第86話 セレナの救出
一方、人間領にて。サーシャ、アスタ、スー、リナの四人は『邪竜の洞窟』を出た後、スーが【生類召喚】で呼んだ体長10メートル以上あるモンスターの背中に乗って上空を飛行していた。目的地はもちろん〝ゲート〟である。
「おいスー、もっとスピード出せねーのか!?」
「無理。モンスターのAGI(速さ)的にこのスピードが限界」
「なら限界を超えさせろ! 早く『天空の聖域』に行かねーとセレナとユートが痛っ!?」
サーシャがアスタの頭をグーで叩いた。
「落ち着けアスタ。気持ちは分かるが、スーは【憑依】の発動中なのだからあまり話しかけるな」
「……そうだな、すまん。てか今更だけどサーシャまで付いてくることなかったんじゃねーか? もうゲートの場所が標された地図も貰ったことだしよ」
「ゲートは何らかの呪文で外部から視認できない状態にされている。その呪文を解除する人間が必要だからな」
そういうことか、とアスタは納得した。
「でもアジトのガキ共のことはいいのか? そろそろ起き出す時間だろ?」
「そちらも気掛かりだが、今はセレナとユートの救出が優先だ。アジトの様子は常に【千里眼】で見ていることだし、何かあったらすぐに戻るさ」
「なるほどな。にしてもモンスターに乗って空を飛ぶのってスッゲー爽快だな! リナちゃんもそう思うだろ?」
「…………」
「ん? どうしたリナちゃん?」
アスタが振り返ると、そこには白目を剥いて気を失っているリナの姿があった。
「うおーい!! リナちゃんまた気絶してんぞ! やっぱ高所恐怖症だったのか!?」
「……リナは振り落とされないように私が支えているから安心しろ。目的地に着いたら起こしてやるとしよう」
半ば呆れたようにサーシャは言った。
☆
ミカの部屋を出た僕は、まず人質に捕られているセレナの救出を決意した。セアルが不在の今がチャンスだ。
だがセレナの居場所は『七星の光城』のどこかにいるというだけで、それ以外の情報は何もない。手間はかかるけど城中の部屋を一つ一つ見て回るしかないか。今ほど【千里眼】を使いたいと思ったことはないな。
「そりゃっ!」
最初に見つけた部屋には鍵が掛かっていたので、僕はドアを素手で破壊した。しかし中には誰もいない。この城ってかなり広いし、あと何回もこれを繰り返さなければならないと思うと気が遠くなりそうだ。
「おいお前!! そこで何をしている!?」
ドアが破壊される音を聞きつけたのか、二人の下級天使が僕の前に現れた。早速見つかってしまったか。もっと目立たないように行動すべきだったかもしれないが、どうせ遅かれ早かれ見つかっていただろう。
「……お前達、セレナという人間の女の子がどの部屋にいるのか知らないか?」
「セレナ? 誰だそれは!」
「それよりお前は何者だ!? 天使ではないな!?」
駄目もとで聞いてみたけど、やはり知らないか。セレナを人質に捕られてからそれほど時間は経ってないし、下級天使にまで情報が出回っていないのだろう。
「お前達に用はない。どけ!!」
「ぐはっ!?」
「がふっ!?」
僕はその二人をワンパンで倒し、次の部屋へと向かう。依然としてHPは減少を続けているものの、頭痛と吐き気にもだいぶ慣れてきたし、下級天使をねじ伏せるくらい呼吸するよりも簡単なことだ。
「おい、何だ今の声は!?」
「向こうから聞こえたぞ!」
すると遠くの方から別の声が聞こえてきた。面倒なことになる前に早くセレナを見つけなければ。
その後も僕はドアの破壊と下級天使の撃破を何度も繰り返しながら城中を走り回った。
☆
その頃セレナはというと、『七星の光城』の三階の部屋に閉じ込められていた。ドアは外側から鍵が掛けられているので出ることはできず、独房のように狭くて暗い。
