天狗の使い道
近年では、地球温暖化を防ぐために電気で走る車などが開発されている。
そして、三橋研究所の所長である三橋博士も地球温暖化を防ぐために様々な研究を行っている一人でした。
「確かに電気で走る車は、地球に優しい。だが、消費者のお財布事情を考慮すれば素晴らしい研究成果とは言えないのでは?」
三橋博士は、消費者の事を優先的に考慮して色々と悩みました。
「ん?これは確か・・・」
三橋博士が手に取ったのは、幼い頃夢中になって読んだ「妖怪大辞典」という一冊の本でした。
「そうか!その手があったか!」
三橋博士の脳裏に素晴らしいアイディアが浮かびました。
そのアイディアとは、車などの代わりに天狗を移動手段に使うというものでした。
そして三橋博士は、妖怪について長年研究している森嶋教授に連絡を取りました。
「もしもし、三橋研究所の三橋ですが、天狗について色々とお話を聞かせて頂きたいのですが・・・」
三橋博士は後日、都内の高級レストランで森嶋教授と会う約束をしました。
三橋博士がレストランに着いたのは、約束の時間の10分前でしたが、森嶋教授はすでに窓側の席に座っていました。
三橋博士は「どうも、教授!わざわざすいませんね!」と言いながら向かいの席に座りました。
「いえいえ、私も論文ばかり書いていたものですから一息入れたかったんですよ!」
そして、森嶋教授は「三橋博士はワインでよろしかったですかな?」と言いながら三橋博士のグラスにワインを注ぎました。
二人は、これまで行ってきた研究の事や、お互いの功績などを話しながら一通りの食事を終えました。
「いや~、まさか三橋博士から『天狗』という言葉が飛び出すなんて思ってもみませんでしたよ!」
森嶋教授は嬉しそうに言いました。
「私も幼い頃は、その手の事には目がなかったもんですからね!それはそうと教授、天狗は実際にいるんですよね?」
三橋博士は、さっそく本題に入りました。
「もちろんです!現在の日本にも30人以上の天狗が生息しています!」
「本当ですか?教授は、天狗がどこに生息しているのか知っているんですか?」
三橋博士は、前のめりになっていました。
「さすがの私も場所までは把握しておりません。ただ、天狗は少人数で生活しておりますので、おそらく全国各地に散らばっているのは確かです!」
天狗の居場所こそ聞けませんでしたが、天狗が実在しているという事が分かっただけでも、三橋博士にとっては大きな収穫でした。
「そうですか!今日は、色々と貴重なお話を聞かせてもらい、ありがとうございました!」
「いえいえ、しかし、どうして天狗の事など?」
森嶋教授は、ナプキンで口元を拭きながら言いました。
「それは、時期に分かりますよ!」
そう言うと三橋博士は、意味深な笑みを浮かべ店を後にしました。
研究所に帰った三橋博士は、研究に投資してくれている何人かの人物にコンタクトをとりました。
「研究の事で相談があるのですが・・・」
三橋博士は、天狗を使った新しい研究を開始する事や研究費用を増資してほしい事などを伝えました。
しかし、ほとんどの人たちは納得するどころか三橋博士を非難しました。
「三橋君、バカも休み休み言いたまえ!」
「今日限りで投資は止めさせて頂く!」
「天狗になっているのは、むしろ君の方ではないのか?」
企業の社長や、大学の学長らは博士に研究費用の打ち止めを宣告して帰っていきました。
「私の研究は、そんなに間違った事なのか?」
三橋博士が頭を抱えていると、一人の人物が博士の肩をポンッと叩きました。
「私は、あなたの研究に賛同しますよ!天狗を移動手段に使うなんて面白い発想じゃないですか!」
唯一、理解を示してくれたのはブラックマーケットを支配している闇組織のボスでした。
「私の研究に賛同してくれるんですか?」
「もちろんですよ!」
三橋博士は闇組織のボスと堅い握手を交わしました。
「ところで、ボス!もう一つ頼みたい事があるのですが・・・」
