第95話 一時の別れ
翌日。僕とリナは覇王城に帰還するため、サーシャのアジトを離れることにした。セレナ、スー、サーシャ、そしてアジトに住む子供達も、僕達の見送りの為にアジトの外に出ていた。
「……もう行くんだな」
「ああ。ありがとうサーシャ。色々と世話になった」
「礼を言うのは私の方だ。私達に力を貸してくれてありがとう。お前にとってはつまらない道草だったかもしれないがな」
「そんなことないって。良い経験をさせてもらった」
ここにいる皆は僕を人間として対等に接してくれた。居心地も良かったし、本音を言うともう少し居たかったけど、そうも言っていられないからな。
「ユートお兄ちゃん、リナお姉ちゃん、バイバイ」
「また一緒に遊んでね」
子供達が僕とリナに手を振ってくれる。早くこの子達のお父さんやお母さんの魂を取り戻してあげなければ。
「あれ? そういやアスタは?」
「ああ、アスタなら落ち込んだ様子で部屋に引き籠もってるぞ」
「えっ、なんで!? やっぱり七星天使に敗れたのを引きずって――」
「いや、なにやら『オレのセレナが奪われた……』とかブツブツ呟いてたから、セレナがユートのものになったことが相当ショックだったらしい」
そっちかよ。
「ほっといていいのか?」
「いいのよ。アスタが勝手に落ち込んでるだけだし」
「……だな」
最後にアスタの顔も見ておきたかったけど、まあいいか。そもそもセレナは誰のものでもなかったんだから奪ったって言い方はおかしいだろ。
「ところでセレナ。ユートの○○○を舌で味わった感想を聞かせて」
「そうね……って何言わせようとしてんのよスー!! そ、そもそもそういうことは全然してないから!!」
「ふっ、ごまかさなくていいぞセレナ。思春期の男女が同じ部屋で一晩過ごしたんだ。ユートとやることはやったんだろう?」
「やってない!! やってないから!!」
顔を真っ赤にしてブンブン首を振るセレナ。
「スー、どう思う?」
「……セレナの反応を見ると、本当に何もやってないかも」
「だ、だから何度も言ってるでしょ!?」
するとサーシャの目が僕の方に向けられた。
「……ユートよ。お前はセレナをあそこまで脱がせておきながら一切手を出さなかったというのか?」
「あ、ああ」
深々と溜息をつくサーシャ。
「失望したぞ。まさかお前がそこまでヘタレだったとはな。お前の股についているものはただの飾りか?」
「誰かさんが途中で邪魔したせいだろ!!」
「ご、ごめんなさいお兄様……」
「ああいや、リナは何も悪くないって」
サーシャが邪魔しなければおそらく童貞は卒業していただろう。正直かなり悔いは残っている。
「ちょっと邪魔が入ったくらいで中断してしまうとは情けない。セレナもあのまま続けてほしかっただろうに。なあセレナ?」
「そ、それは……」
セレナは無言になり、恥ずかしそうに俯いた。
「サーシャ。子供達が見てる前だから、これ以上はやめた方がいいと思う」
「……スーが最初に言い出したんだよな?」
「確かに、こういう話は子供にはまだ早いな」
と、六歳のサーシャが腕を組みながら言った。もうツッコまないでおこう。
「それじゃ僕とリナはそろそろ行くから。たまには顔を見せに来るよ」
「ああ、いつでも待っているぞ」
「……ユート」
セレナが僕のもとまで歩み寄り、寂しそうな顔を僕に向ける。
「絶対……絶対また会いにくるって約束して……」
「……ああ、約束する」
しばらく見つめ合う僕とセレナ。セレナとのお別れは辛いけど、二度と会えないってわけじゃない。【瞬間移動】という便利な呪文もあることだしな。
「キース! キース! キース!」
そして子供達の間から湧いてくるキスコール。こういうのを見るとちょっかいをかけたくなる年頃なのだろう。
「ちょ、ちょっとやめてよ皆!! サーシャ早く止めて!!」
「悪いなセレナ。私は子供達の味方をする」
「なっ……!? スー、なんとか言ってよ!!」
「私もサーシャに同じ」
「そんな……!!」
誰も庇ってくれる者がいなくなり、狼狽えるセレナ。依然としてキスコールは続く。
「ストップストーップ!! 皆が見てる前で、き、キスとかできるわけないでしょ!? ユートも困って――」
僕はセレナの身体を抱き寄せ、その唇に自分の唇を重ねた。
「……!?」
セレナの驚きと戸惑いが直に伝わってくる。数秒後、僕はゆっくりとセレナの身体を離した。子供達の間からは「ヒューヒュー!」という歓声が湧いてくる。
「初めてのキスはセレナからだったから、次は僕からじゃないとな」
「~~~~っ!!」
茹で蛸のように真っ赤になるセレナの顔。
「ユートの……ユートのバカー!!」
そして僕のもとから全力で走り去り、アジトの中へ入っていった。柄にもなく大胆なことをしてしまった。
「まったく、見せつけてくれるじゃないか。正直羨ましいぞ」
「爆発すればいいのに」
「はは……」
思わず僕は苦笑いをこぼしたのであった。
やがて僕達は別れの時を迎えた。僕とリナは手を振りながらサーシャ達のもとを離れていく。名残惜しいけど、きっとそう遠くない内にまた会えるだろう。
「あの、お兄様!」
「ん?」
「その、私は二番目、いえ三番目、いえ百番目でも全然構いませんから! だから、私も頑張らせてください!」
「あ、ああ……。でも一応リナは僕の妹って設定だから、それは忘れないでくれよ?」
「もちろん分かっています!」
とても気合いの入った顔でリナは言った。
「……さて、そろそろいいかな」
僕は足を止めて振り返り、サーシャ達の姿が見えなくなったことを確認する。周囲にも人の気配はない。今なら呪文を使っても大丈夫だろう。
「それじゃ帰るか、覇王城に。呪文【瞬間移動】!」
僕とリナは人間領に別れを告げ、悪魔領の覇王城に帰還したのであった。
次話より新章「覇王&四滅魔vs七星天使編」がスタートします!