元々この部屋は七星天使が危険と判断した者を留置しておく為の部屋であり、誰かを閉じ込めておくにはうってつけの場所だった。
「ユート……大丈夫かな……」
セレナはどうすることもできず、ただ体操座りでジッとしていた。イエグとの戦いで、セレナのHPとMPはほとんど残っていなかった。
「アタシのせいでこんなことになって……ユートや皆に合わせる顔がない……」
膝に顔を埋めるセレナ。するとその時、ドアの鍵が開くような音がした。
「誰……?」
ユートが助けに来てくれたのだろうか。そう思ってセレナは顔を上げる。間もなく部屋のドアが開いた。
「おっ! ビンゴじゃねーかオイ!」
それはユートではなく、七星天使の一人――ガブリだった。
「セアルの奴が急に『天空の聖域』に戻るとか言い出したもんだから人間領で面白い奴でも見つけてきたのかと思って来てみたら、当たりだったなぁ。骨折り損にならなくてよかったぜ」
「何者よ、アンタ……!?」
セレナは震える声でガブリに尋ねる。
「俺か? 俺は七星天使の一人、ガブリ様だ」
「!! 七星天使……!?」
「いやー、セアルからは戻ってくるなと指示されたんだが、そう言われると逆に気になっちまうのがオレの性でさあ。困ったもんだよマジで!」
そう言いながら、ガブリはセレナの身体を舐めるように眺める。
「にしてもスゲー上玉だなぁ。セアルはこんな女を拾ってきて何をするつもりなんだ? ま、そんなことはどうでもいいか」
ガブリはドアを閉めると、気味の悪いニヤケ面を浮かべながらセレナの方へ近付いていく。
「人間の女になんざ興味はなかったが、お前は特別だ。この俺が直々に可愛がってやるぜえ……!」
「嫌っ……来ないで……!!」
セレナは後ろに下がるが、すぐに背中が壁につく。この狭い部屋でセレナに逃げる場所などあるはずもなく、ガブリに抗う力も残ってはいなかった。
「ククッ。怯える顔もそそるねえ。だが安心しな、すぐに俺が今まで味わったことのないような快楽を体験させてやるからよぉ」
「助……けて……!!」
恐怖のあまり、セレナの目から涙がこぼれ落ちる。そしてガブリの手がセレナの服を掴んだ。
「助けてユート!!」
ドォン!!
その時、激しい音と共にドアが吹き飛んだ。振り返ったガブリは驚愕の表情でそこに立っていた人物を見た。
「テメエは人間態の覇王!! 何故ここに……!?」
☆
ある部屋からセレナらしき声が聞こえたのでドアを拳で粉砕したところ、そこには七星天使のガブリと、今にも襲われそうなセレナの姿があった。
「今すぐその汚い手をどけろ……!!」
僕は鋭くガブリを睨みつける。ガブリは驚愕の表情を浮かべるが、すぐに不敵に笑ってみせた。
「ククッ、こんな所でまた会えるとは光栄だなあ。ヒロインのピンチに正義のヒーロー登場ってかぁ? 格好良いなオイ!」
「…………」
「そうそう、この間はよくもやってくれなぁ。なんでテメエがこんな所にいるのかはこの際どうだっていい。この場でテメエから受けた屈辱を百倍にして返して――」
バキィッ!!
「がはあっ!?」
僕はガブリの話を最後まで聞かず、その胸に拳を貫通させた。
「……これ以上空気を汚すな」
ガブリは床に倒れ、そのまま塵となって消滅した。この手応えの無さ……やはりこいつも分身か。
「セレナ!!」
僕がセレナのもとに駆け寄ると、セレナは泣きじゃくりながら僕の身体に思いっきり抱きついてきた。
「ユート……怖かったよおっ……!!」
「……ごめんな、遅くなって」
セレナの声を耳元で聞きながら、僕は優しく抱き締め返した。




