第85話 ラファエの想い
「ユートさん、でしたよね? イエグさんをねじ伏せたというのは本当なんですか?」
「……まあな」
「す、凄いですね。七星天使より強い人間がいるなんて思いませんでした」
本当は人間じゃないけどな。
「それでユートさんはセアルさんに実力を認められて、この『七星の光城』に?」
「ああ。と言っても人質を捕られて強制的にだけどな。あいつはどうしても僕を七星天使にしたいらしい」
「人質!? それじゃさっきセアルさんが言ってた〝あの女〟って……」
「その人質のことだ。今頃酷い目に遭わされてるんじゃないかと思うと、気が気じゃなくなる」
セレナのことが頭に浮かび、無意識に拳に力が入る。
「……それは大丈夫だと思います。セアルさんは何の意味もなく誰かを傷つけるような人ではありませんから。きっとその人は安全な場所にいると思います」
「大勢の人間の魂を容赦なく奪ったりしてるのにか?」
「!! それは……」
一瞬ラファエの表情が曇る。
「……それは、ちゃんと意味のあることですから」
「何の意味がある? 人々の魂を集めて一体何をするつもりなんだ?」
もしかしたらこいつから七星天使が人々の魂を狩っている目的を聞き出せるかもしれない。そう考えて僕は尋ねた。
ラファエは少し躊躇う様子を見せた後、静かに口を開けた。
「『幻獣の門』の封印を解く為です」
「『幻獣の門』?」
「はい。『幻獣の門』の封印を解くには、最低でも1000の人間の魂が必要なんです」
「……どうしてそんな門の封印を解こうとしてるんだ?」
「悪魔の頂点に君臨する存在――覇王を滅ぼす為です」
えっ? 僕?
「規格外の力を備えた覇王に対抗するには、もはや幻獣の力を利用する以外に方法はありません。だから人間の魂を集めて『幻獣の門』の封印を解こうとしているのです」
「……なるほど」
僕は頭を抱える。ということは人々の魂が奪われているのは間接的に僕が原因ってことになるじゃないか。何もそこまでして僕を滅ぼそうとしなくたっていいだろう。そりゃ大昔に覇王のせいで世界が滅亡しかけたという逸話が残ってるくらいだし、気持ちは分からなくもないけどさ……。
「ユートさん、顔色悪いですよ? どうかしました?」
「……気にするな。それよりお前はずっとこの城にいるみたいだけど、魂狩りには参加していないのか?」
「……はい。人間の魂を奪うなんて、僕にはとても……」
ラファエの表情が暗くなる。どうやらこいつもキエルさんと同じく、人間の魂を狩ることに関しては反対派のようだ。やはり事が事だけに全員が足並みを揃えるのは難しいのだろう。
だがラファエの場合、覇王を滅ぼすこと自体に反対していそうな気もする。上手くいけばこちら側に引き入れることができるかも……。
「ちなみに覇王のことはどう思ってるんだ? 実はそこまで滅ぼすべき存在とは思ってなかったり――」
「いえ、覇王は滅びるべきという考えは僕も同じです」
さいですか。
「一ヶ月ほど前に覇王によって五万の軍勢が全滅させられたと聞きました。絶対に許せません。覇王が人々の平和を脅かす存在であることは間違いないと思っています」
「うっ……」
事実なだけに何も言い返せない。言い訳をさせてもらうなら、あの時はまだ覇王に転生したばりで力の調整がままならなかっただけで、全滅させるつもりなんてなかったというか……。
まあ僕が五万もの人間の命を奪ってしまったことは確かだ。そんな僕が人々の魂を取り戻そうとしてるなんておかしな話だということも分かっている。分かった上で僕はここまで来たんだ。
「だけど、覇王を滅ぼす為に大勢の人間を犠牲にするというのは、間違ったやり方だと思います。僕は何度もやめるようセアルさん達に言ったのですが、聞いてもらえず……。もう何が正しくて何が正しくないのか、分からなくなってしまいました」
とても辛そうな表情でラファエは言った。こいつは心から人間の魂を狩ることを否定している。七星天使にもまともな奴がいるんだな。
……こいつになら話してもいいかもしれない。僕がここに来た目的を。
「奪った人々の魂は今どこにある?」
「この城の最上階にある『魂の壺』の中です。どうしてそんなこと……?」
「奪われた魂を取り戻すためにここまで来た、と言ったら信じるか?」
「……え?」
ラファエは目を丸くして僕の方を見る。
「人々の魂を取り戻す為に敢えてセアルの誘いに乗った、と言ったら信じるか?」
「…………」
ラファエはしばらく沈黙した後、
「信じます」
と小さく言った。それからラファエは拳を握りしめ、覚悟を決めた目を僕に向けた。
「行ってくださいユートさん。『魂の壺』を破壊すれば全ての魂は持ち主の身体へと還っていくはずです」
「! いいのか? セアルから僕を監視するように言われたお前が――」
「いいんです。ただ、『魂の壺』には強力な保護呪文がかけられているはずです。破壊するのは無理かもしれませんが……」
「その情報だけで十分だ」
まず僕は【魔封じの枷】によって手首に装着された手錠の破壊を試みる。しかしその手錠はビクともしなかった。やはり力でどうこうできる代物ではないか。もし手錠がなかったらその保護呪文を【解呪】で解除できたというのに。
だがたとえ今は無理でも、次に僕がこの城を訪れた時に迅速に破壊できるよう『魂の壺』の場所と様相を把握しておく必要がある。それにもしかすると僕のパワーなら保護呪文ごと破壊できるかもしれない。
「それと、この城には何千もの下級天使が配置されています。それらの警備をかいくぐって最上階に辿り着くのは困難を極めるかと思いますが……」
「それは問題ない」
僕は椅子から立ち上がる。欲しい情報は手に入った。
「それじゃ僕は行く。色々ありがとなラファエ。お前に会えてよかった」
「そんな、僕は何も……」
「っと、その前に」
ドスッ。
「かはっ……!?」
僕はラファエのもとに歩み寄り、その腹に拳を叩き込んだ。
「ユートさん……何を……!?」
「〝逃がした〟より〝逃げられた〟の方がお前にとって都合が良いはずだ。悪く思うな」
ラファエは気を失い、僕の身体に寄りかかる。僕はそっとラファエを床に寝かせた。安心しろ、お前の想いは絶対に無駄にしない。
「……さて」
ベッドで眠るミカの顔を見た後、僕は部屋を出た。『魂の壺』の所に向かう前に、僕にはやるべきことがある。それは言うまでもなくセレナの救出だ。セレナはこの城のどこかにいるとセアルは言っていた。一刻も早く助けなければ……!!




