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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

核爆弾転生

作者: 書きのネタ

 俺こと井伊室サトシは、今現在日本ではないどこかに居るようです。真っ白な空間の果ては無く、天井もなく、足がすくむので見たくないのだが地面もないようだ。日本ではないどこかとは言ったものの、地球のどこかですらないと思う。


 最後の記憶はいつだったか余りよく思い出せないものの、寒さが収まった晴れの日に食料を買い込むべく、一週間振りの外出をしたところまでは覚えている。だが、その先の記憶は玄関の鍵を掛けたかどうか不安になって数回道を行ったり来たりしたことぐらいしか思い出せない。


「ここは?」


 と、声が聞こえたのは気のせいでは無かったようだ。思案に耽っている間に、誰かが真向かいに現れたのだ。一目見て幼さが分かる長い髪の少女は、辺りをきょろきょろと見渡して、最後に足下を見て声を上げて驚いた。その後は、激しくじたばたしたりして見てなにやら面白そうである。俺は足がすくむので、絶対下は見ないが。


 少女は俺のことに気づいたらしく、口を開けて声をかけようとした。そのとき、また新たな来訪者が現れた。気づけば、俺の右側だ。おそらく、少女と俺の中間辺りの距離に居るらしい。白髪で、昔の幽霊が着ているような白装束を身にまとい、横になっている。


 少女に目を移すと唖然として口を開けている。このリアクションがおもしろい生き物は何なのだ、かわいらしいじゃないかと一人で思っておく。


「は、はて。……おや、身体がすこぶる楽じゃのう」


 以前は歩くのもままならなかったのだろう。枯れ枝のように細い両手両足を振り回し、立ち上がる様は若者のようだ。


「むむ、あんた方は……分かったぞ、あの世の門番さんじゃな。そっちの娘さんは天国の、そっちの若いのは地獄の門番じゃろう?」


 かか、と笑うじいさんは全く見当違いのことをいう。ボケはまだ直ってないんだな、ご愁傷様。


 というより、あのじいさんの姿を見る限り俺も死んでる? 俺はそのことを訊こうと口を開くと、今度は三人がひとまとめに現れた。めがねをかけた青年に、勝ち気そうな妙齢の女性、そして若くて俺とは正反対の生真面目そうな好青年だ。ああ言うのは一目見ただけで反吐が出そうだ。


 三人とも同じように辺りをきょろきょろしながら俺や少女、じいさんのことを見る。上を見て左右を見て、下を見て驚く。あの少女の二番煎じとあっては評価も下がる。特にリア充っぽいお前。


 そんな三人が口を開こうとするのを遮って聞こえてくるのは、ドスの利いた低い男の声だった。


「やぁみなさんご愁傷様で」


 やけに低音が身体に響く。声質に似合わない軽い口調に違和感が強い。


「えぇと、単刀直入に言うとあなたたちは本日お亡くなりになりました」


 軽い口調に応えるように、じいさんがかかと笑いながらそうじゃろな、と呟いた。なに!? 俺は死んだのか!? という気持ちが不思議と沸かず、妙に納得できるのは可笑しい。まぁ、禄でもない生き様を晒すくらいならちょうどよかったかもしれないな。


 ほかの人たちも俺と同じ心境なのか、声に対して突っかかる者は居なかった。


「それでですね、本来ならばもう一度地球に転生して貰いたいところなんですが、魂の定員が超過気味なのですよ。そこで、この地球の有る世界とは違う世界で新たな人生を送って貰おうと言うことになりました」


 なりました、って確定事項ですか、そうですか。俺たちに拒否権はないのですね、そうですね。


「は? なにそれ。意味分からんのだが」


 というのは妙齢の女性。独断と偏見でアラフォーとでも呼んでおこうか。確かにアラフォーの言うとおりだ。が、俺にはとても好都合だ。日本で生きていたって苦しいばかり。それどころか、これからの地球の情勢を見る限りどこへ行ってもよからぬことが起こるのは目に見えてる。そう考えれば地球じゃないどこかでやり直すのは良い話だ。


