第79話 セアルとの邂逅
僕は殺意を滾らせながら、イエグの方へ歩を進めていく。最初の余裕はどこへ消えたのか、イエグの顔はすっかり恐怖に歪んでいた。
「ひっ……!! く、来るな!!」
すると途中で僕の足がピタリと動かなくなった。足下に目をやると、僕の靴が地面に固定された状態で金塊に変わっていた。これもイエグの能力か。
「呪文【蜘蛛金糸】!!」
その隙にイエグは地面に散らばった金塊を細い糸のようなものに変え、蜘蛛の巣のように僕の目の前に張り巡らした。
金が展性や延性に優れているというのは聞いたことがあったが、このような芸当も可能とは驚きだ。これで僕の行く手を阻んだつもりだろうが、所詮はただの悪足掻きでしかない。僕は右手の人差し指と中指に最大限の力を込めた。
「〝破滅一閃(ディストラクション・ブレード〟!」
僕はその二本指を右下から左上にかけて力一杯振る。するとイエグが蜘蛛の巣のように張り巡らした金糸はバラバラに砕け散った。
「嘘でしょ……指の風圧だけで……!?」
イエグがヘタリと座り込んで絶望の表情を浮かべている間に、僕は両足に力を入れて靴を地面から引き剥がし、再び歩を進める。
「来るな!! 来るなあああああ!!」
続いてイエグは金塊の壁を形成し、僕の周りを取り囲んだ。まったく往生際が悪い。僕は拳で金塊の壁をあっさり破壊し、歩を進める。やがて僕はイエグの目の前に立った。
「ど……どうか命だけは……!!」
「さっきも言ったはずだ。この洞窟が貴様の墓場だとな。僕の慈悲には期待するな」
「そんな……!! そ、そうだわ!! この宝石を好きなだけあげる!! これでどう!?」
イエグは身に付けていた宝石を何個か引きちぎり、僕に差し出してきた。
「宝石……?」
「そう!! どの宝石も金貨1000枚以上の価値はあるわよ!? 少なくともそこに倒れている女の何倍もの価値がグハッ!!」
僕は三発目の拳をイエグに炸裂させ、宝石ごと右方向に吹っ飛ばした。
「そんなガラクタ、全部合わせてもセレナの1%ほどの価値もない」
地面に倒れたイエグの方へ、僕は静かに近付いていく。そしてトドメを刺すべく、僕は右の拳にこれまで以上の込めた。
「最期に言い残したい言葉はあるか?」
「…………」
イエグに反応はない。どうやら気を失ったようだ。まあ三発も僕の拳を喰らって絶命しなかっただけでも褒めてやるべきだろう。
「七星天使イエグ……さらばだ」
僕がイエグに向かって拳を炸裂させようとした、その時。
「呪文【緊急回避】!!」
呪文を唱える声と共に、イエグが僕の視界から忽然と姿を消した。行き場を失った僕の拳はそのまま地面に直撃し、クレーターのような大きな穴を開けた。
「消えた……!?」
僕は素早く周囲を見回した。今の呪文は明らかにイエグが唱えたものではなかった。イエグを離脱させた第三者がどこかにいる……!!
「お見事。まさか七星天使をここまで追い詰める人間がいるとはな。お前こそワシが求めていた人材じゃ」
大空洞の入口に注目すると、一人の女が軽く手を叩きながら歩いてくるのが見えた。
「……今の呪文はお前か?」
「ああ。他人の戦いに水を差すのは好きではないんじゃが、仲間が殺されるのを黙って見過ごすわけにもいかんからな。悪く思わないでくれ」
その女の背中にも白い翼が生えている。まさかこいつも七星天使か……!?
「おっと、自己紹介がまだじゃったな。ワシは七星天使のリーダー、セアルじゃ」
「!!」
僕は衝撃を受けた。魂消失事件の首謀者にして、七星天使の統率者、セアル。名前は既に聞いていたが、こうして目にするのは初めてだった。何故こんな所に……!?
「イエグはお前に敗れはしたものの、どうやら『狂魔の手鏡』を破壊する任務は無事に遂行してくれたようじゃな」
地面に散らばった『狂魔の手鏡』の破片らしきものを見ながらセアルが言う。その時僕はセアルの服に返り血が付いていることに気付き、嫌な予感が脳裏をよぎった。
「まさかお前……アスタ達を……!!」
「ん、あの人間共のことか? 勇敢にもワシに戦いを挑んできたものだから相手をしてやった。結果は言うまでもないじゃろう」
無意識に僕の拳に力が入る。それじゃアスタ達の魂もこいつに……!!
「お前……!!」
「おっと動くな」
セアルが指をパチンと鳴らす。すると地面から〝ツタ〟のようなものが生え、セレナの首に巻き付いた。
「セレナ!!」
「大人しくワシの話を聞け。さもなくばこの女の胴と首が離れることになるぞ」
セレナを人質にする気か……!! 今のセレナにあれを自力で解くほどの力は残されていないだろう。僕はセアルを睨みつける。
「……七星天使のリーダーともあろうお方が、随分と姑息な手を使うんだな。イエグですらそんな真似はしなかったぞ」
「ワシにとっても不本意なやり方じゃが、今は深刻な人材不足で手段を選んでいる場合ではないのでな」
人材不足? どういう意味だ……!?
「それと、あの人間共の魂なら無事じゃ。奪おうとはしたんじゃが、【災害光線】を使う女に阻まれてしまった」
「!」
間違いない、リナのことだ。リナがアスタとスーを守ってくれたんだな。
リナにはもし七星天使と遭遇したら僕に念話で知らせるよう言っておいたはずだが、リナからの連絡はなかった。リナのことだから僕に迷惑をかけまいと、セアルに立ち向かう選択を取ったのだろう。
だがそのおかげで、セレナをイエグから救うことができた。もしリナが僕に助けを求めていたら、今頃セレナはイエグに殺されていただろう。
「あの女もなかなかの逸材だと始めは思ったが、残念ながら何者かにステータスや呪文を与えられただけの紛い物に過ぎなかった。もしや与えたのはお前か?」
「……さあな」
僕はセレナの方に目をやる。依然としてセレナの首にはツナのようなものが巻き付いており、セレナは苦しそうに藻掻いていた。
「ユート……アタシに構わないで……!!」
「…………」
もはや僕の正体がどうとか言ってる場合じゃない。ここは呪文を使ってでもセアルをブッ倒し、セレナを救い出すしかない。たとえ覇王であることがバレたとしても――




