第83話 天空の聖域
ゲートの中に飛び込んだ僕は、ウォータースライダーのように流れる風に身を任せ、そのトンネルのような空間を突き進んでいく。やがて前方から差し込む眩い光に僕の視界が覆われた。
次に目を開けた時、気付けば僕はゲートの出口の前に立っていた。そして目の前に広がる光景に、思わず僕は見とれてしまった。
「ここが『天空の聖域』……!」
見渡す限り、雲、雲、雲。一体どういう原理なのか、雲の上には様々な建物が建ち並んでいる。今僕が立っているのも雲の上だ。もし天国が存在するとしたら、きっとこのような世界なのだろう。
「どうじゃ、『天空の聖域』は。地上の何倍も素晴らしいところじゃろう」
隣りに立っているセアルが言った。悔しいが認めざるを得な――
「っ!?」
その瞬間、強烈な頭痛の吐き気が僕を襲った。まるで害虫が身体中を這いずり回るような感覚だ。
何だこれは……!? 攻撃を受けたわけでもないのに、一体どうして……!?
そうか、この『天空の聖域』はいわば天使達の世界。天使と悪魔は対極の存在であり、悪魔がこの世界に立ち入ることなどあってはならない。おそらくこの空間そのものが覇王の身体には毒であり、僕にダメージを与えているのだろう。
「ん、どうかしたか?」
僕の異変を察したのか、セアルが僕に声を掛ける。ここで怪しまれるとマズい。万が一にも僕の正体がバレたら全てが水の泡だ。
「……いや、何でもない。ちょっと立ち眩みがしただけだ」
僕はなんとか平静を取り繕いながら言った。
「そうか。ま、初めてゲートに入れば目眩くらいはするじゃろうな」
僕はホッと胸を撫で下ろす。とりあえず怪しまれてはいないようだ。
HP9999999845/9999999999
ステータスを確認すると、HPが秒単位で削られているのが分かった。このHPの量なら心配はいらないだろうが、この頭痛と吐き気がずっと続くのは辛いな……。
「さて、まずはお前を『七星の光城』に招待するとしよう」
「『七星の光城』……?」
「ワシら七星天使の城郭じゃ。本来なら人間など立ち入ることすら許されない。光栄に思うことじゃな」
ということは、残りの七星天使もその『七星の光城』にいるのだろうか。僕がこれまで直接目にした七星天使はセアル、ガブリ、イエグ、ウリエル(故)、そしてキエルさんの五人。つまり僕が会ったことのない七星天使がまだ二人いる。
そしてその内の一人は、昨日覇王城でユナが話してくれた、ユナの妹のミカ。できることならこの目で見ておきたい。
ふと後ろを振り向くと、いつの間にかゲートが消えていた。いや消えたんじゃない、また認識できなくなったのだろう。
おそらくセアルの【認識遮断】は一度解いても数秒後に自動で再発動するようになっていると推測できる。厄介な呪文だが、【解呪】などで呪文そのものを解除すればその限りではないだろう。
「では行くとしよう。呪文【瞬間移動】!」
セアルの【瞬間移動】により、僕は巨大な城の前に連れてこられた。ここが『七星の光城』か。想像よりも遙かに大きいな。覇王城よりデカいんじゃなかろうか。たかが数人の為にこんな城を用意するなんて贅沢極まりない話だ。
「!」
その時僕はセレナの姿が消えていることに気付いた。さっきまでセアルが肩に担いでいたはず……!
「お前、セレナをどこにやった!?」
「落ち着け。いつまでも肩に担いでいては邪魔になるからな。さっきの【瞬間移動】の時にあの女だけは別の場所に飛ばした」
「どこだ!? 言え!」
僕は鋭く睨みつけるが、セアルが怯む様子はない。
「残念だが教えるわけにはいかないな。まあ『七星の光城』内のどこか、とだけ言っておこう。お前が大人しくしている限り安全は保証してやるから安心しろ」
「……!!」
僕は自分の感情を抑え込むように拳を強く握りしめた。今は冷静になれ。ここに来た目的を忘れるな。
まず僕がやるべきことは、こいつらに奪われた人々の魂がどこにあるのかを知ること。そしてできれば何故こいつらが人々の魂を必要としているのかも聞き出したい。セレナのことは心配だけど、今はこいつの言葉を信じる以外ない。
「城に入る前に、右腕を出してもらおうか」
「……何をする気だ?」
「ちょっとした〝おまじない〟をかけるだけじゃ。別に危害を加えるつもりはないから警戒するな」
「…………」
言われた通り右腕を差し出すと、セアルは僕の手首に人差し指を当てた。
「呪文【魔封じの枷】!」
セアルが呪文を唱えた直後、僕の手首に手錠のようなものが装着された。
「何だこれは?」
「【魔封じの枷】は呪文の発動を封じる呪文じゃ。その手錠が装着されている限り、お前は呪文を発動することが一切できない」
「……物騒なおまじないだな」
「なんせお前はイエグを圧倒した人間じゃ。人質を捕るだけでは抑止としては心許ないのでな」
僕の【変身】が解除されていないってことは、この手錠は現在発動中の呪文に対しては作用しないようだ。どちらにせよ呪文を使うつもりなんてなかったから、こんな手錠はあってもなくても変わらない。
にしてもこんな手錠を装着させるあたり、セアルは僕が呪文の力でイエグを圧倒したと思い込んでいるようだ。それはそうだろうな、ただの人間が拳だけで七星天使をねじ伏せたなんて普通思うはずがない。
「!」
扉の前に立った時、ふと横の壁に刻まれている文字が視界に入った。
第一席 セアル
第二席 キエル
第三席 ラファエ
第四席 ガブリ
第五席 ミカ
第六席 イエグ
第七席 ウリエル
どうやら七星天使の序列を表しているようだ。リーダーのセアルはやはり第一席か。そして何気に第二席のキエルさん。ユナの妹であるミカの名もちゃんとある。
この中で今の僕が人間に変身した覇王だと知っているのはキエルさんとガブリのみ。だけどキエルさんは地上でバイト中だろうし、ガブリは魂狩りの最中だということは先程確認できた。よってここに僕が覇王だと知る者はいないので、正体がバレることないと言っていいだろう。
「では入るとしよう。付いてくるがいい」
扉が重々しい音と共に開かれる。僕はセアルの後に続き、七星天使の根城である『七星の光城』に足を踏み入れた。