「つまり、地球とは異なった法則が支配する世界へ、一からやり直して貰おうということですね」


「それじゃ、パソコンもなにもないんじゃないですか?」


 と口を開いたのはメガネの青年。死んでもなおそのことを心配するか? と思ったが、確かに便利な道具を知ってしまったらそれが恋しくて溜まらなくなるだろう。見たところメガネもネットであんなことやこんなことしていたに違いない。


「心配しなくても、あなた達は一からやり直すのです。記憶もなにも有りません。……あ、例外を除いてですが」


 例外? と思わず口に出そうになったが、それを遮って声が告げる。


「早速ですが、転生順と役を決める札を配ります」


 すると、目の前に数字の書いてある札が表れた。裏返してみてもなにも書かれてはいない。


「この札の数字は転生する順番を表します。好きな番号を話し合って決めてくださいね。役割は転生順に決まっていきます。決まったら声をかけてくださいね」


「話し合えって、そんな無責任な!」


 と生真面目そうな青年が叫ぶ。しかし、返事は無かった。どうやら放任主義らしい。個人的にはあのリア充らしい野郎が無碍にされて少しばかり心地が良い。この状況に戸惑うのも分かるが、俺はどうにでも成れと思っているのでな。


 俺は目の前に有る札を手に取り、6という数字を確認する。今、6人がここに居る訳で、このままなら俺が一番最後に転生するってわけか。


「みなさん。カードを確認しました?」


 そう言うのはメガネを掛けた青年だ。


「ま、見たは見たけど。私はこのままで文句ないわ。譲る気もないし、後は勝手にやってね」


 いかにも、と納得できてしまう言い方だ。あれほど勝ち気で牽制してくるなんて、アラフォーは独身で決定だろ。でも、俺もその意見には賛成だ。グダグダと話し合うよりは、与えられた状態のままにしておくのが問題も少なくて楽だ。文句が言いたければ、最初に札を配ったあの声に言うがいい。


「俺もそれに賛成だな。話し合ってややこしいことになるのはごめんだ」


 俺に賛同してか、隣のじいさんがかかと笑いながらメガネを見る。


「若いの、これから仏さんのお力で新たな人生を送りだして貰うものの、不安に思う気持ちは分かる。より良い道が有るのでは、と思う気持ちじゃろう。しかしな、与えられた道というのは仏さんが選んだ道じゃ。苦難も享楽も有るじゃろうが、それはお前さんの為に選んでくださったありがたい道じゃ。それに沿って生きていくのが一番だと思うがの」


 言い終わってかかと笑うじいさん。俺的には話の内容はどうでも良い。というよりも、長い。良く喋るわこのじいさん。俺はこの説教にうんざりしたが、メガネとリア充には効いたようで、反論しようにも上手く返せる気がしないという顔をしている。これで少女を除いて話し合いをする気のある者は居なくなった。


「で? 君はどうする?」


 誰も口を開きたがらないようなので、僭越ながら俺が少女に尋ねる。あの可愛らしい生態の小動物は、数字だけが書かれた札を握りしめていた。返事は無くとも分かるというものだ。俺はうなずきもしない少女から目をそらして、札を見る。


「おー、丸く収まったようですね」


 やけに重い低い声は、身体の芯を揺さぶるようだ。勘違いして足下に不安を覚える。危うく下を見そうに成るも、何とかこらえて上を向いた。


「じゃー、早速最初の人から転生させていただきます。一番を引いたのはあなた! 日比谷マリちゃん」


 なんと、あの少女は一番の札を持っていたのか。そりゃ緊張する。


 少女は小さく返事をして、札に視線を落としている。


「あなたには村人の人生を与えます。平和な農村で慎ましく暮らす夫婦の間に生まれ、土地に根付いた生活を送るのです。初々しい夫婦の長女として生まれ、幾度の苦難は有るでしょうが小さな幸せを積み重ね、末永く生きていくことを祈ります」


