第84話 ミカとラファエ
高級ホテルのような内装に感嘆しながら、僕はセアルの後ろを歩く。城の外もそうだったが、中も至る所に天使達が配置されており、虫一匹の侵入も許さないような警備が敷かれている。やがて僕はとある部屋の前まで案内された。
「ひとまずお前にはこの中に居てもらう」
「……ここは?」
「七星天使の一人、ミカの部屋じゃ」
「!」
セアルは軽くノックをし、ドアを開ける。そこにはベッドで眠っている女の子と、その傍で看病している少年の姿があった。
「あっ、おかえりなさいセアルさん」
「ミカの容態はどうじゃ?」
「今のところは安定しています。ところでその人は?」
その気弱そうな少年は不思議そうに僕の方を見る。
「地上から連れてきた人間じゃ。ワシは此奴を次の七星天使にしようと考えている」
「し、七星天使に……!?」
「うむ。ワシが声をかけたら快く付いてきてくれた」
人質を捕っておいてよく言ったもんだ。
「どうしてその人なんですか?」
「此奴はこう見えてイエグをねじ伏せた人間じゃ。七星天使に相応しい実力を備えていると判断した」
「その人が、イエグさんを……!?」
少年は信じられないような表情で僕を見る。
「まずはワシらの住んでいる所を見た上で結論を出したいそうじゃ。もちろん人間のまま七星天使にするわけにはいかないので、ワシの【天使契約】で此奴を天使にしてからの話になるがな」
天使契約……。僕がリナに使った【悪魔契約】の天使バージョンってところか。当然天使などになるつもりはないが、果たして覇王の僕にその呪文が有効なのかどうかはちょっと興味があるな。
「さて、ワシはこれから再び地上に向かう。なんせ瀕死のイエグを地上に置いてきたままじゃからな。ちゃんと生きているといいんじゃが……」
「そ、そんなに酷い状態なんですか?」
「ワシが【緊急回避】で逃がしていなかったらそのまま此奴に殺されていたじゃろう。ただ【緊急回避】は【瞬間移動】と違って離れている対象にも使える代わり、どこに転移するかは不明瞭じゃからな。見つけるのに苦労しそうじゃ」
そう言った後、セアルは僕の方に目を向ける。
「お前にはワシが戻ってくるまでの間に結論を出してもらいたい。もし『七星天使にならない』と答えた場合〝あの女〟がどうなるか……それは想像に任せるとしよう」
次にセアルは少年の方に目を向ける。
「ラファエにはその間この男の監視をお願いしたい。【魔封じの枷】で呪文の発動を封じておるから下手な真似はできないじゃろうが、念の為にな」
「……分かりました」
なるほど。何故僕をこの部屋に連れてきたのか疑問だったけど、こいつに僕を見張らせる為か――
ん? ちょっと待て、今こいつラファエって呼ばれたよな? 確かさっき見た七星天使の序列の第三席にラファエという名前があったはず……。
えっ!? てことはこいつも七星天使なのか!? 見た目的に七星天使の見習いとかそんなポジションだと勝手に思い込んでいた。
しかも第三席ってことは単純に考えて七星天使の中で三番目に強いってことだよな? 運動部だったら万年補欠っぽい雰囲気を出してるのに、人は――いや天使は見かけによらないものだ。
「では頼んだぞ、ラファエ」
そう言い残し、セアルは部屋から退室する。それから僕は改めてベッドで眠っている女の子に目を向けた。
似ている……ユナに。この子がユナの妹、ミカか。昨日ユナが僕に話してくれたことが自然と思い起こされる。
天使と悪魔の間に生まれたユナとミカ。迫害から逃れる為に森の中で肩を寄せ合って生きてきた二人も、今では四滅魔と七星天使という形で決別することになってしまった。何か僕にできることはないものか……。
「あ、あの、僕はラファエっていいます。よろしくお願いします」
するとラファエがオドオドした様子で僕に自己紹介をしてきた。なんか七星天使というわりには威厳が全く感じられないな。だがこいつが第三席というのは確かな事実だし、油断は禁物だ。
「僕はユート。セアルが言ってたように、地上から来た人間だ」
僕は名乗った後、ミカとラファエを交互に見る。
「……さっきまでお前は眠っている女の子と密室で二人っきりだったわけか」
「なっ!? い、言っておきますけど何も変なことはしてませんよ!? ずっと看病だけに専念してましたから!!」
「本当に?」
「本当です!!」
顔を真っ赤にするラファエ。まあそういうことをする奴には見えないし、実際何もしていないのだろう。僕だったら多分我慢できずに手を出して――いや何でもない。
「ところでその子に何かあったのか? あまり顔色が良くなさそうだけど」
「詳しいことは僕にも分かりませんが、地上に出向いている時に体調を崩したそうです。ミカさんは元々身体が弱い人ですから、急な環境の変化が原因かもしれないとセアルさんは言っていました」
元々身体が弱い? ユナからそんな話は聞いてないが……。
そうか、ミカの身体には天使と悪魔の血が半分ずつ流れている。この『天空の聖域』に来た時に僕が頭痛や吐き気に見舞われたのは、僕が覇王だからと見て間違いない。ということは、悪魔の血が半分流れているミカも、少なからず何らかの影響を受けているはずだ。もしかしたらそれが原因じゃないのか?
つまりミカは元々身体が弱いのではなく、この『天空の聖域』の影響を受けて身体が弱くなった、と考えるのが妥当だ。だがセアルやラファエはその事には一切触れていなかった。どうやらミカは自分が天使と悪魔の間に生まれた子だということは誰にも話していないようだ。
「どうかしたんですか?」
「……ちょっと考え事をしてただけだ。気にするな」
これは僕の口から言うべきことではないと判断し、黙っておくことにした。




