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ラクシエンタ

第2話 少年たちのタスクフォース 後編

作者: 小町

 ルクセント 高らかに

 迷いし我 見上げる

 偉大なる父よ 私が見えますか

 見えずとも 良いのです

 私を包摂する不滅の父よ

 我が帆は腐り落ちたのです


 ホームレス達が歌うその曲は、ジョーン・ルビーが使い古した単語を繋ぎ合わせただけのいわば何の意味もない羅列と化している。陽気だった彼らが、どこからか入手してきたビン入りのウィスキー片手に歌う悲痛な歌は、トレバーの気力を一枚一枚丁寧に削ぎ落としていくようだった。

 あれから、つまり『少佐』と会ってから二日目の今日。トレバーは112番マンホール、通称『アンロックの井戸』へ向かっているところだった。トレバーは針金と鋲で補修したブーツと、ルセアニア製懐中電灯しか持参していないにも関わらず、大層良いものを持ってきていると思わせる為に、背中にはナップザックを背負っていて、首には朝靄の中でも光り輝く同士メダルを吊っている。


 街はまるで一晩中冷凍庫に入れられていたように白く凍っている。道端に行き倒れた人間を積雪が埋葬し、時に雪は誰かの便所を綺麗に洗い流していた。

 ごみが放り投げられて一杯になったヘローダーク川を、雪が埋め立てている。そこに架かるウッドウッド橋を渡りきると、『ハイエネルギー工場』を誇るランダムント地区に着く。そのとりわけ治安の悪く、不潔感漂う小汚い街並みを見ると、トレバーは腹が減って仕方がなかった。空気中に舞う埃や、放り出された穴あき靴でさえ、胃の腑に落ちれば栄養に変換できる気さえした。トレバーはもうかれこれ七日は何も口にしていなかった。


 それというのも、だ。トレバーは空を見上げた。全ての原因は食えやしない雪が降るせいだった。これのせいで配給が滞っている。六日前から。そう、あろうことか六日も配給は来ていない! 表裏を繋ぐ渡り廊下であるドンウォン橋は現在、何かと理由をつけて封鎖されてしまっているのだ。

 そのせいで我々スラムの民はある筈のない食料を何とか絞り出そうと、ごみ溜めの中に手を突っ込んだり、油溜まりの中に舌を入れたりと、暗中模索しているところだ。トレバーはここ数日、霞しか口にしておらず、大変栄養が偏っているのではなかろうか。


 そう思うと、やはり『少佐』の意見は正確だったように思う。彼はこの、エンゲル係数が92パーセントを達した攻撃的なビオトープの中で、少々悲惨な経験を積んできたようだが、言い方を変えれば(彼にこれを言うと気分を害するかもしれないが)そのお陰で惑わされずに現実を直視できたのかもしれない。しいたげられてきた者にしか、下からの景色は見えないのだ。


 ランダムント地区の『ハイエネルギー工場』並びに『聖域』を越せば、目的地は目と鼻の先であった。だがその鼻の先に埃が溜まっている事は、このスラムではままあることだ。

 おい、その中身を見せてみろよ、といった風にトレバーのおはようからおやすみまでを掠奪せんとする卑劣漢の方々からナップザックを守りながら卑屈に歩けば、そこはもう112番マンホールだった。通称『アンロックの井戸』のその脇には黒い影が立っていて、なんだか黒くて物騒なので火星人かと一瞬勘違いしたが、よくよく見ればそれは『少佐』だった。


「同士トレバー。約束を守ってもらえて感謝します」

 彼は少しだけ頭を下げた。その両脇にはガードのようにアルコール香らせる少女と、側頭部に一発弾丸をぶち込まれたような顔(大変不細工な、という意味)をした少年が立っている。彼らが今回の出征に参加するルセアニア共同体メンバーであった。トレバーは彼らとそれぞれ抱擁を交わした。

「何か食料は調達できましたか?」

 一欠けらのパン屑すら持ち得ないトレバーは首を振った。同じですねと『少佐』が頷く。ルセアニア共同体にも食料の備蓄はなかったのだ。つまり、エンディナル農場までの片道は一切の補給を排した強行軍となる他ない。


