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一階では、母が急いでおかゆを作っていた。基本的に高原家では、父は6時半、母は7時20分、綾 香は7時半、そして最後に妹が、8時に、それぞれ家を出て行く。いつものサイクル。

「ねぇ、裕香?裕香は学校、お父さんは工場行っちゃったし、私も仕事あるし・・・綾香一人で大丈夫 かしら」

 何だ、そんなことか・・・と妹は思った。

「・・・大丈夫じゃない?おなか減ったら自分で作るよ」

「そーねぇ…もう17になるんですものね」

「私、もうすぐ誕生日だよ」

「そうね、裕香も15になるのね・・・時が経つのは早いものだわ」

「お母さんっ時間!」

 裕香が、時計を見て突然大声を出した。7時20分・・・母が出る時間だ。

「あ、大変!裕香、あとよろしくね!あぁ、もう」

「早く、早く!」

 母親は、スーツの上着を慌てて着ると、鏡で髪形をチェックし、玄関に向かう。

「行ってきます、綾香のこと、お願いねっ」

 そういって、母は出て行った。車のエンジンをかける音、庭の砂利の上を通る音、そして、外へ出て 行く音・・・毎日変わらない、朝の風景。・・・上にいる姉をのぞいて、だが。

「・・・さて、おかゆをどーにかしなきゃねー」






「はぁーあ、顔、ちゃんと洗ったのになー」

 そう言って鏡を見る。

 綾香は、もう、余り悲しさとかを感じていなかった。むしろ、すっきりしたような、吹っ切れたよう な、そんなものを感じていた。

(・・・私も、結構、いい加減なのかも・・・)

「お姉ちゃん?入るよ?」

 と、言うや否や、片手におかゆの載った盆を持って、妹は入ってきた。

「キャア!」

 姉は、慌てて蒲団をかぶった。

「おかゆ、ここ置いてくよよー」

「裕香!ちょっと、いきなり入るのやめてよね!」

「別にお姉ちゃんの情けない顔なんて見慣れてるよ」

「ゆかぁ!」

 妹は、部屋から出て行こうとする。姉の部屋の入り口まで行って、ふと振り返った。

「・・・それじゃ、私、学校いくからね。・・・ちゃんと食べなよ」

「うん・・・ありがとね」

 その言葉を聞いて、少し笑っていった。

「変なお姉ちゃん。じゃ、行ってきます」

「は~い」

 そして、ドアが閉まった。

 綾香は、ゆっくりとベッドから降りると、おかゆのおいてある机へ向かった。立ったまま、スプーン で一すくい、口に入れてみる。

「あつっ・・・あっつ~い」

 綾香は、食べる手を止め、ベッドに伏せた。今、とても誰かに会いたい気分だった。






 昔、綾香が中学2年の頃、彼女は裕也と付き合っていた。

 二人は、学校でも、その行き帰りでも、少しでも一緒にいようとしていた。裕也は、毎日のように電 話をかけたし、交換日記もしていた。休日も、部活のある日は学校近くで、ない日は近くの公園で、二 日と間を開けず会っていた。熱を出しても行って、親どころか裕也にも怒られたことがあったり、雨の 日に会って、帰ってきてから熱を出す時もあった。また、母が二人の仲を反対していたため、長期休み 中、外に出してもらえないこともあった。・・・そんな時、必ず裕也は、綾香に会いに来た。

 綾香は、約束していたときに、親に止められていけなくなると、裕也にワンコールするのである。裕 也は、ケータイを当時、既に持っていたので、それでわかるわけだ。ただし、古い電話の場合、非通知 で着信するのだが。・・・そして、裕也は会いに来る。家の裏へ回って、二回までロープで上って、ベ ランダから、自分の部屋へ。






 綾香は、久しぶりにこんな気持ちになった、と思った。今まで付き合った男の子は二人。裕也と大野 正哉――私立の進学校へ通っている。両親とも教師で、真面目な感じの高校生――この二人は、全く対 照的だった。裕也は、ちょっとやそっとの悪いことは平気でするし、時々思いがけないことをして目が 離せなかった。正哉の方は、親の言うことをきちんと聞き、学校の決まりを守り、成績優秀で、たまに 会えれば、それだけで嬉しい、そんな感じだった。

