第96話 第四の滅魔
覇王城の大広間に帰還した僕とリナ。予想通り玉座の前では既にアンリが膝をついて待機していた。
「おかえりなさいませユート様! リナ様!」
アンリは顔を上げ、とても嬉しそうに言った。僕達が帰還することは昨日の内に念話でアンリに伝えておいた。わざわざ大広間で待つ必要はないと言ってたんだけど、やはり忠誠心の高いアンリには無理のある指示だったようだ。
「待たせたなアンリ。ちゃんと飯は食っていたか?」
「はい。ユート様のご命令でしたので」
二日前に一度帰還した時は「ユート様がご不在の時に一番の側近である私が食事をするのは失礼に当たる」とかワケの分からないことを言ってぶっ倒れちゃったからな。
「リナ、ひとまずお前は自分の部屋に戻ってゆっくり休め。この数日間余の我が儘に付き合ってもらってすまなかったな」
「そ、そんな。私こそ色々と御迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
リナは大広間から退室し、僕とアンリの二人が残った。
「と、ところでユート様。前におっしゃいましたよね、ユート様がお戻りになられた際に私の望みを何でも一つ叶える、と……」
アンリは頬を赤く染め、モジモジしながら言う。そういやそんなこと言ったな。
「で、ですので、早速私の望みを叶えていただきたいのですが、その、今夜ユート様のお部屋にお邪魔しても――」
「すまないアンリ。その話はまた後日ということにしてくれ」
「……えっ!?」
素で驚きの声を上げるアンリ。何を望んでいるのか大体見当がつくけど、僕は今晩にでも『天空の聖域』に乗り込み『七星の光城』を襲撃する予定なので、そういうことをやっている暇はない。
そうでなくてもセレナと気持ちを確かめ合ったばかりなのに、他の女の子とそういうことをしたらセレナに合わせる顔がなくなってしまう。
「事情は後ほど説明するが、今はそれどころではなくなった。許してくれ」
「…………」
アンリはポカンと口を開けて茫然自失になっていた。そんなにショックだったのか。
「……大丈夫かアンリ?」
「ハッ!? も、申し訳ございません! またユート様に見苦しい姿を……」
「よい。それよりアンリから余に報告することはないか?」
話題を変えた方がいいと思い、僕はアンリに尋ねる。
「一つございます。エリトラが『ギラフの翼』回収の任務を終え、間もなく城に帰還するとの連絡が入りました」
「エリトラか。確か其奴も四滅魔の一人であったな」
「はい」
アンリ、ペータ、ユナに続く、四人目にして最後の滅魔。ちょうどいいタイミングに帰ってきてくれたものだ。
「一体どんな女なのか、早くこの目で見てみたいものだな」
「……お言葉ですがユート様。エリトラは男でございます」
あっ、そうなの? これまでの滅魔が三人とも女の子だったから四人目も女の子だと勝手に思い込んでた。ま、別に四滅魔ハーレムを目指してたわけでもないし、一人くらい男がいた方がいいだろう。
そんなことを思っていると、なにやらアンリが浮かない顔をしていることに気付いた。
「アンリ、体調でも悪いのか?」
「あ、いえ! そういうわけではないのですが……」
そういやアンリってエリトラの事が苦手なんだっけ。前にも「エリトラはあまり帰ってきてほしくないな」とか言ってたし(第33話参照)。
「!」
すると突然大広間の扉が勢いよく開いた。何事かと思い、僕は前方に目を向ける。
「ん~~!! ジェネシス!!」
長身の男がコマのように回転しながら大広間に入ってきた。その男は僕の前まで来るとピタリと止まり、素早くその場で膝をついた。なんだこいつ?
「お初にお目にかかります覇王様。我は四滅魔の一人、エリトラでございます」
頭にシルクハットを被り、目と口が付いているだけの簡素なお面を被った男はそう名乗った。ってこいつがエリトラかよ!?
「覇王様、まずはこちらをお納め下さいませ。『ギラフの翼』でございます」
「……うむ」
僕はエリトラから『ギラフの翼』を受け取った。これで人間の死体を半悪魔に変えるという〝闇黒狭霧〟の生成に必要な材料が三つ目まで揃ってしまった。あと『エンダードの眼』が集まれば〝闇黒狭霧〟生成の準備が整ってしまう。
だけどアンリ曰くエンダードの所在は掴めていないらしいし、全ての材料が揃うのはまだ先のことになるだろう。というかそうでないと困る。
「覇王様とかけ、クイズを考えている人物と解きます」
「……は?」
いきなり何を言ってるんだこいつは。
「覇王様とかけ、クイズを考えている人物と解きます」
また言った。僕が「その心は?」と言うまで繰り返すつもりだろうか。
「……その心は?」
「どちらも至高(思考)の御方!! ん~~ジェネシス!!」
再びクルクル回り出すエリトラ。僕は思った……こいつはヤバい、と。アンリに苦手意識が芽生えるのも無理はない。あとそのジェネシスって何だ。
「ゆ、ユート様!! このエリトラの言動はユート様への侮辱に他なりません!!」
「何を言っているのですかアンリ。このローリングこそ覇王様への忠誠の証! ん~~ジェネシス!!」
「ユート様、何とかおっしゃってください!!」
「……アンリは注意しないのか?」
ペータやユナが何かやらかした時はアンリが直接注意していたので、何故今回に限ってそうしないのだろうかと僕は疑問に思う。するとアンリはとても歯痒そうな顔をした。
「一応、滅魔にも〝席次〟というものが存在します。第四席がペータ、第三席がユナ、第二席が私アンリ。そして第一席が……このエリトラでございます。ですので立場上、注意がし辛いといいますか……」
「……は!?」
思わず声を出してしまった。このふざけた奴がアンリよりも上でしかも第一席!? つまり四滅魔の中で一番強いってことか!?
「そう、我こそ滅魔の第一席エリトラ!! 覇王様の一番の側近なのです!! ん~~ジェネシス!!」
「ま、待てエリトラ! 席次ではお前の方が上かもしれないが、ユート様の一番の側近は私だ!」
「おかしなことを言いますねアンリ。常識で考えれば第一席の我が一番の側近であるのは至極当然のこと! ん~~ジェネシス!!」
「くっ……」
アンリは反論できずに口籠もる。なんかアンリが気の毒になってきた。よし、こんな時は僕が何とかしよう。
「余の権限をもって伝令する。本日より滅魔の第一席と第二席を入れ換える。つまり第一席がアンリ、第二席がエリトラとなる」
「ジェネシーーーーーーーーーース!!」
悲痛な叫びを上げるエリトラであった。