「では、さっさと入りましょう。我々はもう30分は待っているのです」

 それは済まない事をしたとトレバーは思ったが、そもそもの話このスラムで時間を知る方法はないに等しかった。『少佐』は縁にナイフを差し込み、そのしなやかな脚で蹴ってマンホールをどかしてみせた。

「この穴の下に於いては、我々は人間の本来の形、つまり前時代的な姿へと立ち返らなければなりません。我々が本当の意味で生きていた、農耕社会よりもずっと前の姿へと」

 氷結した石畳にぽっかりと表れたその穴は、どこまでも暗く、そのまま深淵へと通じているように感じた。中には鉄製の棒を並べただけの梯子があって、それに足を掛けると『少佐』の姿はすぐに見えなくなった。


 手本を見せるために、少女はこうやるのよ、と言って懐中電灯を咥えて梯子をするすると降りていった。最後に残った少年は、下で待っているぞとトレバーの肩を抱いてから、同じように降りて行った。

 トレバーは十秒ほど、いやもっとかもしれないがそこで立ち竦んだ。トレバーは自身の意志薄弱さと臆病さについて十分に理解していた。このマンホールの下にはテムズ川のように長大な下水道が広がっていて、なおかつそこには、下水道に適応し、雑食である人間の本領を発揮した種族が住んでいるというのだ。

 近親交配と共食いを繰り返す自己完結的なその種族を、ルセアニア共同体は皮肉や玉葱やらを込めて『地底人』と呼んでいる。マンホール下という圧倒的にビタミンやタンパク質の枯渇した環境に於いて、彼らは食に対して無差別だった。前回の出征で1人。そしてルート開拓の際に3人が彼らの胃袋に収められたと以前『少佐』は語った。


 そのような悪鬼の巣窟に踏み込み、自分如きが五体満足に生還出来る保障などあるのか。精神的支柱である『少佐』が居るからといって、それは何かの傍証になるわけでもないのだ。

 自問した。そしてトレバーは意思を固め、懐中電灯を咥えると、梯子へと足を静かに下した。恐れるな。『少佐』の言葉が蘇る。我々はこの偉業を成し遂げた時初めて、恐れを知らぬ完全なソルジャーへと至れるのです。

 そうだ、恐れてはならない。恐怖など、畢竟意志の問題である。彼の決意は強固なものだった。飢餓感は、倫理観や正常な思考を完全に打ち壊し、今まで培ってきた経験則といったもの全てを無に帰す力がある。トレバーの思考は半ばダダイズム的な形状へと変質しつつあった。


 トレバーは一段、また一段と暗闇へと降りていく。それは恐るべき上位的存在の喉元を下るようだった。頸椎に足を掛けて闇が蠢いている胃の中へと降りていくようだった。喉の主の唾液に手が滑る。それが脂汗だともトレバーは気付かなかった。暫く行くと、足に冷たい感触が当たった。胃液か。トレバーは無意識的にそう思ったがそれは汚水だった。踝程までの高さに冷たい水が張っている。底に行き当たったのだ。


「ようこそ、マンホール下へ。同士トレバー」

 振り返ると、懐中電灯の頼りない明かりに浮かんだ三人の姿があった。既にここは地下45メートルの世界だったのだ。見渡すに道はずっと一本で、所々に狭い脇道が点在していた。そこはトンネルのような構造をしていた。道の左半分は深さ3メートル程の糞尿の川になっていて、踏み外さないようにと彼は言った。

 出発しましょう。長居は禁物なのです。共同体は頷きあった。彼らは、4条の光をあちこちに彷徨わせながらひたすらに歩いた。ブーツは水に対する何の防御力も示さずにあっという間に浸水して、常に足首までが凍り付いたようだし、下水道内は耐え難い臭いだった。


「ルートは把握しています、なので絶対に私から離れないようして頂きたい」

 トレバーの足元をドブネズミの大群が走りぬいた。その一匹一匹がトニー君に見える程度には、トレバーの空腹も極まっていた。天井には傘を吊るしたように蝙蝠が止まっており、今にも病気を吐いてきそうだった。