 今、綾香は誰かにいて欲しかった。平日の朝方に、自分のために、会いに来て欲しかった。・・・無 い物を望む。こんなのは、久しぶりだったのだ。

「裕也・・・来てくれたり・・・しないよね・・・」

 そういいながらも、綾香は電話をとった。かけなれた番号。いつもの切るタイミング・・・自然と身 体が動いた。思いつくのは裕也だけだった。






 甲高い2STの音がこだまする。 普段から余り混まない道を、悠悠自適に一台のバイクが走ってき た。スポーツタイプ・・・学校には禁止されているタイプのバイク、ホンダ・NS-1。赤と白のツー トンカラー。ついでに、持ち主が丁寧に乗っているのと、CDIをつんでいる為か、50ccとしては すこぶる性能が良かった。

「は・はっくしょん!」

 裕也は、急ブレーキをかけて止まった。ヘルメットは、白のフルフェイス。そんな中でく しゃみをしたら・・すごいことになるわけで。あわてて、彼はヘルメットを脱いだ。

「うげっ、ヤバイことになってる」

 途方に暮れかけたその時、無駄にでかい音をさせたバイクがやってきた。ヤマハYB-1にスーパー トラップを付けたという、前代未聞のちぐはぐバイクだ。

 乗ってきた裕也と同じ制服を着た高校生は、すぐ横に止めるとヘルメットを取って言った。

「なぁ~にしてん?裕也」

「健一、ティッシュ」

 さも当然のように裕也は言った。

「はぁ?・・・あるけど・・・ホレ」

 裕也の求めに、健一は、あきれながらポケットからティッシュを取り出した。

「さぁ~んきゅ・・・うわっ拭いてみると予想以上に・・・」

「樋口さぁ~ん・・・くしゃみしたんすか?」

「どうやらそうらしいぜ。健一、もっとティッシュ」

「ホレッ、まったく、なぁ~にしてんだか。ガマンしろよそんくらい」

「いきなりだったんだよ、くっそ、だっりぃなぁ~・・・」

 裕也はふいたティッシュを土手に投げ捨てた。

「帰れば?風邪だろ?」

「そっだなー・・・んー・・・」

 その時、裕也のケータイが一回だけなって、切れた。

「あん?こんな朝っぱらからワン切りかぁ?なんて奴だ。非通知だったらマジギレすんぞ・・・って非 通知かよっ!」

「あはははは、たっち悪ぃ」

 そこで、はたっと裕也の動きが止まった。

(ん?非通知?)

「どしたん?」

「うむ、やっぱ帰る。学校って何番?」

「ちょっと待って・・・ホレ」

 健一はケータイを取り出すと学校の番号を出して裕也に見せる。

「02・・・あ、もしもし、三年三組二十四番の樋口ですけど・・・すいません、風邪を引いてしまっ たみたいなので、今日はお休みさせてもらいます。はい、はい・・・っと、二十四番です。はい・・・ 失礼します」

「おぉ、慣れたもんだな」

「慣れ・・・か?」

 フクザツな表情をしながら、裕也はポケットにケータイを戻した。

「あはは・・・で、ホントに帰るの?」

「いや、寄り道して、部活まで時間潰すよ」

「ふぅ~ん・・・あっこのCD返しといて」

 そういいながら健一はリュックから取り出した。

「延滞料は?」

「もっちろん!」

「あるのか!?」

「ねぇよ」

「んっだよ、それ・・・」

「んじゃ、よろしく~」

 健一はそういいながらヘルメットをかぶり、行ってしまった。

「ちっ、CD屋に寄らんとな」






 高原綾香の住む高原家は、二階建ての一戸建てである。周りには、都会では考えられないほど、広い 庭があり、駐車場は、屋根こそないものの、3台はゆうに止められるほど広い。それと、その家の裏手 には、小高い丘があり、丘には竹林が形作られているため、基本的に人の出入りは表からのみとなる。

 綾香の部屋は、高原家の二階の裏側にある。日当たりは余りよくないが、ベランダが付いていて、綾 香は、それなりに気に入っていた。

 綾香はそこにいた。

(裕也・・・学校だよね・・・約束してるわけじゃないし・・・っていうか、自分でふった男の子に頼 ろうっていうのが間違ってるんだよね・・・そもそも)

 綾香は、蒲団にもぐってもぞもぞ動きながら、一人でずっと考え事をしていた。

 コッ・・・小さい音がする。実は、もう5分前からしているのだが、綾香は蒲団にもぐっているため、気付かない。

「裕也・・・来ないかなあ・・・」

 綾香は一言そう声に出すと、起き上がって、カーテンをあけた。相変わらず、余り陽が差さないな・・・と思いながらベランダを開けると、顔の近くを何かが通った。

「え?」

「げっ!」

「え?!」

 ・・・・・・・・・・・

「裕也!?」 「よぅ・・・目ぇ真っ赤だぜ。綾香」

 裕也は内心ビビリながらそう言った。・・・小石を投げていたわけなのだが、余りに気付いてもらえなかったので(カン違いか・・・ちっ、これで最期だっ・・・)とか思って強めに投げた石だったので、当たったらちょっとシャレにならなかったかもしれない。

