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communio  作者: 佳景(かけい)
第1章
1/20

―1―

人に色が付いて見える共感覚については、物語の都合上、実際とは異なる書き方をしている部分もあります。

ご了承下さい。

 クレイは背嚢を背負い、まだ低い空に浮かぶ太陽が強い眼差しを投げ掛ける森の中を歩いていた。


 些か地味ではあるものの端正な顔立ちで、森よりも図書館にいるのが似合いそうな、理知的な印象の少年だ。


 この間の誕生日で十九になったばかりだが、年より少し大人びて見える。


 短く切り揃えた金の髪。


 蒼穹の瞳で辺りに視線を走らせ、額の汗を拭いながら、クレイは一人歩を進めていく。


 クレイの祖国であるベルファースは北方の国であるため、赤道付近にあるこの国の夏はかなり暑く感じられた。


 暑さばかりでなく、湿気も多い。


 まだ朝だと言うのに、噴き出す汗が止まらず、体中がじっとりと濡れて不快で堪らなかったが、慣れれば大して気にもならなくなるものだろうか。


 クレイは緑の匂いが濃く混じる熱い空気を吸いながら、人気のない森の奥へと向かう。


 この先に住まうと言われる、妖魔と呼ばれる種族に用があるのだ。


 彼等は不可思議な力を持っていると言われていて、この辺りの人間はその力を恐れ、遥か昔から没交渉を貫いてきたらしい。


 だがこの大陸でいち早く科学技術を発達させ、少しずつ版図を広げていたベルファースが後進国だったこの国を数百年前に植民地にした時、ベルファースの人間達は妖魔の存在を只の迷信だと思ったのだろう。


 妖魔達の領土を侵略しようとし、そして彼等の王の怒りを買った。


 たった一人の王が揮う圧倒的な力の前に軍は為す術もなく敗北し、ベルファースはそれからも幾度か侵攻を試みたものの悉く失敗して、妖魔達は今日まで独立を保ち続けている。


 送り込まれた兵を王が惨たらしく殺したことから、妖魔は野蛮な種族だと言われていたが、実際はどうなのだろう。


 長いこと人と接して来なかったため、妖魔のことはほとんどわかっていないのだ。


 確かなのは彼等が人間ではないということで、だからこそ希望もあった。


 早く話がしてみたい。


 そのために地道に働いて金を貯め、蒸気船や鉄道を乗り継いで、はるばるここまでやって来たのだ。


 一応近くには軍が常駐して妖魔の襲撃に備えていたが、最後の交戦から五十年以上経過しているとあって、哨戒はほとんど形ばかりのものに過ぎず、兵の目を盗んで進むのはそれ程難しいことではなかった。


 護身用のナイフを使わなければならないような危険な目に遭うこともなく、ここまでの道行きは極めて順調だ。


 クレイが足早に歩き続けていると、やがて高く聳える石造りの杭が隙間なく並ぶ場所に出る。


 杭はクレイの身長の倍の高さがあり、太さも両腕では抱え切れない程だ。


 その大きな杭の連なりが、クレイの行く手を阻んでいた。


 恐らく、これが妖魔の領土の境界線なのだろう。


 どこか通れそうな所はないかとクレイが石の杭に沿って視線を滑らせると、杭の上を駆けてくる一人の少女が目に入った。


 年は十六、七歳くらいだろう。


 青みがかった銀色の、硝子を鏤めたようにきららかな長い髪が緩やかに流れ、少女の顔を縁取っている。


 肌はこの辺りの人間と比べて白かったが、北の人間の透き通るようなそれとは少し違って黄味がかっていた。


 しなやかな線を描く眉。


 力を感じる程に強く真っ直ぐな眼差しの奥には青の双眸。


 丁度いい高さの鼻。


 引き締まった唇。


 袖口が大きく開いた貫頭衣の下にズボンに似た物を穿いているところからして、男物の衣服なのだろう。


 華美さとは無縁だが、飾り気のなさが反ってよく砥いだ刃めいた少女の美しさを際立たせているようだった。

 

 今まで見たこともない程美しい少女でも、色が付いて見えるのはこれまで見てきた人間達と少しも変わらない。

 

 少女の色は橙がかった赤だった。

 

 同じ人間が一人としていないように、同じ色を持つ人間も一人としていない。


 人間でない妖魔にも、それは当て嵌まるのかも知れなかった。


 少女はクレイの側に建つ石の杭を蹴ると、軽やかに草の上に着地する。


 クレイは少女に何と言葉を掛けるべきか少し悩んでから、ゆっくりと口を開いた。


「……ええと、こんにちは」

「こんにちは」


 挨拶に返答はあったものの、少女の言葉はクレイの知らないそれだった。


 だが何故かするりと頭の中に意味が入ってきて、クレイは思わず頭を押さえて狼狽える。


「ど、どうなってるんだ?」

「何、別に驚くことじゃない。お前の精神と私の精神を繋げて、概念を直接やり取りしてるんだ。本当はこうして口を動かす必要もないんだけど、精神で会話するのは私も慣れてないから」


 少女は何でもないことのようにそう言った。


 一体どうやって精神を繋げているのか、クレイには全く見当も付かない。


 だが実際言葉は通じているのだから少女の言葉は嘘ではないのだろう。


 異なる言語の話者同士でも問題なく会話できるのは便利だが、目の前の他人と繋がっているというのは何とはなしに気恥ずかしいし、必要以上の情報を読まれていないか不安でもあった。


 少し気味が悪いとも思う。

 

 だが概念を直接やり取りして会話できるというのは、言葉での会話と違って誤解なく意思の疎通ができるということなのだろうから、そういう力があることがひどく羨ましくもあった。


 口下手でなかなか思っていることを言葉にできない自分でも、この会話でなら言葉よりずっと上手く伝えたいことを伝えられるに違いない。


「申し遅れました。僕はクレイ=ハディストと言います。ベルファースという国から来ました。ここの責任者の方に会わせてもらえますか?」

「会ってどうするんだ? 目的は?」

「その……」


 言葉が喉の奥に引っ掛かって、クレイは口を噤んだ。


 思っていることを言葉にするのは苦手だ。


 だからよく黙り込んでしまう。


 どうでもいいようなことならまだ言えるのに、肝心なこと程上手く言えなかった。


 否定されたり、馬鹿にされたりすることが怖いから。

 

 だが、この一言を言うためにここまで来たのだ。


 言わなければならない。

 

 クレイは腹に力を込めると、少し早口になって言った。


「仲間として受け入れて欲しいんです!」






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