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2015年/短編まとめ

痛い痛い、と言えなくて

作者: 文崎 美生

チクッ、最初はそんな痛みだった。

本当に一瞬のことで、すぐに消えたそれ。

昨日飲んだ牛乳が悪かったのかな?なんて首を傾げて、それ以降は思い出さなかった。


でも、その痛みは知らない間に彼女の中に根付いていて、ゆっくりゆっくり広がっていた。

深く深く根付いた痛みは、時折顔を出しては彼女を苦しめる。

その都度、彼女は首を傾げたが、大したことはないと放っていた。


ある時、深くまで広がりに広がったそれは、ふと顔を出して彼女を襲った。

夜中に目が覚めた彼女は、胸を押さえて上下の歯と歯をカチカチと鳴らす。


「痛い、何で」


チクチクズキズキ、胸が痛む。

キリキリギュウギュウ、胃が痛む。

胸が痛いと呼吸がしにくい。

胃が痛いと胃液が逆流し始める。


深夜のベッドの中、彼女はキツく目を閉じた。

知らない間に彼女の中に居座った痛みは、まるで姿の見えない化物のように彼女に襲い掛かる。

ゆっくりと嫐るように、その痛みは日に日に大きくなっていく。


それが続いたある日、彼女は昼間からうつらうつらと船を漕いでいた。

いつもは綺麗に結えられているはずの髪も、今日は解かれている。


「フロル」


彼女の呼ぶ声に、彼女の重い瞼が持ち上がる。

ぼんやりとした目で、自分を呼んだ人物へと視線を向けた彼女は、その少女の名前を呟いた。

長い髪を揺らしながら、目の前の少女は眉を下げる。


「フロル、顔色、悪いよ?」


大丈夫?と彼女を気遣う言葉。

それに彼女は、笑みを返す。

いつも通りの笑みを作り、言葉を返そうとするが、少女の眉は下がる一方だ。


「ジャクター、呼んで来ようか?」


彼女の相棒である少年の名前が出され、ハッとしたように目を見開く彼女。

それから、身を翻そうとした少女の手を掴む。

酷く動揺している彼女の手は、じっとりと汗ばんでいた。


待って、大丈夫、大丈夫だから、と同じような言葉を繰り返す彼女に、少女はますます眉を下げる。

誰から見ても、今の彼女は大丈夫じゃないのだ。

冷や汗を浮かべながら、血の気の悪い顔をしている彼女は、いつもの彼女ではない。


「……何してんの?」


二人が顔を上げる。

振り向いた先には、褐色肌の少年が立っていて、こちらを見ていた。

彼女は慌てて少女の手を離し、その場から立ち去ろうとする。


ジャクター、と少女が呟くのとほぼ同時に、彼女が走り出し、少年も走り出す。

二人分の風を感じた少女が目を丸めてから、ゆっくりと息を吐き出した。




***




「はい、捕まえた」


少年が深い溜息混じりに呟くと、彼女は掴まれた腕を振り解こうともがく。

結えられていない髪が大きく揺れる。

嫌々、と抵抗する彼女に、少年は困ったように笑いながら包み込む。


「痛いの?」


少年の言葉に、彼女の動きが止まる。

暫くの沈黙を挟み、少年が再度同じことを問えば、ゆっくりと頷く彼女。

小さく震える体に、少年は眉を寄せた。


震える体から時折聞こえる、息の詰まる音。

服にじんわりと染み込む水分を感じながら、少年は包み込んだ彼女の体を撫でる。

小刻みに震える背中を擦り、ぽんぽんと優しく頭を撫でた。


嗚咽混じりの泣き声が聞こえた時、彼女の中の痛みはゆっくりと奥底へと消えていく。

忘れた頃に顔を出すそれに、彼女は気付かない。

少年はそんな彼女を繋ぎ止めるように抱き締めて、その痛みを消す方法を探し続ける。

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