「え!?ウソッ、やだっ・・・あ、でもロープ・・・ちょっと待ってて!」

 高原家の父の職業は、材木業である。といっても、その工場で働いているわけだが。その関係からか、物置には、のこぎりやらカンナやらが置いてあり、そこにロープもある・・・そのロープは、今、綾香のベッドの下にある。―――三年前から、ずっと。

「落ち着けよ~」

 裕也がのんきに上を見上げていると、急にロープが投げられた。

 ドサッ!

「・・・・・・お返しですかい・・・・・・?」

 裕也は蒼くなりながら投げられたロープを見下ろした。

「あぁっ!ゴメン!重かったからすぐ投げちゃった!大丈夫!?」

 慌てる綾香を見ると、わざとではないようだ。・・・と裕也は思った。そんなことより、ああいう怖いことをやってしまうそそっかしいところは昔のままだった、というのが裕也には嬉しい。

「ったく・・・ちゃんと結んである?」

「うんっ多分!」

「多分かよっ・・・っしょっと・・・まぁ・・・大丈夫かな」

 裕也は力を入れると、軽くジャンプしてロープにつかまった。

「・・・くっ・・・久しぶりだと・・・」

「大丈夫~?」

「ま・か・せ・と・・・っ・・・よいしょっ!」

 掛け声とともに、彼は彼女のベランダに登りついた。

「えっと・・・その・・・お帰り?」

「ただいま・・・目が真っ赤だよ・・・いいの?」

「いいよ」

 そう言って彼女は彼に抱きついた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・んっ・・・ごめん、中入って」

 彼女は、その表情を隠すように部屋に入っていった。彼も彼女に導かれるようにはいっていった。






 しかし、その後が大変だった。二人とも、変に意識しすぎて、中々上手く話せなかったのだ。しかし、綾香は、それでも別にいいと思った。来てくれたことが嬉しかった。そして、段々と、打ち解け始め、和やかになっていくのに、3時間の時が必要とされた。

「・・・それにしても、部屋、変わんないね」

「え?変わったよぅ。ホラ、新しい棚とかあるし、ポスターとか貼ったし」

 でも・・・と言って裕也は少し笑っていった。

「綾香の匂いがする」

・・・・・・・・・・・

「ちょっ・・・何言ってんのぉ?」

「へ?」

 彼女は顔を真っ赤にしていった。

「そういう恥ずかしいこと言わないでよぉ」

 そこで、彼は自分の言った言葉を思い返したらしかった。顔を真っ赤にしながら話をそらそうとする。

「あっ、健一のCD返しに行くの忘れた」

 慌ててそう言って、カバンからCDを取り出す。

「健一?あ、瀬畑君?」

「そう・・・っと、コレだ」

「聴く?」

「お好きにどーぞ」

 そう言って彼はCDを渡した。

「じゃあ借りるね」

 気付いてみると、わけもなく、二人は、流れる曲に身を任せていた。・・・何分ぐらいになっただろう。アルバムの曲は4曲目に入った。スローテンポの恋の歌。

 綾香は、そっと裕也に寄り添った。

 身体は、自然に動いた。いつものように・・・いつかのように二人は、口づけをする―――。

 更に、二人は寄り添い続けた。時間を忘れ、全てを忘れ、今、このときだけが二人の間にある。そんな空間。無限に続くようなこの錯覚は、懐かしさとともに、二人に降り注いだ。

 さらに時間が過ぎていく。

「・・・・・・なぁ」

「ん?」

「・・・・・・オレ、そろそろ行くぜ?」

「え?なんで?」

 そういうと、意外そうに彼女は彼の方を見た。

「高原・父が帰ってくるじゃん。そろそろ」

「え?」

「高原さんトコの言ってる工場、何ヶ月も給料未払いだろ?仕事自体があんまりないから、いつもバラバラな時間に帰ってきてるって・・・」

「そうなの?・・・っていうか何で知ってんのぉ?」

「いや、うちの父が言ってた」

「そーいうのって、ウワサになっちゃうんだね・・・それにしても、そっか、だからお父さん最近いつも家にいるんだ」

 裕也は立ち上がった。

「ま、そろそろ三時過ぎだしな。・・・早いね、時間って」

 綾香は、何も言わず裕也を見ていた。

 裕也が帰ってすぐ、綾香は蒲団に寝そべった。すぐに眠気が漂ってくる。深く眠れそうだった。

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