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人魚の檻  作者: 青杜 六九
2/5

人魚の檻 2

ロディス大学のある研究員の話

人魚についての聞き取り調査


2 人魚の衣食と言語について


私の部屋で、彼の服を脱がせました。上着は上等な品物のようでした。人魚は服を着ないものだと思っていましたが、それは昔の話なのでしょうか。中のシャツを脱がせようとした時、内ポケットに何かが入っているのに気づきました。服の中にあったので海を流されても落とさずに済んだのでしょう。繊細な彫刻が施された水色の大理石が白銀の土台にはめ込まれ、縁にぶら下がるように真珠が七個ついていました。端の一つは取れてしまったようで最初からありません。私は彼の身元に繋がる物だと考え、彼の意識が戻ったら渡そうと、机の引き出しにしまいました。――結局それは、しまいこんで忘れてしまったのですが。それから服を洗い、部屋の中に干しました。


火魔法でお湯を沸かし、布を浸して彼の身体を拭きます。本当は髪の毛も洗いたいところですが、寝たままではうまく洗えないので諦めました。他人の身体を拭くのに抵抗がないわけではありません。私も未婚女性ですから。でも、彼はまだ子供ですし、故郷にいる年の離れた弟と同じと考えました。


裸のまま私のベッドに寝かせて、全身に治癒魔法をかけます。私は風と水の他に、少しだけですが光魔法も扱うことができるのです。手足の擦り傷は治りました。顔は殴られたような痕がありましたが綺麗に消えました。傷が消えると一層彼の顔立ちがはっきり分かりました。閉じられた瞳の色以外は、です。着替えがないので私のシャツを着せて毛布をかけてやり、私は部屋の机で読書をすることにしました。彼がいつ目覚めてもいいように。


買ってきたばかりの物語を半分読み終えたところだったように思います。彼が目覚めたのは。苦しそうな声が聞こえ、私がベッドの方を振り返りますと、顔を顰めてゆっくりと目を開けました。先ほどまでの雨が止んで、部屋に一つだけの窓から光が差し込んでいましたから、眩しくて目を開けたのでしょうか。光に照らされた彼の瞳の色は緑色でした。いえ、青だったかもしれません。とにかく不思議な色だったのを覚えています。


私は彼に声をかけました。自己紹介をして、彼が置かれた状況を把握しやすいように話をしました。ここは海峡の孤島で、住人は私一人なこと。食べ物は十分にあるから心配は要らないこと。怪我も治っているので、港町へ帰ってもいいことなどです。


彼は黙って私の話に耳を傾けていました。私の口元をじっと見つめて、時々彼も口を動かしていました。言葉を復唱しているように見えます。一通りの話を終えて、私は彼の名前を尋ねましたが、彼は私の言葉が理解できていないようでした。尤も、私のアスタシフォン公用語も怪しいもので、時々故郷の訛りが出てしまいます。そうです。この肌の色を見てもお分かりでしょう。彼が人魚でなく人間だったとしても、出身が私の故郷から遠い州なら、私の言葉を理解できないこともあるでしょう。


言葉が通じないと分かり、身振り手振りで伝えようと考えました。まずは食事です。人魚は魚を食べるのだろうかと思い、魚料理を簡単に作り、ベッドの隣の小さなテーブルの上に並べます。食べ物は食べ物と知っているのか、私がどうぞと差し出すと彼は微笑んで何か言いました。何と言ったのか、実のところはっきりわかりませんでした。私は魔法以外の知識は自信がありません。


食事を終えたので、彼を入浴させることにしました。着替えは私の服を貸してあげました。彼の服は一組しかありませんでしたし、町に買いに行くこともできませんでした。少年の彼にスカートを穿かせるわけにはまいりませんので、上から被るローブを着せたのです。……下着は勿論貸していませんよ。


海水でべたべたしている髪を彼も気にしていたので、浴室に連れて行くと嬉しそうにしていました。人魚は本当に水が好きなのですね。その場にいるのが何となく躊躇われて、私は部屋に戻りました。水を浴びて彼が人魚に戻ったのかどうかは見ていません。洗髪を終えた彼を私のベッドで休ませます。私は研究所に戻り長椅子に横になりました。他に寝るところがなかったからです。


次の日は、私より彼の方が先に起きていました。部屋へ行くと、洗って乾かしておいた自分の服を着てベッドに座っていました。私を見ると、分からない言葉で何か話してきます。口調は静かではありましたが、自分の服を指して何かを訴えているように見えました。私は彼が何を言っているのか欠片も理解できません。言葉さえ通じればと私は悔やみました。食事をすれば機嫌を直すかと、朝食を作ってあげました。


彼が食べる様子を観察しておりますと、私が知っている町の子供たちとは違うと感じました。一つ一つの動作が洗練され、動きに無駄がありません。食べこぼしたりガツガツ食べたりしないのです。着ていた服といい、まるで王侯貴族の子供のようです。え?王族に会ったことがあるかですか?会ったことはありませんよ。貴族の子供の家出か何かなら、親御さんが心配して探すものでしょう。町でもそういう話は聞きませんでしたから、彼は家出少年ではなかったと思います。



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