「なんですか?」
三橋博士は、恐る恐る言いました。
「できれば、組織の若い方々を少しの間だけ貸して頂けませんか?」
二人の間にしばらく沈黙が流れました。
「・・・いいでしょう!」
三橋博士はホッと胸をなでおろしました。
「ありがとうございます!では、明日の昼までにこの研究所に来るように伝えてください!」
次の日、闇組織の人たち10人ほどが三橋研究所を訪れました。
三橋博士は、研究所で働いている人々と闇組織の人々を1階にあるホールに集めました。
「実は皆さんにやって頂きたい事があります!」
ボス直々の命令という事もあって、闇組織の人々も真剣な顔で三橋博士の言葉に耳を傾けていました。
中には、メモの準備をしている人までいました。
「皆さんには、全国各地に生息している天狗を捕まえてきて欲しいのです!やり方は皆さんに任せます!一応、期限は今日から一週間とさせて頂きます!」
突然、天狗を捕まえてこいと言われ、集められた人々はポカーンとしていました。
「どうしたんです?早く行って下さい!」
三橋博士は、命令に従わない人々を見て多少イライラしていました。
「あの~、いきなり天狗を捕まえて来いって言われましても・・・」
一人の研究所職員がみんなの気持ちを代表して言いました。
「そうだぜ!せめて、どの辺りに生息してるかくらい教えてくれよ!」
メモをとっていた闇組織の人も苦言を呈しました。
二人の発言に賛同するかのごとく、三橋博士を除く全員が「その通りだ!」と言わんばかりに頷いていました。
完全にアウェイとなってしまった三橋博士は、大声で怒鳴りました。
「私が知る訳ないだろう!」
三橋博士は完全に怒りのピークを迎えてしまい、近くにある科学薬品などをバンバン投げ始めました。
「い、行きます!行きます!で、ですから薬品を投げないで下さい!」
助手の必死の説得により、なんとか博士は落ち着きました。
「では、頼みますよ!」
博士は雑巾で床を拭きながら、みんなを送り出しました。
研究所の外に出ると闇組織の1人が助手に声をかけました。
「お前らの所長、ウチのボスより危ねぇんじゃないか?」
「まぁ、科学者は変わり者が多いですからね・・・」
「そんな事より、天狗なんて本当に捕まえられるのか?」
「さぁ?どうでしょうね。でも捕まえないと薬品をかけられる可能性が・・・」
「・・・なんとしてでも天狗を捕獲しなければ!」
研究所の人たちも闇組織の人たちも、やる気満々で天狗狩りに繰り出しました。
そして一週間後、三橋研究所の第一研究室には日本に生息している約3分の2の天狗が集められました。
「皆さん、本当にお疲れ様でした!ここからは私と助手たちで詳しい検査などを行いますので・・・」
闇組織の人も研究所の職員も、なんとか薬品だけは逃れる事ができました。
闇組織の人はボスのもとへ、職員は自分の業務に戻るため、第一研究室を後にしました。
第一研究室には、博士と3人の助手、そして天狗たちだけが残されました。
博士は、少し高い所からオリに入れられている22匹の天狗を見下ろしました。
オリには入れられているものの、地球温暖化の危機を感じて自ら志願した者もいれば、傷だらけになって無理やり連れて来られた者と経緯は様々でした。
「とりあえず、オリから開放してあげて下さい!」
三橋博士の言葉を聞いた助手の1人がオリの鍵を開けました。
天狗たちは、これから何が行われるのか不安でしたが、オリの鍵が開けられたので、とりあえずオリから出てきました。
三橋博士は、不安でザワつく天狗たちに向かって「これから、私と優秀な助手2人の計3名で詳しい検査を行います!ですから、7人組の3グループに分かれて下さい!」と言いました。
しかし、ここで無理やり連れてこられた四国の天狗が大声で反論しました。
「人間ごときが我々に命令するなんて、おぞましいわ!」
