第77話 怒れるユート
(場面は変わり、ペインドラゴン&ヘイトレッドドラゴンと戦闘中のユート)
「呪文【覇導弾】!!」
僕は二発の覇導弾を放ち、それぞれのドラゴンの腹部に炸裂させた。
「ギャアアアアアアアアアア……!!」
「グガアアアアアアアアアア……!!」
HP0/75708
HP0/91967
二体のドラゴンのHPが0になったのを確認し、僕は大きく息をつく。
「……思ったよりも手こずったな」
ドラゴン達の消滅を見届けながら、僕は呟いた。正直三分もあれば十分だと思ってたけど、流石はレベル700超えのドラゴン達、一筋縄ではいかなかったか。あまりやりすぎると洞窟そのものを崩壊させかねないので、力の調節に苦労したというのも要因の一つだろう。
これならさっさと【死の宣告】で片付ければよかったかな。【死の宣告】はMPを100000も消費するからモンスター相手に使うのは勿体ないという考えが無意識に働いてしまった。
「さて、急ぐか」
僕は今一度【変身】の呪文で人間の姿になって走り出す。僕を置いて先に行ってしまったセレナが心配だ。何事もなければいいけど……。
☆
一方、大空洞では『狂魔の手鏡』を賭けてセレナとイエグが戦っていた。
「はあっ……はあっ……!!」
全身血だらけで立つのがやっとの状態のセレナと、ほぼ無傷のイエグ。どちらが優勢かは火を見るより明らかだった。
「美しい……美しいわぁ……!!」
イエグは中央の祭壇に立ち、恍惚とした表情でセレナを見下ろしていた。
「私がこの世で最も美しいと思ってるもの、何だか分かる? 実は金でもなければ宝石でもないの。それはね……血よ!!」
両手を大袈裟に広げるイエグ。
「特に貴女のような若い女が流す血は最っ高!! あ、もちろん金も宝石も好きよ? けどやっぱり血に勝るものはないわあ!! 貴女もそう思わない!?」
「……うる……さい!!」
セレナは足下に転がっていた石ころを数個拾い上げ、イエグに向かって投げる。先程ドラゴン達にやった時と同じく【重力操作】によって石ころの〝重力質量〟を変化させて敵にぶつけるというものだ。
これによりセレナは石ころの質量を全て500kgまで引き上げる。しかしもはやそれは苦し紛れでしかなかった。
「またそれ? 私には通用しないっていい加減分からないのかしら」
飛んでくる石ころに向かって、イエグは右手をかざす。
「呪文【金色世界】!!」
イエグが呪文を唱えた瞬間、セレナが投げた石ころは全て〝金塊〟に変わった。
「私には無機物を〝金〟に変える力がある。しかもそれだけではなく――」
その数個の金塊は空中でピタリと止まり、逆にセレナの方に向かって飛んでいく。
「金に変えた物は私が自在に操ることができる。どう? 美しい私にピッタリの能力だと思わない?」
セレナの呪文によって質量を増した石ころが金塊となり、セレナ自身に降り注ぐ。
「うっ……!!」
その内の一個がセレナの右足に直撃し、とうとうセレナは地面に倒れてしまった。
「勝負あり、ね」
イエグは祭壇の上に置いてある『狂魔の手鏡』を手に持ち、地面に降り立つ。そしてその『狂魔の手鏡』を自分の足下に落とした。
「それじゃ約束通り、この鏡は破壊させてもらうわよ」
「待っ……!!」
セレナは右手を伸ばす。しかし今のセレナにイエグを止める術などなかった。
「よぉく見てなさい。貴女の希望が粉々に砕かれる瞬間を!!」
右足を上げるイエグ。そして――
ガシャン!!