 ふと、トレバーは思う。我々のスラムにはトイレなんていう清潔さを守護してくれる代物はないというのに、何故下水道が通っているのか。まるでその思考を読んだように『少佐』が言った。

「この下水道は、表から来ているのです。汚いものを嫌う彼らは自らがした糞でさえ我々の元に流し込んでくる」

 生活の中で出るごみや、工場からの有害な廃棄物、化学薬品、廃液、実験動物の死骸。我々のスラムに病気が蔓延するのは我々の不徳に因るものではないのです同士よ。


 蝙蝠が暗闇の彼方へと羽ばたいていく。それはトレバー達を導いてくれているように感じられた。もう歩き初めてかなりの時間が経過した。彼らは一歩進む度に精神を消費していった。いつどこから『地底人』の口が伸びてくるか分かったものではなく、トレバーは悪食の餌食になるのだけは御免だった。

 少女が走り回るネズミを見て生唾を飲んだが、『少佐』があれには病気が詰まっているからと食べるのをやめさせた。誰も口には出さない。だが飢えは無視できぬほどに膨れ上がっていた。


 それから数時間した辺りから異変が起き始めた。精神的摩耗と飢餓感は彼らの善良な意識を打ち砕いていったのだ。『少佐』の口調から同士に対する敬意が失われ、皆に自棄的な言動が混じり始めた。少女はヒステリーになって規律を乱すことに専念し、あの温厚だった少年ですら、眼に卑しい光を灯し始めた。そしてトレバーにも、変化は訪れていた。

 その様をただ『少佐』は黙殺した。この下水道では、あらゆることに対して鈍感であることが求められた。

 疲労の蓄積した一同は脇道に座り込んで休憩を取ることにした。ここは飲める水がなく、希望は懐中電灯の一筋の明かりのみ。彼らはただ空洞を歩くことにさえ怯え、その上飢えていた。マンホールへ侵入してからのべ9時間。もう皆には限界が来はじめていたのだ。


 あとどれくらいなんだ。そうトレバーは聞いた。

 それくらい、分かるでしょう? あなた。二日よ。少女が答える。

 なんだって? トレバーが言った。

 そう、二日だよ同士。君は後一時間だとでも言うのか。少年が言う。

 馬鹿げてる、なんて馬鹿げたことだ! トレバーは思わず何もかもをぶちまけてしまうところだった。もうトレバーは長い道のりを歩んできたつもりだったのにも関わらず、これが後二日も繰り返されるというのか。食い物もなく水もなく後二日この地雷原を歩き通せと言うのか。とても正気とは思えない。今にもトレバーはどうにかなりそうだった。


「出発しよう。座っていても良いことなど無いのが今分かった」

 立ち上がったレイシンウェンの姿は衰弱した胎児のようだった。彼は弱々しく歩き始めた。皆は黙り込んで、それに付き従った。トレバーが、彼のそんな脆弱な一面の表出した姿を見たのは後にも先にもこのたった一度きりのことだった。

 彼らはまた横たわる闇の中を歩き始めた。この迂闊に眠ることも不可能な環境下をさらに数時間ほど歩いた時だった。肩をたたかれた。そしてトレバーは振り向き様に、背筋が凍り付いた。自分は最後尾を歩いているのだ。


 振り返った先、咥えた懐中電灯の明かりに浮かび上がったのは、塵埃に塗れた人間の顔だった。トレバーは驚愕し、低い悲鳴を上げた。トレバーの真後ろにいて、そして共に歩いているその不完全な人間は、奇形だった。それは正しくホラーだった。

 人間に成り損なったそのおぞましい姿に、トレバーは二秒とて面と向かえなかった。奴は、『地底人』はすぐ後ろにいたのだ、どこからかずっと。トレバーは硬直した。


 あらゆる事に囚われて動けなかった。いっいっ、とトレバーは喉元が詰まって吐きそうになった。振り上げられた萎びたような腕が目に入る。垢や体毛によって黒く変色して見えるそれには、人骨のような指が四本しかなかった。薬指は食い千切られていたのだ。奴の僅かに開いた口から洩れた吐息が鼻にかかる。便器に顔を突っ込んだような匂いがした。