反抗的な四国天狗を見下ろしながら、三橋博士はゾッとするような低いトーンで言いました。
「こちら側としても3で割り切れなかったところなので、むしろ助かりますよ!」
その言葉を聞いた四国天狗は、すぐに頭の中で計算を開始しました。
『22÷3=7余り1』
なんとか導き出した「余り1」という答えに四国天狗は背筋がゾクッとしました。
「ま、まさか・・・」
その瞬間、優秀とは無縁の助手がスゴイ勢いで四国天狗に飛び掛り、馬乗りになって何度も何度も殴りました。
そして、天狗ご自慢の長い鼻をライターでジワジワと焼いていくパフォーマンスまで披露しました。
間違いなく天狗史に残るであろう惨劇を見た他の天狗たちは、素早く7人組のグループを組み「怖いよ・・・」「妖怪だよ・・・」と脅えていました。
それと平行して、もれなく全員のヒザがガタガタ震えていました。
やっと四国天狗が息を引き取ったので、博士たちは天狗を次々と調べていきました。
調べていく内に、これまで謎だった天狗の生態が浮き彫りになっていきました。
まず博士を一番驚愕させたのは『天狗は寝ない』と言う事でした。
天狗は自然界と密接している為、天狗が寝てしまうと地震や豪雨、山火事などが起こってしまうのです。
「という事は、君たちは眠気知らずなのか?」
博士は、1匹の天狗に質問しました。
「い、いえ、多少はありますけど・・・すいません・・・」
天狗は完全にビビッていました。
「なかなか責任感があるようだな!顔が赤いのも寝てないからなのか?図星だろ?」
博士は、自分の憶測を天狗に押し付けていました。
「・・・はい」
もう、天狗は完全にYESマンになっていました。
その他に分かった事は『天狗は10kmを1分弱で飛ぶ事ができる』という事でした。
それに『リンゴ一つ食べれば一週間は飛び続ける事が可能』という嬉しいサプライズまで付いていました。
「これは、すごいぞ!天狗の能力は、私の想像以上だ!天狗を移動手段に使えば、空飛ぶ車を手に入れたも同然じゃないか!しかも、リンゴ一つで一週間も飛び続けるなんて、なんて低コストな奴らなんだ!」
博士は、人間を背中に乗せた天狗が空を飛び回る姿を想像しました。
「これは、すごい事になるぞ!ここにきてやっと、ノーベル賞が見えてきたな!」
そして、博士はさっそく天狗たちに「人間の為に働いてもらいたい!」と頼みました。
天狗たちは、先ほどの惨劇を目の当たりにしているので「はい!」としか言えませんでした。
天狗たちの返事を聞き、博士は「どうやら、私の研究は成功したも同然だな!」と有頂天になっていました。
しかし、ここで別のグループを調べていた助手が、慌てて博士のもとにやって来ました。
「は、博士!大変です!実は・・・」
博士は、助手の口からとんでもない事実を知らされました。
なんと、東北地方の天狗たちはポテトチップのコンソメ味ばかり食べており、栄養がかなり偏ってしまい、8年前から飛べなくなっている事が判明したのです。
「まさか飛べない天狗がいるなんて・・・」
博士は、先ほど研究の成功を確信しただけに、相当なショックを受けていました。
博士の落ち込み具合を見て、もう1人の優秀な助手も駆けつけてきました。
「一体どうしたんだ?」
「実は、私が調べていた天狗6匹の飛ぶ能力が欠落していたんです」
優秀な助手二人は、落ち込んでいる博士に声をかけました。
「博士、飛べない天狗なんて鼻の長い酔っ払いみたいなもんですよ!」
「博士、飛べない天狗は処分した方がよろしいのでは?」
博士は「2人の意見は最もなのだが・・・」と言いながら、飛べない天狗をどうするか考えました。
「ブラックマーケットに売るか?いやいや、飛べない天狗なんて用心棒にもならないしな!テレビ局に売りつけるか?いやいや、あれは放送禁止だろうからな!」
なかなか良いアイディアが浮かんでこない博士は、とりあえず飛べない天狗の所に行きました。
「君たち、本当に飛べないの?」
