第8話 奴隷の女の子
だが僕は屈しない。この羞恥を耐え抜いた先にこそ光はあるのだ!
「で、では、この村をお救いいただいた見返りは……?」
「見返りなど求めていない。強いて言うなら、この村を山賊から救ったという余の功績を人々に広めていってほしい」
そうすれば人々の覇王に対する認識も大きく変わるはずだ。でもここは念には念を入れて……。
「今から余が〝唱和〟をするので、お前達にもそれを繰り返してもらいたい」
「唱和……?」
僕は両手をバッと挙げた。
「覇王はとても良い人! さんはい!」
「…………」
「さんはい!!」
「は、覇王はとても良い人!」
村人達は戸惑いながらも繰り返してくれた。よく考えたら人じゃないけどまあいいか。よし、ここはもう一押し!
「覇王はこの世界の救世主! さんはい!」
「は、覇王はこの世界の救世主!」
うん、ちょっと調子に乗りすぎた。これ以上は宗教っぽくなるから自重しよう。
「……では、余はこれで失礼させてもらう」
「お、お待ち下さい! 本当に何も要求しないのですか!?」
この場から立ち去ろうとする僕を村長が呼び止める。
「金銭でも食糧でも、お望みとあらばすぐに用意させていただきます!」
「必要ない。先程も言った通り、余の功績を広めてくれればそれで十分だ」
「で、ですが、それでは我々の気が済みません……!!」
そう言われても、欲しいと思ったものは所持呪文の【創造】でだいたい手に入っちゃうからなあ。きっと覇王が何も見返りを要求しないことがかえって不気味なのだろう。とりあえず何でもいいから適当に貰っておいた方がいいだろうか。
「!」
僕が困っていたその時、一人の女の子に目が止まった。推定十六歳、胸は大きすぎず小さすぎず、髪型はポニーテール。服は小汚いが、顔は凄く可愛い。正直僕の好みど真ん中だった。
その時、僕の頭に一つの考えが浮かんだ。いくら【創造】でも生命まで作り出すことはできないからな。僕はその女の子を指差した。
「どうしても余に何か差し出したいというのなら、その女を渡してもらおうか」
なんちゃって。当然本心で言ったわけではない。女の子を無理矢理連れ帰ったりしたら逆にイメージダウンになりかねないからな。これで村人達も観念するだろう。
「ふん、やはり無理なようだな。ならば余が求めるものはこの村には――」
「どうぞどうぞ!!」
「こんな女でよければ貰ってください!!」
え?
「それで満足していただけるのなら喜んで差し上げます!」
「いや、ちょっ、今のは冗談……」
「ほら何してる、さっさと行け!」
村人達に背中を押され、その女の子は僕の前にやってきた。ちょっと待ってこの人達白状すぎやしないか!? こんな可愛い女の子を簡単に差し出すとか!
「…………」
女の子は無言で僕の顔を見つめてくる。や、やっぱり可愛い……!!
「では、この女を頂いていこう」
つい僕はそう言ってしまった。ホッと安堵の息を洩らす村人達。まさかこんなことになるなんて……。
その後、村人達に見送られながら、僕と女の子は村を出た。
「はあ……」
思わず溜息が出てしまう。やっちゃったなあ……。
これで「覇王が村の女の子を連れ去った」なんて噂が広まったりしたらイメージアップどころの話じゃなくなってしまうではないか。そもそも大勢の悪魔が蔓延る覇王城に人間の女の子を連れ帰れるわけがない。人間嫌いのアンリに見つかったらどうなるか、想像するのは容易い。
「…………」
女の子は相変わらず無言で僕の後ろを付いてきている。この子もこの子だ、どうして差し出されることに全く抵抗しなかったんだ? 少しでも嫌がる素振りを見せたら村人達も考え直したかもしれないのに。
村人達の姿が見えなくなったあたりで僕は足を止めた。やっぱりこういうのは駄目だ。覇王の評判どうこう以前に、女の子を物みたいに受け取るのは道義に反する。僕は女の子の方を振り向いた。
「お前、名は何という?」
「……リナです」
蚊の鳴くような声で女の子は答えた。
「リナよ。お前はあの村に戻るんだ」
「えっ……?」
リナは目を丸くして僕を見る。
「お前を渡してもらおうと言ったのはほんの冗談のつもりだったんだが、どうも村人達は本気にしてしまったようでな。だからお前はもう帰ってよい」
「…………」
「見返りのことなら心配するな。本当に余には何も欲しいものなどない。今後あの村に関わることはないから安心するがよい」
「…………」
女の子は無言で俯いている。変だな、ここはとても嬉しそうに「ありがとうございます!」と言うところだろうに。今にも覇王に連れ去られようとしてるんだぞ?
「どうした? お前も村に帰りたいだろう?」
「……いえ」
それは予想外の答えだった。
「村に家族はいないのか? 親は? 兄弟は?」
「……いません。私はあの村では奴隷でしたから」
僕は衝撃のあまり、一瞬言葉を失ってしまった。
「奴隷……だと?」
「……私は四歳の時に両親に売られ、あの村にやってきました。そして一つの家庭の奴隷として、十年以上過ごしてきました」
そんな幼少期から……!?
「……奴隷ということは、色々と酷い目にも遭ってきたのだろうな」
「女性しかいない家庭でしたので、性的な暴力を受けることはありませんでしたが……」
リナは肩の部分を少しだけ露出させる。そこには思わず顔をしかめてしまうような生々しい傷跡が残されていた。よく見るとそれ以外にも、この子の身体にもいくつもの傷があった。
でもこれで村人達が簡単にリナを差し出した理由が分かった。あの人達はリナが奴隷であることを知っていたから、差し出すことに何の躊躇いもなかったのだろう。奴隷だろうが何だろうが、この子が一人の女の子であることは変わらないのに。
「まったく、胸糞悪い奴らを助けてしまったものだ」
「……?」
こんな話を聞かされた後じゃ、もう「あの村に帰れ」なんて言えないな。
「だが、余は万の悪魔を統べる覇王だ。前の家庭にいた時よりもっと酷い目に遭うかもしれない、とは考えないのか?」
「……そうかもしれませんが、私は奴隷です。選択権などありませんから」
まるで機械のような口調でリナは言った。
「私にとっては本日からご主人様が変わるだけのことです。男性のご主人様に飼われた時の覚悟もできております。私の身体でよければ、どうぞお好きになさってください」
僕は悟った。この子の心は壊れかけている。今までどんな厳酷な環境に置かれていたのか、とても僕には想像できない。
「……すまないリナ。少しやり残したことがあった」
僕は右手を村の方に向ける。今の僕には怒りに近い感情が込み上げていた。この子を奴隷として飼っていた家庭だけではない。この子を簡単に覇王の僕に差し出した村人達も同罪だ。
「呪文【地震(アースクエイク】!!」
間もなく地面が大きく揺れ始めた。
「うわあああああ!!」
「じ、地震だあああああ!!」
村の方から悲鳴が響き渡り、複数の家屋が倒壊する音が聞こえる。マグニチュードは6から7といったところか。もっともこの程度、この子が今まで受けてきた苦しみに比べたらほんのかすり傷だろう。