 持ち上げられた汚ならしい腕が、真っ直ぐ落ちてくる。着地点はトレバーの左頬だった。顎が横ずれ断層のように歪んで、歯茎が吹き飛んだかと思った。

 体を浮かせてトレバーは真後ろに倒れ込んだ。頭をしたたかに打ち付けて、背中には冷え切った糞尿の感触がある。遅れて激痛がやってきた。それはもう立ち上がれないほどの痛みだ。


 しー、と『地底人』は歯を吸った。トレバーは意気阻喪した。這って逃げる気力もなかった。今彼に出来たことと言えば、これ以上相手に殴る理由を与えないように、何もかもを放棄して自発的に這いつくばることだけだった。

 奴に片足をつかまれる。脛が軋んだ。万力に挟まれたのかと思うほどに異常な握力だった。懐中電灯を取り落とし、闇の中を引き摺られていく。トレバーは涙を零した。怖くて堪らなかった。


 後方から、トレバーを呼ぶ『少佐』の声がする。だがトレバーは何も答えなかった。いや、声すら出せなかったのだ。それに、今助けを乞えば彼等をも連座させるかもしれない。言い方を変えれば、トレバーはデコイとなる勇気ある決断をしたのだ。

 段々とルセアニア共同体の悲痛な声が遠ざかっていく。光を失ったトレバーにとって、もはや自分がどこへ引き摺られて行くのか知る術はなかった。自分の未来を予見するとしたら、きっとシシケバブにでもなっていることだろう。


 どこまでも続く灰色のパイプだけが視界を流れていく。それを虚ろな表情で見上げていると、漸く体は止まった。体感時間にして、10分ほど引き摺られていたように思う。『地底人』はしーと歯を吸った。

 奴の目的地に到着したのだろうか。

 トレバーは頭部を掴まれて、ぐいと上体を起こされた。その態勢のまま、壁を走る配管へと背中を押し付けられる。『地底人』はトレバーの両手を背中へ回すとぼろぼろのロープで配管へと括り付けた。そして『地底人』は一度トレバーを打擲すると、そのままどこかへ去って行った。


 トレバーは暗闇の中で、来る自らの死を目撃し、絶望し、そして涙した。トレバーの足元には、曲がった同士メダルが落ちていたのだ。それは何よりもトレバーの未来を暗示していた。トレバーは肉袋で、いわば保存食だった。生きている限り腐らない冷凍の不必要なタンパク源なのである。


 暗闇は静けさを伴ってそこにある。トレバーはいつかは肺癌で死ぬと思っていた。なのに、結末がこんなだとは誰が予期できた? 誰かに食料と見做される恐怖が貴様に分かるか。トレバーは闇に問いかけた。奴はきっと暗闇の中で包丁を研ぎ、香草を用意し、コンロに火をかけたに違いない。やめてくれ。闇が此方を覗いている。闇が僕を覗いている。みんなが僕を覗いている。

 トレバーのイデオロギーは崩壊しかかった。

 その時背骨が蠢いた。いや、動いたのは背骨ではなく、背負ったナップザックの中身だった。ジッパーがするすると独りでに開いていくのが肩越しに分かった。そして背後で、すんすんと何かを嗅ぎ分けようとする気配があった。その何かは今の現状を自分なりに理解しようと努めているようだった。


 そしてそれは背中を駆け上がり、肩に乗り、首を噛み、トレバーのお腹に落っこちてきた。トレバーは神に感謝した。それはトニー君だったのだ。トニー君は何やらきーきーと鳴き喚き、その潰れた鼻をトレバーに押し付けた。

 そしてトレバーの腹部から飛び降りると、床を転がり、トレバーの周囲をぐるぐるした。そして何やた思い至ったように歩き出し、配管まで辿り着くと器用にピンク色をした手で登り始めた。そうしてロープの結び目まで来るとトニー君はそれに齧りつく。がじがじと暫くする内に元より古びていたロープは簡単に千切れてしまった。彼は今アルジャーノンを凌駕した。


 トレバーは自由になった手でトニー君を抱きしめた。今はこの陰惨な顔つきのドブネズミが愛らしくて仕方がなく、キスせずにはいられなかった。トニー君はトレバーの手の檻から抜け出すと華麗に着地し、トレバーを見上げた。その白目のない瞳には、勝利への不退転の決意が見えた気がした。


