第94話 初めての……!?
「……ねえ、ユート」
それから少し経った後、セレナがか細い声で言った。その表情は不安に満ちているのが分かった。
「これからもずっと……アタシの傍にいてくれるよね……?」
「!」
僕の手を強く握るセレナ。
「どこにも……行ったりしないよね……?」
不安に揺れるセレナの瞳を見て、僕の中に一瞬迷いが生じる。僕だってずっとセレナと一緒にいたい。だけど、僕は……!!
「ごめん、セレナ。僕はもうすぐここを去る。僕にはやらなければならないことがあるんだ」
僕は迷いを断ち切り、そう言った。僕には七星天使を殲滅し、奪われた人々の魂を取り戻すという使命がある。
「……イヤ。そんなのイヤ!」
だけどそんなこと、セレナに分かるはずもない。セレナの叫びが僕の胸を貫く。
「こんなに、こんなに好きになったのに、どうしてもう別れなくちゃいけないの!? そんなの絶対おかしい……!!」
「セレナ……」
「どうしても行くというなら、アタシも連れて行って!!」
セレナの目は本気だった。しかしそれでも僕は首を横に振る。
「それはできない」
「どうして!? やっぱりユートは、アタシの事なんて……!!」
「そうじゃない」
「ならどうして!?」
「……セレナには、帰る場所があるだろ」
僕の正体がバレるのはいい。だけどセレナを覇王城に連れて行ったら、もう二度と元の生活には戻れなくなるだろう。リナの時は、彼女には帰る場所がなかった。だから僕の呪文で悪魔にし、居場所を作ってあげた。
だけどセレナにはサーシャ、スー、アスタがいる。そしていずれ還ってくる姉さんもいる。セレナにはちゃんと帰る場所がある。それを僕の手で壊すわけにはいかない。
そして何より、これから始まる七星天使との戦いにセレナを巻き込みたくない。もうこれ以上、セレナが誰かに傷つけられるのは耐えられない。
「セレナにとっても、僕にとっても、それが一番なんだ。だから分かってほしい」
「分かんない……分かんないよ……!!」
セレナの頬を大粒の涙が伝う。また、泣かせてしまった。僕はセレナの身体を優しく抱き締める。
「ごめん、セレナ。ごめん……」
僕にはただ、謝ることしかできなかった。
「……ユート」
しばらくするとセレナは泣きやみ、そっと僕の胸から離れた。
「一つだけ、約束して。たとえ離れ離れになっても、アタシへの気持ちは絶対変わらないって」
「ああ、約束する」
「アタシも、ユートへの気持ちは絶対変わらないって約束するから」
「……ありがとう、セレナ」
本当はまだ納得していないだろう。それでも僕の意志を受け入れてくれたセレナに、僕は心から感謝した。
「でも、会えなくなるのはやっぱり寂しい……。だから、お願いがあるの」
「お願い?」
セレナは頬を赤くし、表情が見えないように俯く。
「離れ離れになってる間も、ユートの優しさを、ユートの温もりを、ずっと持ち続けていたい……。それには、キスだけじゃ足りないと思う……」
「……!」
僕は察した。セレナがキス以上の行為を求めていることに。
「いい……のか……?」
セレナは小さく頷く。その身体は少しだけ震えていた。
「初めてだから、正直怖いけど……。それでも、ユートが求めてくれるのなら……。アタシも、頑張る」
「…………」
気が付けば僕はセレナの肩を掴み、ベッドに押し倒していた。
「ユート……」
セレナは抵抗することなく、虚ろな目で僕を見つめてくる。
まず僕はセレナのシャツを捲り上げ、続いてブラを少し上にずらした。とても柔らかそうで、豊かな二つの膨らみが露わになる。
次に僕はセレナの下半身の方に移動し、ゆっくりとズボンを下げる。これまでのセレナのパンツは、トイレで遭遇した時はピンク色、土下座して見えた時は水色、洞窟で見えた時は白色と、わりと控えめな色だった。
