第89話 守る決意
「〝破滅一撃〟!!」
僕は雲面に拳を叩き込み、すかさず後方に跳んだ。
「うわあああああ!!」
僕が殴った地点を中心として巨大な穴が空き、その中に天使達が落下していく。しかし天使達は空を飛ぶことができるので、この攻撃で敵の数が減ることはない。狙いは天使達を空中に集め、一網打尽にすることだ。
「〝破滅一閃〟!!」
想定通り雲面を走っていた天使達も空を飛び始めたので、僕は上空に向けて風圧を放った。
「ぎゃあああああ!!」
まるで竜巻が通り過ぎたかのように天使達が吹き飛ばされていく。このまま〝破滅一閃〟を繰り返していけば――
「呪文【方向転換】!!」
しかし次に〝破滅一閃〟を放った時、天使の一人が唱えた呪文によって僕の一閃が全く別の方向へ飛んでしまった。
そう簡単にはいかないか。こんだけ数がいるんだ、呪文を使える奴が一人二人いてもおかしくはない。
「呪文【溶解液】!!」
続いて別の天使が呪文を唱え、紫色の液体を放射してきた。僕は素早く横に跳んでそれをかわす。その液体は僕が立っていた場所をジワジワと溶かしていった。これをまともに浴びたらちょっとマズいな。
「セレナの服だけ溶かしてくれたら文句ないんだけどな……」
「こんな時に何言ってるの!? ふざけてる余裕なんてないでしょ!?」
「大丈夫、それくらいの余裕はある。悪いけど少しの間だけ背中から下ろしていいか?」
「え? うん……」
僕は一旦セレナを下ろし、上空を見据える。さっき【方向転換】を使ったのは……あいつだな。また使われると厄介だし、あいつは直に潰そう。
僕はその場で膝を曲げ、五メートルほどジャンプ。一瞬で狙いを定めた天使の前に移動した。
「ぎゃあっ!!」
反応する間も与えず、僕は拳を炸裂させてそいつを雲面に叩きつけた。その後僕は難なく着地する。
「なんだあの脚力は……!?」
「化け物か……!?」
下級天使共から動揺の声が洩れる。そりゃ覇王なんだから化け物なのは当然だ。
「呪文を使う時は気を付けろよ。でないとこのように真っ先に潰されることになるぞ」
僕の言葉に下級天使共がたじろぐ。
「ひ、怯むな!! 我ら天使の誇りに懸けて絶対に奴らを捕らえるのだ!!」
「うおおおおおおおおおお!!」
それでも下級天使共は向かってくる。大人しく引き下がれば無駄な犠牲を出さずに済むというのに。その後も僕は下級天使共を蹂躙し続けた。
「……ふう」
数分後。雲面に倒れる下級天使共を見渡しながら、僕は小さく息をついた。やっと全部片づいたか。これだけやればさすがに諦めてくれるだろう――
「ユート、あれ!」
セレナが指差した先を見てみると、前方から下級天使共が更に数を増して進撃してくるのが見えた。
「……ここまでしつこいと感心すら覚えるな」
溜息交じりに僕は言った。七星天使に仕える下級天使って一体どんだけいるんだよ。もしかしたら覇王軍より規模が大きいかもしれない。とにかくいくら倒してもキリがないということだけは確かなようだ。
「セレナ、背中に乗れ!」
僕は再びセレナを背負って走り出す。しかし例によってあまり速く走ることはできないので、下級天使共との距離がジワジワと縮まっていく。これではイタチごっこだ。
「……っ」
しかもここにきて頭痛と吐き気がまた酷くなってきた。走っていることで呼吸回数が増えているせいだろう。時間が経てばこの空間にも慣れるかもしれないと思ってたけど、どうにも『天空の聖域』に覇王の僕が適応するのは厳しいようだ。戦闘面に影響はないだろうけど、この状態で走り続けるのは結構しんどい。
「ユート、止まって」
すると走っている途中、セレナの口からこんな言葉が出た。
「……これ以上あいつらの相手するのはゴメンだぞ」
「そうじゃないの。いいから止まって」
「いや、ここで止まったら奴らに追いつかれ――」
「いいから!!」
「は、はい!」
セレナの強い口調に思わず僕は足を止めてしまう。
「どうしたんだよ急に。あっ、まさかトイレか?」
「違うわよ!!」
「じゃあ何だよ?」
セレナは自ら僕の背中から下り、こう言った。
「アタシが囮になる。その隙にユートは先に行って」
「……え?」
セレナの思わぬ発言に僕は目を丸くする。
「本当はもっと速く走れるのに、アタシの身体に気を遣ってくれたんでしょ? でもこれ以上ユートに迷惑はかけたくないの」
「…………」
「ここまでアタシを守ってくれてありがとう。だけど、もう十分。アタシのことはいいから、ユートは一人で皆の所に帰って」
「……本気で言ってるのか?」
「うん」
セレナの目から強い意志が伝わってくる。僕は観念したように息をついた。
「分かった。僕は先に行くから後は頼んだ――ってそんなことできるか!」
「ひゃん!?」
僕がセレナの頭にチョップをかますと、思いの外可愛らしい声が出た。
「な、何すんのよ!」
「まったく何を言い出すかと思ったら……。次そんな馬鹿なこと言ったらタンスの角に小指を百回ぶつけてもらうからな」
僕は前にセレナから言われた台詞をそのまま返した。
「あいつらに捕まったらどんな酷い目に遭わされるか分かったもんじゃないぞ。つーか囮になったとして、そんなボロボロの身体で一体何ができるんだよ」
「そ、それでも、ユートが地上に戻るまでの時間稼ぎくらいは……」
「そんなの必要ない。僕は何が何でもセレナと一緒に地上へ帰る。だから早く背中に乗ってくれ」
「だけど、これ以上ユートの足を引っ張るわけには……」
「あーまどろっこしい!!」
苛立った僕はセレナの身体を両手で抱えた。所謂お姫様抱っこというやつだ。
「ちょ、ちょっとユート何してるの!? 両手が塞がってたらいざという時に応戦できないでしょ!?」
「セレナがいつまでも意地を張るからだろ!」
僕はそのまま走り出した。足を止めたせいで下級天使共との距離がだいぶ縮まってしまった。
「ユート、どうしてそこまでアタシを……」
「そんなの理由が必要か? セレナは黙って守られていればいいんだよ」
「……っ」
セレナは頬をほんのり赤く染め、か弱い力で僕の服を握りしめた。
「……ユートって、ほんと大馬鹿ね」
「それはお互い様だ」
女の子一人守れないで何が覇王だ。たとえ敵が一億人で来ようが絶対に守りきってみせる。