 この下水道は、トニー君にとっては遥かなる故郷であり、最も適した環境であるといえた。トニー君は暗闇の中をうろうろとし、やがて何かを感じ取ったようだった。トニー君は歩き出す。この頃になると、もうトレバーも闇に眼が慣れ始めていた。


 トニー君を追って辿り着いたのは一つの鉄製のドアだった。代わりにトレバーがそれを開けるとそこへトニー君が飛び込んでいった。追って中へ入ったトレバーは、その猟奇的世界のなかで悚然とした。紛れもなく、そこは彼らの家だったのだ。ハエの集る調理場には幾つもの人間の腕や耳が転がり、ずたずたになったドブネズミが壁に吊るされている。

 安楽椅子に座った『地底人』が此方に顔を向けて揺れていた。椅子の足元には生まれ損なった赤子が転がっている。トレバーは死したようにその場を動けなかった。逃走に気付いた『地底人』が立ち上がる。トレバーは震えあがった。


 きー、と声がした。見ればトニー君が奴の素足へと噛みついていた。『地底人』は唸りながら当ても見境もなく足を振り回したが、どれもトニー君には命中しなかった。代わりに足元にいた赤子が潰れて、黒っぽい体液を弾けさせた。

 トニー君はまた駆け出していく。今度はトレバーの足も動いた。『地底人』を振り切って、トレバーはただトニー君だけを見て走った。今信じられるのはこの世に於いて彼だけだった。

 臭い立つ長大なテムズ川を走っているうちに、一匹、また一匹とドブネズミがどこからか現れてトニー君に並走した。何時の間にかトレバーの震えは止まっていた。なんてったって、彼の周りには数十匹のネズミが彼をまるで守護するように隊列を組んで走っていたのだ。ネズミ達は光る眼で闇夜を切り裂いて、立ちはだかるもの全てをきーきー声で薙ぎ払った。あるのは勝利の喜びと敵を踏みにじる感触のみとなる。もうトレバーに恐れはなかった。


 ふと気付くと、トレバーの周りからネズミ達はいなくなっていた。いるのはちょこんとお座りするトニー君だけだった。トニー君は、潰れた鼻を明後日の方向へ向けてきーきーと鳴いた。その方向へ眼を向ければ、なんと『少佐』達の姿があった。トレバーはまたしてもトニー君を抱き締めた。

 彼らは天へと伸びた梯子の下で蹲っていた。トレバーに気付くと彼らは立ち上がって駆け寄ってくる。同士トレバー! 皆が叫んだ。涙が込み上げてくる。そして始めと同じように彼らと抱擁を交わし、互いの生存を喜び合った。


 トレバーが曲がった同士メダルを取り出すと、『少佐』は感極まったように上を向いてから、言った。貴方は我々の英雄です、同士トレバー。我々は112番マンホールを征服したのです。その声色にはどこまでも深い尊敬と、トレバーに対する愛すら感じられた。


「さあ早く。この梯子が、エンディナルへと通じているのです」

 急かすように『少佐』が言った。トレバーは頷いて梯子を上った。マンホールを押し開けて、外界へ這い出るとそこは陽光に包まれていた。気持ちの良い風が頬を撫でていく。トレバーは茫然と立ち尽くした。肩の上できーきーと声がする。

 後ろから『少佐』達が姿を現した。トレバーと肩を並べて、彼は互いを認め合うように言った。

「我々は偉大な政府となる一歩を踏み出しました。冷静に言えば、我々は勝利したのです」

 彼は冷静ではなかった。そしてトレバーも。

 トレバーの目の前には既に、青々とした農場が広がっていたのだから。






後半大分駆け足気味ですね。もし次回があれば『あなたが好きです』か『未知との遭遇』です。前者はトレバーに春が来て、後者は火星人と出会います。読んで頂き有難うございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 洒脱な言い回しが、読んでいて楽しいです。 [一言] トニー君。顔は陰惨でも、窮地を救うなんて、本当天才以上です。 この世界の物語が、また読めますように。
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