第93話 告白
クリスマスイブにピッタリのお話です。
セレナの部屋に向かった僕は、ドアが少し開いていることに気付く。その隙間から中を覗いてみると、そこにはベッドの上で膝を抱え、声を押し殺して泣いているセレナの姿があった。
「セレナ……入っていいか?」
「…………」
セレナからの返答はない。僕は部屋に入り、静かにドアを閉めた後、セレナの隣りに腰を下ろした。
互いに無言のまま、しばらく沈黙が流れる。やがて僕はゆっくりと口を開いた。
「……さっきはごめん。心にもない言葉でセレナを傷つけてしまった」
「…………」
依然としてセレナは膝に顔を埋めたまま。それでも僕は続ける。
「だけど今度は、僕の本当に気持ちを伝える。だから聞いてほしい」
「…………」
僕は自分に嘘をついていた。セレナの気持ちに正面から向き合うとか言っておいて、当の僕は自分の本心から目を背けていた。一人の女の子が勇気を振り絞って告白しようとしてくれたのに、僕は「覇王だから」「悪魔だから」という名目で逃げてしまった。我ながら最低の男だ。
だけど、もう逃げない。たとえどんな結果が待ち構えていようとも、僕は本当の気持ちをセレナに伝える。
「僕は……セレナの事が好きだ」
「……!」
ピクッ、とセレナの肩が揺れる。僕は静かにセレナの言葉を待った。
「……信用、できない」
ようやくセレナは顔を上げてくれた。ずっと泣いていたのか、その両目は真っ赤に腫れていた。
「どうせ、アタシの機嫌を治そうと建前で言ってるだけなんでしょ? 騙されないから」
「違う。僕は本気でセレナの事が――」
「なら口だけじゃなくて行動で示して」
「……行動?」
「ほら、やっぱり何もできないじゃない。結局ユートはアタシの事なんて――」
僕はセレナの身体を勢いよく抱き締めた。
「ゆ……ユート……?」
「好きでもない女の子に、こんなことすると思うか?」
「……っ」
セレナも僕の背中に手を回し、優しく抱き締め返した。
一体どれくらいそうしていただろうか。僕らはどちらからともなく、そっと身体を離した。しかしこれでめでたしめでだし、というわけにはいかない。
「セレナ、聞いてほしいことがある。さっき言ってた、僕の秘密についてだ」
セレナの気持ちを受け止めると決めた以上、いつまでも正体を隠しておくことはできない。僕の事を好きになってくれたセレナには、僕の全てを知ってもらう必要がある。僕はそう考えた。
正直、怖い。僕の正体を知ったら、セレナの気持ちが変わる可能性は十分にある。それでも怖じ気づくわけにはいかない。
「驚くと思うけど、実は、僕は……!!」
「話さなくていいわ」
「……え?」
セレナの口から予想外の言葉が飛び出したので、僕は唖然とした。
「本当は話したくないんでしょ? ユートの顔を見れば分かるわ。だったら無理に話すことなんてないじゃない」
「そ、それはそうだけど……。セレナはそれでいいのか?」
小さくセレナは頷く。
「秘密の一つや二つ、誰だって持ってるものよ。アタシだって誰にも本当の3サイズを教える気はないし。もちろんユートにもね」
「はは、可愛い秘密だな」
「お、女の子にとっては真面目な問題なの!」
セレナの思いやりに、僕の心は一気に軽くなった。
「ま、さすがに『実は男装している女の子でした!』とかだったら考え直すしかないけどね」
「……ある意味それ以上の秘密かもしれない」
「えっ!? まさか本当に女の子じゃないわよね!?」
「いや僕は純度100%の男だ! それは保証する!」
安心したように息をつくセレナ。
「ならいいわ。たとえどんな秘密があろうと、アタシはユートの事が……好きだから」
胸の鼓動が高まる。セレナの気持ちには気付いていたが、直接「好き」と言われたのはこれが初めてだった。
「……ユート」
「ん?」
「いい……よね……?」
「……ああ」
セレナの顔が、少しずつ近付いてくる。やがてセレナの唇が、僕の唇に――優しく重なった。
「ん……っ」
セレナの色っぽい声が洩れる。一瞬のようで、永遠にも思える時間。
やがて静かに唇が離れる。なんだか目を合わせるのが恥ずかしくなり、僕達は互いに顔を逸らした。
「あ、アタシのファーストキスを奪ったんだから、ちゃんと責任とってよね」
「セレナの方からしてきたんだから、奪ったという表現はどうかと……」
「つべこべ言わない! そもそもこういうのって男の方からするものでしょ!?」
「……ごめんなさい」
「…………」
「…………」
再び僕らの目が合う。なんだか可笑しくなり、僕達は小さく笑い合った。
それから僕達はベッドに腰を下ろしたまま手を握り、色んな話をした。
「そういえば、サーシャが予知していた通りになっちゃったわね」
「……だな」
サーシャが【未来予知】で視た、僕とセレナがキスをするという未来。たった今それが現実のものになった。当時はサーシャの冗談ではないかと思ったものだ。
「あの時はユートとキスするなんて絶対に有り得ないって思ってたわ」
「僕もだ。だってセレナって僕の事ものすごく嫌ってたし」
「そ、それは仕方ないでしょ!? あれだけ変なことを何回もされたら……!!」
「思えば出会いも最悪だったよな。初めて会ったのは喫茶店のトイレで、僕がドアを開けたらセレナが用を足している途中で――」
「わーわー!! 思い出しちゃうからそれ以上言わないで!! あの時死ぬほど恥ずかしかったんだから……!!」
「そうか。なら言わないでおく」
「……ユートの馬鹿」
小さく頬を膨らませるセレナ。こういう顔も可愛い。
「でも、今まで冷たい態度をとったり、ビンタしたり、本当にごめん。アタシ、ユートに何度も酷いことしちゃった……」
「ふっ、安心しろ。僕はその十倍は酷いことをしてきたからな!」
「……そこ、ドヤ顔で言うとこ?」
「だって事実だしな。だから謝る必要なんてないって。むしろ謝るのは僕の方だ」
「そうよね。おっぱいを触られたり、パンツを見られたり」
うっ、と僕の息が詰まる。
「……本当にごめんなさい」
「いいわよ、もう気にしてないから」
「……そう言ってもらえると助かる」
あと一緒に風呂に入ったりもしたし、もはや犯罪と呼べることを僕はしてきた。それを冷たい態度やビンタだけで済ませてくれたのはかなり良心的と言えるだろう。
まあ風呂に入った時の僕はスーに変身してたから、今でもセレナはそのことを知らないわけだけど。よく考えたら僕の正体以上に言えない秘密かもしれない。




