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「んっんー・・・はぁ・・・。あれ?いつのまにか寝ちゃったんだ・・・夕方になってるし・・・」

 カーテンは、開いたままになっていた。部屋の中は薄暗く、少し赤くなっている。夕陽の「色」だけが入ってきたみたいだった。

 プルルルルル・・・・・・

「わっ、お母さんより先にとるっ・・・もしもし、高原ですけど・・・え?・・・なんで・・・電話してくるの?」

 綾香の表情が少し険しくなる。部屋は、段々と暗くなっていく。

 遠くから、妹の声がする。どうやら、母親が仕事で電話を使いたいらしい。いいタイミングだった。これ以上、声も聴きたくなかった。

「付き合ってたとき、一度も電話くれなかったくせに・・・。あっ、そうそう、うち、あんまり電話を使わせてもらえないから。別に用もないし。それじゃ・・・」

 綾香は電話を切ろうとする。

「え?明日の放課後?何で?・・・会いたくない・・・うん、・・・・・分かった。一回だけなら・・・うん。いつものトコ?・・・うん」

 そして、電話をそっと置いた。メモをとる必要もない。いつも会っていた、いつもの時間、いつもの場所。週一回だけの待ち合わせ。彼の空けられる時間。火曜日の5時から6時半―――。これで最後。すっきりと終わらせて、いつもの日々に戻る。目が醒める。それだけ。






 綾香は、時間通りに待ち合わせ場所に向かった。駅の近くの公園。彼の家から駅で一つ。自分の学校から駅で三つ。そんな場所。

 彼―――大野正哉と、高原綾香が知り合ったのは、高一の秋の頃だった。正哉は、私立の進学校の、特に、進学クラスに通っていた。幼稚園からずっと、一貫した教育を受けられるところで、正哉は、幼稚園からその学校に通う、エリートだった。文化祭で一目惚れした綾香は、その私立に高校から入った友達に頼み告白する。その後、二週間ほどしてから、条件付きで付き合い始めた。一つ、火曜日の夕方5時からしか会わない。しかも門限は7時。二つ、人前でべたべたしない。三つ、手紙のやり取りはしない。四つ、お互い電話はしない―――というもの。・・・それでも綾香は付き合った。たまにしか会えない、ということが、さらに綾香をして正哉に惚れさせる結果にもなった。

「・・・・・・やあ」

 そう行って、ほぼ時間通りに、青年はやってきた。名門私立の制服をしっかりと来て、手には学校指定のカバン。そして、自習用の勉強道具が入ったリュックを肩にかけている。背はそれほど高くないが、均整の取れた姿をしており、カッコウによっては女に見えないこともない。・・・そんな青年。

 綾香は、何も答えず青年の方を向いた。

「・・・怒ってる・・・よな」

 青年―――正哉はそう言ってうつむいた。

「そりゃそうだよな。日曜にたまたまあって、いきなりあんなこと言われたんじゃ、普通、怒るよな・・・」

「何で?」

「え?」

「何でまた会おうなんて言うの?」

 綾香は感情を押し殺したように言った。

「待て、聞いてくれっ!俺、あの時母親といたんだよ。それで君に離れてもらおうと思って、咄嗟に・・・別に本気で言ったわけじゃないんだっ」

「ちがうっ」

 そう言って、目に涙をためながらうつむいた。

「本気じゃないなんてっ、よく言えるよねっ!私、どんな気持ちになったか・・・どんな気分で・・・どれだけ泣いたと思って・・・。言えるわけないじゃないっ!本当に好きだったら、嘘でもそんなこと言えないよっ!!」

 そこまで言って、綾香は黙ってしまった。肩を震わせ、下を向きながら。・・・意地でも泣くまい、と、しゃがみこむまい、と、そうしているように見える。

 正哉は、そんな綾香をそっと抱きしめた。綾香はビクッとなって身体を縮めた。―拒否された。正哉はそう感じて身体を離した。

「・・・綾香。ここじゃ人が見るよ。奥の、いつもの所へいこう」

 正哉はそう言って、奥へ向かい歩き始めた。綾香は少しの間、動かずにいたけれど、意を決したように涙をふいて、歩き始めた。

 そこは、藪の中にぽっかりと開いた場所で、二人の秘密の場所だった。

 正哉は、カバン類を端の方に置き、自分も座っていた。

「座りなよ。・・・ゆっくり話をしよう?」

 そう言った正哉の目には、普段の優しさはなかった。






「綾香!綾香ちゃん!高原さん!ねぇちょっとぉ!」

 夜の町で大きな声が聞こえるのは珍しくない。ただ、少人数制をとる有名私立女子高の制服を来た少女―綾香がいるということは、とても珍しいことだった。あたりの人にジロジロ見られている女子高生、そんな目立つ存在と化した綾香を、旧知の知人が気付かないわけがない。