そして今のセレナのパンツの色は赤。今までのものに比べるとやや派手であり、心なしか布地の面積も小さい。きっとこうなることを見越して、一番自信のある下着を選んだのだろう。
やがて僕はそのパンツをも下げる。僕の目の前に、女の子の一番大事なところが晒された。僕の目はそれに釘付けになり、思わず喉がゴクリと鳴る。
セレナの裸は風呂場でも一度見たけれど、こうして間近で見ると、やっぱり、凄い。この恵まれた肉体を今から僕の自由にできると思うと、もはや理性など保っていられなくなった。
「あんまり、見ないで。恥ずかしい……」
泣きそうな声でセレナが言う。その恥じらいが僕の情欲を更に掻き立てる。
僕が手を伸ばそうとすると、セレナは強く目を瞑った。そして僕は本能の赴くままに、セレナの肉体を――
「!」
しかしセレナの肌に触れる直前、僕はピタリと手を止めた。
「ユート……?」
恐る恐る目を開けるセレナ。僕は部屋のドアの方に目を向けた。
「……誰かに見られてる」
「えっ!?」
セレナは慌てて胸を右腕で、大事なところを左手で隠した。よく見たらドアが僅かに開いており、その隙間から四つの目が見える。僕はベッドから下り、早歩きでドアの所まで向かった。
「ひゃっ!?」
「……バレてしまったか」
ドアを開けると、なんとそこにはサーシャとリナがいた。この二人が部屋の中を覗いていたのである。
「何やってんだサーシャ!? しかもリナまで!!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!! トイレに行こうと廊下に出たらサーシャさんに会って、面白いものが見られると言われてここまで付いてきてしまい、それでつい……!!」
何度も頭も下げるリナ。まあ、リナはまだ許せる。問題はサーシャだ。
「どういうことか説明してもらおうかサーシャ」
「なに、単に二人の様子が気になっただけだ。男女の恋の行方をこの目で見届けたいと思うのは至極当然のことだろう」
完全に開き直ってやがる。
「覗かれる身にもなってみろよ!! つーか『人の告白を覗き見るような野暮な真似はしない』とか言ってたくせに矛盾してないか!?」
「私だってまだ六歳だ。好奇心に負けてしまうことはある」
「都合が悪くなった時だけ子供アピールすんな!! そもそもこういうのは子供が見ていいものじゃないからな!?」
「まあまあ、細かいことは気にするな」
いや全然細かくないんだけど。
「しかしお前達がキスをするというのは予知で分かっていたが、まさかここまで進展するとは思わなかった。ユートもなかなかやるな」
「い、言っとくけど合意の上だぞ!? なあセレナ!?」
セレナの方を振り向く。恥ずかしさに耐えられなくなったのか、セレナは耳を真っ赤にして布団に顔を埋めていた。僕がパンツを下げたせいで、可愛いお尻が丸出しになっている。
「ま、お前達に不快な思いをさせてしまったことは事実だ。私が悪かった、謝ろう」
深く頭を下げるサーシャ。絶対悪かったとか思ってないよな。
「では邪魔者はそろそろ退散するとしよう。もう覗いたりしないから安心して続きをやってくれ。それと鍵はちゃんと閉めておくことだ」
「ほ、本当に申し訳ありませんでした。その、が、頑張ってください!」
パタンとドアが閉まり、サーシャとリナが去っていく足音がする。僕はしばらくその場に立ち尽くした後、リナの方に身体を向けた。
「なんというか……そういう雰囲気じゃなくなっちゃったな」
「……うん」
布団に顔を埋めたまま返事をするセレナ。この様子じゃとても続きなんて無理だろう。
「そ、それじゃ僕は自分の部屋に戻るから。おやすみセレナ」
「……おやすみ」
半裸のセレナを残し、僕は部屋を出た。
「はあ……」
自然と大きな溜息が洩れる。こうして僕の初体験は先送りになったのであった。




