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人魚の檻  作者: 青杜 六九
1/5

人魚の檻 1

ロディス大学のある研究員の話

人魚についての聞き取り調査


1 発見時の状況について


アスタシフォン王国南部の港町・ロディスから南へ船で向かったところに、私の住むウェム島はあります。島の東側は速い潮流で削られ切り立った崖になっており、波が穏やかで船が行き交う群島地域からは、私の住んでいる研究所は見えません。


私はこの島で、古代文明が残したと言われる魔術を研究しています。ロディスにある大学の研究所として看板を出してはいますが、研究員は私一人です。古代魔術を研究主題にしている者はそれなりにいるのに、皆この研究所に住みたいとは思わないのです。長いこと誰も住んでいなかった孤島の研究所に行きたいと私が希望した時、教授や他の学生は大いに驚きました。その理由は二つあります。一つは、この島の東側にある幾つかの小島が海賊の住処になっていること。女性の一人暮らしは危険だと言われました。二つ目は、潮流の問題で海を渡る手段がないことです。


幸い、私は転移魔法を得意としていましたので、島とロディスの間を簡単に行き来することができました。週に一度、必要な物を市場へ買いに行きます。ロディスは大学がある学生街です。魔法を学ぶ者も、一人暮らしの若い女性も多くいます。黒いローブ姿で歩いていても不審に思われません。

行きつけの店、と私が勝手に思っている食料品店に行くと、初老の女性店主が得意客を相手に噂話をしていました。今朝はやけに軍人が町を歩いていて、軍船の出入りも多いと。

「百年以上前のように戦争になったら、港町は火の海になるんじゃないか」

「軍人が出入りするのは、うちの宿屋が儲かるからいいけどねえ。でも、あんなおっかねえ顔してたんじゃ他の客が逃げちまうよ」

不穏な空気が漂っているようです。私は手早く買い物を済ませて、研究室に帰ることにしました。両手で抱えられる大きさの紙袋に詰めてもらい、人が通らない路地に入ると、周囲を確認してから転移魔法を発動させました。


転移先は研究室と棟続きになっている私室です。灰色のシーツでベッドメイクした粗末なベッドに、四段のたんす、小さな机が一つあるだけの殺風景な部屋です。机の上には書きかけの手紙が、もう半年以上放って置かれています。言葉を届けたい人は決まっていますが、風魔法に乗せる勇気が持てないでいました。

隣にある台所へ行き、買ってきた食べ物を棚に入れます。棚には水魔法による冷却効果があり、一週間は食べ物が腐りません。次に町へ行くまでには食べてしまうので、長いこともたせなくてもいいのです。私の住む研究所には、他にも快適に過ごせるよう魔道具がたくさんあります。一人暮らしでも不便はありませんし、住人がもう一人増えても何も問題はありませんでした。


島内には至るところに古代人が残した魔法の痕跡があります。現在我が国で使われている魔法とは術式も系統も違いますが、私はこの古代魔法が、アスタシフォン王国だけではなく付近の国々全ての魔法のルーツだと考えています。特に、島の中央にある遺跡には、多くの魔方陣が残されています。読み解けない魔方陣を相手に、何時間も森の中にいることもあります。一人だと気楽なもので、少し研究所への帰りが遅くなっても誰も心配しませんし、咎めもしません。ですからその日も、少し帰りが遅くなってしまったように思います。


途中まで古代文字を読み解いたところで、次第に辺りが暗くなって来ました。雨が降りそうな気配です。私は急いで海岸へ続く道を走りました。研究所へ戻るには、遺跡から海岸へ出て、起伏のない道を走るほうが楽だからです。島の西側には、少しだけ砂浜が広がっています。島には砂浜はここだけで、あとは全て高い崖なのです。これでは船を寄せにくいのも頷けます。


その狭い砂浜で、私は人魚に会いました。

いえ、正確には、人魚でなかったのかもしれません。後から考えますと。


彼は、ボロボロに擦れた紺色の上着を着て、仰向けに倒れていました。見た目は十代前半の子供で、肩の下まである金色の髪は海水で汚れていましたし、顔や手足にも傷がありました。私は死体が上がったのかと思い、恐ろしくもありましたが、同時に彼があまりに美しいので、瞬時に魅入られてしまいました。人魚は美しいと聞きますが、私が見たのは特に美しい部類に入るのではないでしょうか。どんな顔かと申しますと、以前王都の美術館で見た絵のようでした。大きな水瓶から光り輝く水を注ぐ天使か何かだったと思います。絵の題名は覚えていませんが。


近寄って顔を覗き込むと、鼻と口の辺りに手をかざしてみました。微かに息をしている気配がします。彼は生きていました。濡れた睫毛は長く、唇は艶やかで、顔色もそれほど悪くはありません。部屋で温まればすぐに目を覚ますのではないかと思われました。


このまま置いていくのは罪です。例え人魚でも怪我人は介抱しなければなりません。私は彼を担ごうとしましたが、服が濡れているのと私の体格が人より小さいので持ち上げることができませんでした。仕方がないのでその場に転移魔法の魔方陣を書くことにしました。行き先は私の部屋です。魔方陣の形は簡単に書けました。浮遊魔法で彼を持ち上げ、魔方陣の中央に下ろします。私もその隣に立って魔法を発動させました。


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