第78話 ユートvsイエグ
時間は少し遡り、七星天使のセアルと戦闘中のリナ。二人の戦いが始まって数分が経過していた。
「……っ」
全身傷だらけになりながらも、リナはなんとか地に足を付けて立っていた。ここで倒れたら、自分だけでなくアスタとスーの魂まで奪われてしまう。その思いがリナを奮い立たせていた。
「手加減してやっているとはいえ、ワシ相手にここまで持ち堪えるとはな。素直に褒めてやる」
一方ほぼ無傷のセアルは、感心した様子でリナを見ている。
「お前こそワシが求めていた人材だ――と言いたいところじゃが、戦ってみて一つ分かったことがある。その力、元々お前にあったものではないな?」
「!!」
セアルの言う通り、リナの現在のステータスも呪文【災害光線】も全てユートが与えたものであり、リナ本来の力ではなかった。
「どうやら図星のようじゃな。それがお前自身の力だったのなら七星天使に引き込むことも考えたんだが、残念じゃ。お前に力を与えた者の存在は気になるが、ワシは借り物の力などに興味はないのでな」
「……私も一つ、分かったことが、あります」
息を切らしながらリナが言う。
「ほう、なんじゃ?」
「……貴女が私と戦っている間、貴女の中からずっと〝心の声〟が聞こえていました。その声はとても辛く、悲しそうでした……。本当は貴女も、こんなことはしたくないんじゃないですか……?」
「!!」
セアルは大きく目を見開いた。
「私は少し前まで奴隷でした。そこでは人の顔色ばかり伺う日々を過ごしていたので、なんとなく人の本心が分かるんです。こうして私と戦うことも、人々の魂を奪うことも、貴女が心の底から望んでいることじゃない……。違いますか?」
少しの間沈黙が流れた後、セアルは静かに口を開く。
「この状況でワシを観察する余裕があるとは、たまげたものだな」
小さく笑みをこぼすセアルだったが、すぐに真剣な表情に戻る。
「だがこれだけは言っておく。たとえそれが自分の望んでいないことであったとしても、使命を果たす為なら絶対にやり遂げなければならない。それが七星天使のリーダーとしての責務じゃ」
「使命……?」
「……喋りすぎたな。そろそろ終わりにしよう。お前達の魂、狩らせてもらうぞ」
セアルが本気の力を発揮しようとした、その時。
ドオン!!
「「!?」」
洞窟内の別の場所で爆発のような激しい音が響いた。それはユートがイエグを拳で吹っ飛ばし、壁に叩きつけた音だった。
「なんじゃ今のは……!? どうしたイエグ、応答しろ!」
セアルは念話でイエグと連絡を取ろうとするが、イエグからの返答はない。
「まさかイエグに何かあったのか……!? もし『狂魔の手鏡』を何者かに奪われていたらまずい……!!」
今すぐイエグのもとに向かう必要がある。セアルはそう判断した。
「……命拾いしたな、女」
セアルはリナとの戦いを放棄し、その場から走り去っていった。途端にリナの全身から力が抜け、その場にヘタリと座り込む。
「ごめんなさい、お兄様。私にできるのはここまでのようです……」
やがてリナは気を失い、地面に横たわった。
☆
僕の一撃により壁に大きくめり込んだイエグ。間もなくイエグの身体は壁から剥がれ落ち、ドサッと地面に落下した。
「立てよ。貴様も七星天使の一人、この程度じゃくたばらないだろ?」
僕はイエグの方にゆっくりと近付いていく。イエグは地面に手をついて、ヨロヨロと起き上がった。
「よくも……よくも私の美しい顔をおおおおおお……!!」
もの凄い剣幕で僕を睨みつけるイエグ。口の端からは血がしたたり落ち、もはや美しさとはかけ離れた顔になっていた。
「お前は傷つけてはならないものを傷つけた……!! その罪、残酷な死をもって償ってもらう!! 呪文【金色の世界】!!」
イエグの周囲のものが全て金塊へと変わっていく。二体のドラゴンと遭遇する前に見つけた金塊はこいつの能力によるものだったわけか。ドラゴン達のHPが若干減っていたのもこいつの仕業だろう。
「ふふふ……蜂の巣にしてあげるわぁあ……!!」
やがて金塊はグニャグニャと形を変えていき、いくつもの槍となってイエグの頭上に集まった。どうやら金塊に変えたものを自由に操ることも可能なようだ。
「ユート……!!」
「セレナ、これ以上喋らない方がいい。安心して見ていてくれ」
僕は足を止め、背中をセレナに向けたまま言った。
「強がりもここまでよ!! 今すぐ地獄の底に叩き落としてあげる!!」
全ての槍が僕を目がけて飛んでくる。僕はその場から敢えて動かず、槍の雨を一身に受けた。
「あはははははははははは!! 所詮は人間ね!! 足がすくんで避けることすら――」
イエグの言葉が止まる。槍は一本たりとも僕の身体に突き刺さることはなく、全て地面に落ちた。
「これがお前の言う〝残酷な死〟か? 笑わせるな……」
再び僕はゆっくりと歩き始める。
「む、無傷!? 何らかの呪文で防いだというの……!?」
「貴様には僕が呪文を使ったように見えたのか? こんな温い攻撃ではかすり傷一つ付けられないぞ」
「な、なら、これでどうかしら!?」
続いてイエグは僕の頭上に金塊を集結させ、一つの巨大な金塊を形成した。直径十メートル以上はあるだろう。
「さあ、ペシャンコになりなさい!!」
巨大な金塊が僕の頭に直撃した。しかし逆に金塊が粉々に砕け、僕の周囲に破片が散らばる。当然僕へのダメージは微々たるものだった。
「あ、有り得ない!! どうして効かないの!?」
「…………」
イエグが驚愕している間も、僕は歩を進めていく。
「お……おのれえ!!」
イエグは金の剣を形成し、僕の喉元に向かって剣先を炸裂させた。
「あは、あはははは!! いくら何でも喉を狙われたらさすがに――」
「さすがに、何だ?」
ピシピシと金の剣に亀裂が入り、これも粉々に砕け散る。
「ば……化け物……!!」
絶望の表情を浮かべるイエグに対し、僕は右の拳を握りしめた。
「歯を食いしばれよ……二発目だ」
バキィッ!!
「がっはあっ!!」
僕の拳がイエグの腹に叩き込まれ、再びイエグの身体は壁にめり込んだ。
僕はATKが99999あるにも関わらず、ウリエルとの戦いもガブリの分身との戦いも攻撃手段はほとんどが呪文によるもので、拳で蹂躙することはしてこなかった。一体何故か。
それは僕が無意識の内に、直接この手で誰かを殺めることに抵抗を感じていたからだろう。僕だって元々は人間だ。いくら相手が悪の権化であったとしても、命を奪うことに全く躊躇がないと言ったら嘘になる。だから今までの僕は呪文に頼り切っていた。
だが今の僕は、そんな躊躇も感じなくなるほどの怒りに満ちていた。『狂魔の手鏡』を破壊されたから? いや違う。この怒りの源は間違いなく、セレナを変わり果てた姿にされたことにあった。
もちろん呪文を使ったらセレナに正体がバレるという理由もある。だがこいつだけはどうしても直接この手で殺さなければ気が済まなかった。
「……生きてここから出られると思うなよ。この洞窟が貴様の墓場だ」