 声の主も粋なことを言うものだ。少女はその言葉を聞きながら、不安と期待の入り交じったような複雑な顔をして天を仰いだ。不安で苦しそうな顔はもうない。


「では気をつけて!」


 その言葉に呼応した札が、瞬く間に光り輝き辺りを飲み込む。少女は消え去り、あと五人が残った。あんな少女の姿を見ては、とげとげしいアラフォーやナヨっとしたメガネの雰囲気も和らぐと言うもの。俺も自分の番には新しい人生に期待しているだろう。


「さてさて次は、メガネの似合うナイスガイ! 新藤ジロウさんです!」


 なるほど、メガネが少しそわそわしていると思ったら二番札を持っていたのか。あれを見せられたら期待してしまうと言うもの。無理はない。


「あなたには商人の役割を与えます。人間関係でギクシャクし始めた大商人の三男坊として生まれるあなたは、はじめ過酷な人生となるでしょう。でも大丈夫! 心を強く持って、信頼を地道に積み上げなさい。そうすればあなたの家は持ち直し、あなたは内外問わず大商人としての名を得られるでしょう! 新しい人生に幸あれ!」


 そしてまばゆい光がほとばしる。気づいたときにはメガネの姿はもう無かった。


 ……む、はじめの方の情報で何となくだがつらい人生を歩みそうだった。メガネも落胆したような顔をしていたが、最後の方には報われるのだろう。有無もいわさず転生させたことに疑問が残るが、俺には関係のないことだ。次にいこう次に。


「さーて、次はあなただ! 独身(46)の鍋島キョウコさん」


「そう言うのは余計でしょうが!」


 なんとアラフィフ界隈の方でしたか。これは失礼した。と思っていると、心を読まれたのかこちらにキッと鋭い視線を向ける。すかさず札へと視線を向ける俺の弱さも呪いたい。


「まぁまぁそうカリカリしないで。あなたの役割は王。あぁ、悲しくも乱世へと向けて動く世界の中、あなたは麗しい両親の元で生まれます。許嫁は隣国の美しき王子。あなたはこの世の幸せのすべてを享受しているように思うでしょう。けれども幸せの時間はほんの瞬く間。乱世で夫は命を落とし、あなたは女王となるでしょう。魔を統べる王は乱世を統べるべく争いの中で命を落とす定めなのです! さぁ! お行きなさい!」


「え? それって……」


 と言い掛けても早口で畳みかけた声の主は、すでにアラフィフを転生させた後だった。


 これは、何というか。最後の最後ですごい言葉が聞こえたような気がしたのだが気のせいだろうか。ふとリア充に視線を向けてみたら案の定目が合い反らす。……やっぱり聞き間違いじゃなかったか。


「ふむ、なるほどのう。戦乱の世は苦しいが、儂の新たな人生もその世であると言うのなら性のないことか」


 なにやら意味ありげな感嘆を吐くじいさん。あれほど笑顔が似合っていたのにどうした、と声をかけてやりたくなる。が。


「はいはい! さくっと次ぎいこう! 次は無名虎之助さんです!」


 次はじいさんの番か。じいさんは札を額にかざして目を瞑っている。何か覚悟を決めたような顔だ。


「あなたの役割は賢者! 惑う人たちを導くあなたは、戦乱の中で孤児として学者に拾われます。優秀に育ったあなたは力無きことを悔いますが、それでも残せる物をとあらゆる術を身につけるのです。その願いは晩年にこそ実ります。いつか、あなたの元を訪れる若人のために。あなたは乱世を治める要となるでしょう。それでは達者でレッツゴー!」


 輝きが瞬く間に、一度見えたじいさんの顔は戦を前にして獲物を見つけたかのような笑みを浮かべていた。その顔に背筋が凍る。あのじいさんは何者なんだ?