「ちょっとってば!綾香ぁ!」

 そう言って小走りで寄ってくるセミロングの少女―――中学のときの同級生である岸田由香里―――は、追いつくと、綾香の肩に手を置いて振り向かせた。

「ちょっとってば、気付きなよ~・・・え?」

 振り向いた少女の瞳はうつろで、また、少し髪形が乱れていた。

「・・・あ、ゆかり。どうしたの?」

 綾香は、まるで、今、初めて気付いた、という感じで、由香里に薄く笑いかけて、言った。

「ちょっ、どうしたの?じゃないわよ!何?何かあったわけ!?」

「・・・・・・んー、元彼に会ったの」

 綾香の表情は変わらない。けだるそうな、それでいて思いつめたようなそういう表情。

「何?裕也に何かされたわけ?」

 綾香、裕也、そして由香里は、中学の同級生であり、また、よく一緒にいるグループのメンバーだった。特に、綾香と由香里の仲は高校に入ってからも良いままで、ちょくちょく会っていた。

「んーん・・・正哉君のほう・・・」

「はぁ!?ベタ惚れだったじゃない!?別れちゃったワケ?」

 綾香は答えなかった。

「・・・大丈夫?」

 由香里は全てを察した様子で、言った。

「・・・今日、よりを戻そうとか言われて・・・」  呟くようにそういうと、また、綾香は黙ってしまった。

「綾香!今日、うち泊まりなっ。うん、そうしたほうがいいよっ」

 綾香は、顔を少し上げ、非難めいた瞳で由香里を見た。

「・・・家に帰んなきゃ・・・・・・」

「だめだよっ!泊まりなっねっ!決まり!」

「・・・何でよ?」

 それでも、綾香は泊まりに行く気になれなかった。家に帰るための最終バスの時間まで、もうわずかしかない。すぐに切り上げて、家に帰りたかった。シャワーを浴びて、何もかも忘れて眠りたい。

「会いたい人とかいないの?」

「・・・別に・・・」

「だめだって!こんなときに家にこもってちゃ!うちに来れば話とか聞いて上げれるし、夜間外出だってオッケ―だよ?自分から、会いたい人に会いにだって行けちゃうよ?」

「だから、誰にも会いたくな……・・・っ!」

「……綾香?どうしたの?」

「あっ・・・あのね由香里」

「ん?なあに?」

「泊めて・・・くれる?」

「オッケ!じゃ、さっそく行こっか!春になったっていっても、夜はちょっと外、寒いしねっ!」

 そういって由香里は笑った。






 外の雑踏が少し静かになってきた。この時間になると、アーケードより繁華街の方が騒がしくなっているのだろう。

 午後十時半。そろそろ片付けの準備だ。裕也は、そう思い立つと、レジ合わせを始めた。十日に一度ぐらいレジがあわないことがある。今日は多分大丈夫な日のはずだ。

 携帯の着信音が鳴る。

「ちっ、しまった」

 と、言ったとほぼ同時に店長の咳払いが聞こえた。

「ゲッ・・・っと。すいません、今、電源・・・」

 慌ててポケットに手を突っ込むと、店長が片手をあげてその行動を制した。

「え?」

 店長を見やる。

「あー・・・今日、もう上がっていいよ」

 思案したように店長はそう言った。勤務時間は閉店の十一時まで。―――まだ間がある。

「はぁ・・・何でですか?時間まで、まだ・・・」

「というかね、明日から来ないでも大丈夫だから」

 さっきと違い、店長は強い口調でそう言った。

「・・・・・・・・・あっ」

 ――――なるほど。

「はい、これ今日までの。三十分はおまけで入ってる」

 そう言って店長は給料袋を渡してきた。

「はぁ。どうも」

「悪いねえ・・・やっぱ不況かね。学生はやっぱ先に・・・ね、そうなっちゃうんだな」

 したり顔で言う。

「はぁ・・・じゃ、エプロンお返ししますね」

 そう言って裕也はエプロンを取った。

「うん、ごめんねぇ・・・このままそっと裏から帰ってくれていいから」

 言いながら、店長はエプロンを受け取るとゴミ箱に投げた。汚れていたとはいえ、随分な扱いだ。―――そういえば新しいエプロンがあった気がする。可愛い女の子でも入ったのかもしれない。

「それじゃ、どーもお疲れ様でした」

 裕也は荷物を持って外に出た。後ろから店長の心のこもらない「お疲れ様」が聞こえた。

 いざ外に出てみると、やけに悔しくなってくる。

「くそっ、どうせレジ合わせしないんだったら一万ぐらいパチッてくりゃ良かったぜ」

 そう言いながら、店に向かってつばを吐いた。

「・・・あっ・・・そういや、ケータイ鳴ってたっけな」

イライラしながら携帯を取り出す。着信履歴を見ようと、電源を入れる、と同時に着信音がなった。

「あん?またか・・同じ奴か?」

(岸田さんち?珍しい・・・)

「はい、・・・え?あれ?綾・・・香?なんで?」






 夜中の街、暗闇が等しく通りを包み込み、落ち着きと、静寂と、寂しさを振りまいている。そんななか、裕也のバイクがいつもより乱暴に道路の上をかけていく

 ――今から、会えないかなぁ・・・

 ――え?

