をしてみるのも悪くない。


 何の力も持たない人間の身でできることは限られているけれども。

 

 クレイが視線を逸らしたくなるのを堪えて王と見つめ合っていると、王はその美しい唇に笑みを乗せて言う。


「構わぬぞ。できることならば、この我を楽しませてもらいたいものだな」


 ほっと息を吐いたクレイが知らず体に入っていた力を抜くと、妃が刺を孕んだ声で王に言う。


「ちょっと、そんなことを気安く許しては駄目だろう。危ないよ」

「命さえ落とさなければ、怪我はいくらでも治癒できるのだから、問題はないだろう。王である以上、我の意向は其方のそれに優越する筈だが?」


 妃の反論を封じた王が勝ち誇った様子で静かにカップを傾けると、妃はどことなく拗ねたような面持ちになった。


「下らないことで権力を振りかざすのはやめてくれ。悪い癖だよ」

「其方が興を削ぐようなことを言うからだ」

「はいはい」


 妃は仕方がないと言わんばかりの口調で言うと、クレイに向き直った。


「気が変わったら、いつでもやめていいからね。決して無理をしてはいけないよ」


 そう言った妃は本当に気遣わしげな様子で、クレイは申し訳無さを感じたが、しかしそれでもやめる気にはなれないのだった。







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