「ラスト二人だ気張って行くぞー! 次は好青年の榎本シュウヤくん!」


 次はリア充だ。いかにも真面目そうで優しそうで、頼りになりそうなオーラがぷんぷんしている。俺とは真逆の存在だ。流れから考えて、あいつは勇者にでも成りそうだな。


「お? 勘がいいねー。あなたの役割は勇者。乱世の末期に現れて、賢者とともに魔の王を打ち払うのです。何気ない村人夫婦の次男として生まれるあなたは大商人の伝をたどり、王の元で勇者となるでしょう。そして乱世を統べようと試みる魔の王を倒し、新たな平和を築くのです」


 リア充はその役割を訊いたとたん、いかにも真面目腐った顔をして一心に話を聞いているようだった。


「さぁ! 勇者よ魔王を打ち倒し平和を取り戻すのです!」


 リア充も転生して、この寂しい空間に一人になった俺は、声の主に訊いてみることにした。


「ちょっと質問いいか?」


「いいですよー」


「今までで、村人、商人、魔王、賢者、勇者って出てきたけど。俺の役が残って無いんじゃ? いやもしかしてリア充に救われる姫的なポジション?」


 いやーん、あんなイケメンに助けれたら惚れちまうわ。絶対お姫様だっことかされるわ。ヤバーイ、マジヤバーイ。


「いえ、あなたにはあなたにふさわしい役割がありますよ。これから少し説明させて貰いますけどね」


 なんだ、姫様には成れんのか。残念。


「では、6人目の転生者。井伊室サトシくんの役割は――


* * *


 乱世を極め、魔の女王が勇者と戦い、混沌とした世界で、賢者は新たなる魔法を生み出した。あらゆる根源を爆発力に変える新式の魔法は、不可視の毒をまき散らすものの、強大な魔王を打ち倒すのに必要だった。


「勇者よ……もう少し耐えるのじゃ。この魔法が完成せし時、すべての決着が付く」


 賢者が物陰に隠れ呪文を唱え始めるも、魔王との一騎打ちに苦戦する勇者は息も絶え絶えだった。


「どうした勇者よ。妾の力に恐れを成したか! 無理も無かろう。そのままじっとしておれ、すぐさまあの世に送ってやろうぞ!」


 麗しくも禍々しい魔の女王が勇者を一閃する斬撃。紙一重に勇者が受け流す。


「それはこっちの台詞だ! 故郷に残した両親の為! 友である商人の為! 恩師である賢者の為! 俺は負けるわけにはいかない!」


 大きく振りかぶった剣を振り下ろすも、その攻撃は当たらない。圧倒的な力量差に絶望を感じずには居られなかった。だが、それでもなお自分に言い聞かせて剣を振るわなければならなかった。賢者の魔法が完成するまで、持ちこたえなければ。


「いでよ! 根源の精霊よ!」


 賢者の呪文が完成し、光を生み出したとき、井伊室サトシは目を覚ました。


「――マジか」


 ふわふわと揺れる光の玉になった身体で宙を舞い、サトシは賢者の周りを飛ぶ。


 まさか、俺の転生がこんなことになるなんて。


「さぁ! 精霊よ! 魔王を滅ぼせ!」


 俺の身体は言われるがまま動き、勇者と対峙する魔王へと直進する。その動きに俺の意志は関係なかった。まさしく光の速さで移動する身体が、魔王にぶち当たり上空へと吹き飛ばす。十分に地面から離れたところで、俺は爆発した。衝撃と熱風に包まれ、魔王は文字通り蒸発した。


「終わったな……」


「あぁ、そうじゃの……」


 熱風とともに不可視の毒をまき散らし、魔王は息絶え、井伊室サトシは消滅した。生まれてわずか数秒のことであった。


 かくして世界は平和になり、勇者と賢者は泰平の世を目にすることなく息絶えることとなった。


fin

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