博士は、あの低いトーンで言いました。
その瞬間、東北天狗たちの脳裏に、あの惨劇シーンがフラッシュバックしました。
そして、1匹の東北天狗が慌てて喋り出しました。
「た、確かに飛ぶ能力は失ってしまいました。で、でも、その代わりに発達した能力があるんです!」
天狗の思わぬ発言に、博士は顔が少しほころびました。
「それは、東北天狗のオリジナル能力という事ですか?」
博士の質問に、7匹全員が「そうです!」と答えました。
「では、それはどんな能力なのですか?」
博士は、ワクワクしながら質問しました。
博士の期待するような目を確認した東北天狗は、自信満々に答えました。
「それは、足が速くなった事です!」
博士は、一瞬裏切られたような気持ちになりましたが、どの程度の速さなのかを聞いてからでも遅くないと判断しました。
「・・・どれくらいのタイムなんだ?」
東北天狗はニヤリとして答えました。
「なんと100メートルを10秒で!」
博士は一瞬「速いな!」と思いましたが、よくよく考えるとオリンピックレベルでした。
「微妙じゃねぇか!」
博士は、思いっきり東北天狗の頬を張りました。
「ひぃぃ~!す、すいません!」
ビンタされた東北天狗は、あまりの痛さに近くにあった鏡で顔を確認しましたが、もともと顔が赤いのでよく分かりませんでした。
しかし、この能力を生かすしかないと考えた博士は、東北天狗たちに向かって言いました。
「3ヶ月で5秒までタイムを縮めて下さい!」
東北天狗たちは「そんな~!」「無理だよ~!」とグズり出しました。
「では仕方ありませんね」
博士はポケットからライターを取り出しました。
それを見た東北天狗たちは「頑張ります!」「いや、頑張らせて下さい!」と口々に言いました。
そんな東北天狗を見ていた、他の天狗たちは「リンゴしか口にしなくてよかった~!」と胸を撫で下ろしていました。
また、優秀な助手2人はとんでもないムチャな要求をされた東北天狗が不憫に思えて仕方ありませんでした。
「いっその事、処分されたほうが良かったのでは・・・」
「それ以上、言うな!あれが彼らなりの結論なのさ」
2人は、何か熱いものが込み上げてくるのを感じました。
そして3ヶ月後、東北天狗たちは筋トレや高地トレーニングを繰り返し、なんとか5秒台までタイムを縮める事に成功しました。
しかし、1匹だけはどんなにトレーニングをしようと7秒台から脱出できませんでした。
東北天狗の管理を任されていた助手は「まずいぞ!時間がもうない!」と焦りました。
そして、助手はオリンピックでよく見る光景を思い出しました。
「苦肉の策だが、仕方あるまい!」
助手は、7秒台の天狗に筋肉増強剤を打ちました。
「は、博士!ついに東北天狗全員が5秒台に到達しました!」
助手は、急いで博士に報告しに行きました。
博士は、飲みかけのコーヒーを最後まできっちり飲み干してから、東北天狗たちを収容しているトレーニングルームに向かいました。
博士は久しぶりに東北天狗たちを見て、3ヶ月前と比べて少し体付きが変わっているような印象を受けました。
「どうやらきっちりトレーニングを積んだようですね!ん?君は特に頑張ったようだね!」
博士は、やけにテカテカしている1匹の天狗を見つけました。
「お見事です!君たちには、バイク天狗として人々を背中に乗せて走ってもらいます!」
博士は、東北天狗たちにバイクとして活躍するように命じました。
研究を開始してから1年、ついに天狗たちが移動手段として世の中に出る日がやってきました。
飛び回る天狗たちは博士の予想通り大好評でしたが、バイク天狗たちは交通ルールが分からず、電車やトラックにガンガンはねられていました。
初めて投稿します。読むコントを意識したギャグ小説を書いてみました。クスッと笑える小ネタと、テンポが良く簡単に読める作品を意識して書いてみました。よろしければ、ご感想等をお待ちしております。