 ――中央公園で待ってる。

 何度も『待ってる』の意味を考えながら、裕也はバイクを走らせた。

 何かあったんだろう。口調からすれば悪いことではないと思う。最近別れた彼氏とのことだろうか。それとも、俺と?ありえない。別れたばかりの元彼でさえ、俺と違って、顔もいいし、頭もいいらしい。じゃあ、なんだっていうんだ?夜遊びするタイプじゃないし・・・。岸田さんに何か吹き込まれたか?昔からよく色々なことを吹き込まれてたっけ・・・ああ、なんだってこんなに焦ってんだ?






「・・・ごめんね、急に」

 走ってきた裕也を見ながら綾香はそう言った。薄暗い電灯の上から満月の光が、公園を、そして綾香と裕也を浮かび上がらせていた。  ぼやけているような、それでいてはっきりと見える女の子は、もしかすると、知らない人かもしれない。と裕也はおもった。ずっと好きだった。付き合ってからも、別れてからも。だからずっと見ていた。・・・ハズだったのに。 「ごめんね」  綾香は、繰り返した。二人の間にある空気を柔らかくするような言葉だった。 「・・・どうしたの?・・・夜に外出するの、あんなに嫌がってたのに」

 息を整えながら裕也は冗談っぽく言った。

 小さく笑う。

「もう、中学生じゃないんだよ?夜遊びしたことだってあるんだから」

「はぁ?なんだよそれ自慢に・・・あっ!その元彼と・・・・・・って、あ、いや、何言ってんだろうな、オレ」

 一人で慌てる裕也に、優しく笑いかけて言った。

「・・・元彼はね?家が厳しいからって言って、一度も七時すぎに会ったことがなかったんだよ?・・・今日まで」

「えっ?今日・・・って?」

 綾香は、少し身体を傾けた。視線をずらす。

「んーっとね・・・フり返してやっちゃった」

 おどけたように言う。

 裕也は、その先を待った。にわかにはその意味が理解できない。

「それでね・・・何か彼に会ってからのこととか、二人で話したこととか・・・全部、彼にとっては意味なんてないんだって分かって・・・それに・・・彼は私の・・・正哉くんは・・・」

 そこまで言って、綾香は口をつぐんだ。

「いいよ、もう」

 裕也は優しく言った。

 綾香は意を決したように身を強張らせると精一杯の声を上げていった。

「裕也・・・・・・・くんっ!」

 裕也に向かって真っ直ぐに

「私と友達になってくださいっ!!」

 ・・・・・・・・・・・

「はぁ?」

「だからぁ~私と、ね、友達」

 もどかしそうに言う。

「いや、分かった。言ってることは分かった」

「それじゃあ」

「というかだな、そういうのってわざわざ夜の公園に呼び出して言うことなのか?」

 あきれながら言う。

 綾香は少し怒ったようなそぶりを見せた。

「言うことなの。一大決心なんだからね」

「くっ」

「え?」

「くっくっく・・・・・・あはは!!」

「ちょっと、何笑ってんのよ」

 裕也は、綾香を手で制し、笑いながら言った。

「分かった。俺は、ずっと友達でいてやるって。それでいいんだろ?」

 そう言って、また笑う。

「ちょっと、それいい加減っぽくない?」

 すねたように言う。

「いいや、マジだってマジ・・・・・・どう言えばいいかな・・・・・・よし」

 そこまで言って、裕也は姿勢を正した。真面目な顔をして、綾香に向かって。誓うように。

「今、このときより、私、樋口裕也は高原綾香の親しき友人として生きていくことをここに誓います」

 そして、ニコっと笑って付け足した。

「これでいい?」

 綾香も、笑顔を返す。少し暖かい空気。

「・・・そろそろ由香里のトコ戻らなきゃ。これ以上世話かけるのも、悪いしね」

 そう言って、少しつまらなそうに笑った。

「送りましょうか?お嬢様」

 おちゃらけて言う。

「えっ・・と、お願いしようかな。すぐそこだけどね」

「坂上ってすぐでしょ」

うん、とうなずく。二人は、ゆっくりと歩き出した。

「裕也?」

「うん?」

「わたし、恋愛なんてもうしたくない。だから、ずっと友達でいようね!」

「わかってるって。ずっと一緒にいてやるよ」

「何言ってんのよ、もうっ、よくそんな恥ずかしいこと言えるよねっ」

「自分で望んだんじゃん」

「そうだけど違うの!」

「はぁ?」

「だからぁ・・・」

 声が少しづつ遠ざかって行く。誰もいなくなった公園の中には、淡い光が渟ることなく 満ち満ちていた。


ざっと20年前に書いたやつ、、

読んでて恥ずかしくなるけど、、

今も大差ない、、、

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