第91話 セレナの気持ち
ゲートを通じて『天空の聖域』から地上に帰還した僕達は、その後スーの呪文で呼び出されたモンスターの背中に乗って空を飛び、サーシャのアジトまで戻ってきた。
そのまま夜になり、皆がそれぞれの部屋で寝静まった頃。現在僕はセレナの部屋で、静かに寝息を立てるセレナの傍に立っていた。
もちろん疚しいことをしようとしているわけではない。そりゃ全く変な気が起こらないと言ったら嘘になるけど、今は我慢だ。
「呪文【超回復】」
僕はセレナの身体に呪文をかけた。【超回復】はHPを全回復させる呪文である。これも十分チート能力だけど、使ったのは今日が初めてだ。
僕のHPは9999999999もあるし、そもそもHPが大きく削られることがほとんどなかったので発動する機会自体がなかったのである。デメリットは続けて使用する場合は五分のインターバルが必要ってことくらいか。
セレナの回復を済ませた後は、スーとアスタの部屋にもそれぞれ訪れ、起こさないようにそっと【超回復】の呪文をかける。何故皆が寝ている時なのかと言えば、無論僕の真の姿を見られないようにする為だ。
「……ふう」
最後のアスタの回復も問題なく済ませ、僕は部屋を出て小さく息をついた。ちなみにリナには真の姿を見られても問題ないので既に回復は済ませており、今は部屋でぐっすり眠っている。
「終わったか?」
すると僕の所にサーシャが歩いてくるのが見えた。どうやらまだ起きていたらしい。
「すまないな、覇王様の手を患わせてしまって」
「この程度、余にとっては造作もない。それにアスタ達には『天空の聖域』で助けてもらったからな。これはその礼だ」
それから僕は【変身】の呪文で再び人間の姿になった。
「だけど僕が回復してやれるのはHPだけだ。精神的な部分まではいくら僕でも手の施しようがない」
「十分だ。感謝する」
アスタ達にとって憎き七星天使に全く歯が立たなかったという現実は、身体に受けた傷以上に苦しいものだったはずだ。もう立ち直れなくなったとしてもおかしくない。
「アスタ達はお前が思っている以上に強い奴らだ。時間はある程度必要かもしれないが、きっと大丈夫だろう」
そんな僕の心を読んだかのようにサーシャが言った。確かに、僕の救援に来た時のアスタ達はとても頼もしかったし、杞憂かもしれない。
「ところでサーシャ達はこれからどうするんだ?」
僕が尋ねると、サーシャはやや暗い表情で俯いた。
「口惜しいが『狂魔の手鏡』を破壊された以上、私達が七星天使に対抗する手段はなくなってしまった。後は見守ることしかできないだろう」
「……それが一番かもな」
僕の【創造】はこの目で直接見たことのあるものしか生成できないので、鏡の破壊された状態しか見ていない僕が【創造】で生成することはできない。あれだけ粉々に破壊されては呪文による修復も不可能だろうし、そもそも呪文でどうにかなる代物とは思えない。
「だけど安心してくれ。七星天使は必ず僕が殲滅する。そして奪われた人々の魂も取り戻してみせる」
「……ああ。頼む」
頭を下げるサーシャ。もうゲートの場所は分かった。『魂の壺』を破壊すれば人々の魂が還ってくるという情報も入手した。あとはアンリ達と共に『七星の光城』に攻め込むだけだ。
「それじゃ僕はこれから覇王城に戻る。色々と世話になったなサーシャ。っと、その前にリナを起こさないと……」
「差し出がましいことを言うが、そんなに急ぐ必要はないんじゃないか? 皆に別れの言葉を述べてからでも遅くはないだろう」
「いや、でも……」
「それに『邪竜の洞窟』に入ってからまともに休んでいないだろう。身体を休めることも大事だぞ。あと一日くらいここでゆっくりしていったらどうだ?」
「…………」
僕は少し考える。まあ、サーシャの言うことにも一理ある。急いては事をし損じるって諺もあるくらいだしな。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「それがいい。それに、お前にはここでまだやることが残っているじゃないか」
「やること? 何だよそれ?」
「今更言う必要もないだろう。ちゃんとセレナの気持ちに応えてやれよ」
サーシャは全てを察したような表情を浮かべた後、軽く手を振りながら僕のもとから去っていった。
それから僕はアジトの屋上まで足を運んだ。特に理由はなかったが、このまま寝ようという気にもなれなかった。
「セレナの気持ち、か……」
空に瞬く満天の星を眺めながら、僕は一人呟いた。
「!」
僕が星空に魅入っていると、屋上のドアが開く音がした。振り返ってみると、そこにはセレナの姿があった。夜の雰囲気のせいか、いつもよりも色っぽく見える。
「目が覚めたのか?」
「……うん」
「どうして屋上に?」
「……ユートがここにいる気がしたから」
セレナは僕の隣りに立ち、一緒に星空を眺める。
「身体の方は大丈夫か?」
「うん。というか、さっき起きたら身体中の傷がキレイサッパリ治ってたからビックリしたわ。どういうことかしら……」
「セレナ達が寝ている間に、サーシャが回復呪文を使える人を連れてきて治してもらったらしいぞ」
「そうなの? 後でサーシャにお礼言わなきゃ……」
と、いうことにしておこう。セレナ達の中では僕は呪文を使えないってことになってるからな。既にサーシャにも辻褄は合わせてある。
「……ユート」
「ん?」
「アタシを庇ってイエグと戦ってくれたこと……ガブリに襲われそうになった時に助けてくれたこと……追いかけてくる天使達からアタシを守ってくれたこと……本当にありがとう。ユートには何度助けてもらったか分かんない……」
「……いいよ、お礼なんて」
「ううん。ユートがいなかったら、アタシはとっくに死んでた。今アタシがこうしていられるのは、全部ユートのおかげ……」
なんだか照れくさくなり、僕は小さく頬を掻いた。
するとセレナは、僕の服の袖を人差し指と中指で摘んできた。その頬はほんのり赤く染まっていた。
「あ、あのね、ユート。ちょっとビックリするかもしれないけど、今からアタシの言うこと、聞いて」
セレナの指の力が強くなり、身体の震えも伝わってくる。しばらく沈黙が流れた後、セレナは静かに口を開けた。
「あ、アタシ、ユートの、ことが……!!」