無慈悲な音が大空洞内で響く。イエグによって『狂魔の手鏡』は完全に破壊されてしまった。
「そん……な……」
大きく目を見開くセレナ。人間が七星天使に対抗する為の唯一の希望だった『狂魔の手鏡』。それを目の前で粉砕され、セレナは絶望に打ち拉がれた。
「あっはははははははははは!! いいわよぉ、その絶望に染まった顔!! 最高に美しいわあああああ!!」
イエグは豪快に笑いながら、粉々になった鏡を更に踏みつける。
「サーシャ……スー……アスタ……皆……ごめん……。アタシのせいで……!!」
セレナは拳を握りしめ、悔しさのあまり大粒の涙を流した。
「……さて、残るは貴女ね。このまま殺しちゃってもいいけど、どうしようかしら」
イエグは地面に横たわるセレナのもとまで歩み寄り、考える素振りを見せる。
「そうねえ、じゃあ私の足の裏を舐めながら『イエグ様はお美しい』って十回言ったら命だけは助けてあげる。さあどうする?」
「…………」
セレナは顔を地面に伏せたまま、反応しない。
「ちょっと、なに無視してんのよ。何とか言いなさいよ!!」
「がはっ!!」
イエグはセレナの背中を勢いよく踏みつけた。
「それとも鏡と同じように粉々に砕かれたいのかしらぁ!?」
「うっ!! げほっ!! がはっ!!」
無抵抗のセレナをイエグは何度も何度も踏みつける。やがてイエグは足を止め、不気味に口角を吊り上げた。
「いいことを思いついたわ。貴女の可愛らしいお顔の皮をゆっくりじっくり剥いで、原型を留めなくなったあたりで殺してあげる。貴女の美しい悲鳴を存分に聞かせてちょうだい……!!」
イエグがセレナの顔に手を伸ばそうとした、その時。
「!!」
前方から凄まじい気配を感じ取り、イエグは反射的にセレナから飛び退いた。
「誰か来る……!?」
警戒心を最大まで引き上げるイエグ。すると一人の人物が大空洞に向かって走ってくるのが見えた。それはユートだった。
☆
「セレナ!!」
二体のドラゴンを撃破し、走ること数分。最初に僕の目に飛び込んできたのは、全身血だらけで地面に横たわるセレナの姿だった。
「大丈夫か!? しっかりしろセレナ!!」
僕はセレナのもとに駆け寄り、必死に呼びかける。
「ユー……ト……?」
うっすらと目を開けるセレナ。よかった、ちゃんと息はある。
「ごめんユート……狂魔の手鏡……壊されちゃった……」
「!!」
前方に鏡の破片のようなものが散らばっていることに気付く。そしてその近くでは、一人の女が薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「なーんだ、何かと思えばただの人間のオスじゃない。私としたことが気配を読み違えるなんてね」
「……お前、七星天使か」
僕は立ち上がり、その女を睨みつける。
「ええ。私は七星天使の一人、イエグよ。よろしくね坊や」
やはり予感していた通り、七星天使もこの洞窟に来ていたのか。
「……セレナをこんな姿にしたのはお前か」
「そうよ。血まみれになったその子、とっても美しいと思わない?」
「……!!」
僕の拳に尋常ではないほどの力が入る。
「どうやらその子の仲間のようね。ちょうど物足りないと思ってたところだし、今から坊やが私の相手をしてくれる? 仲間の敵を討つ為に戦うなんて美しいでしょ?」
「…………」
その時セレナが最後の力を振り絞るように、僕の足を掴んできた。
「あの女と戦っちゃダメ……私達じゃ到底敵わない……」
「セレナ……」
「勝手に一人で突っ走った私が悪いの……だからユートだけでも逃げて……」
自分が瀕死の状態でありながら、セレナは僕の身を案じてくれていた。
「何? もしかして戦わないつもり? それとも『女と戦うことなんてできなーい』みたいな紳士気取りのことを言っちゃうタイプなのかしら?」
挑発のつもりなのか、イエグがこんなことを言ってくる。
「お願いユート……逃げて……」
セレナの力が更に強くなる。その手を通じてセレナの決死の思いが伝わってきた。
「……分かった」
僅かな沈黙の後、僕は静かに言った。
「イエグ、といったな。僕はお前とは戦わない」
「……は?」
「お前の言う通りだ。僕には女と戦うことなんてできない。悪いがこの場は退散させてもらう……」
するとイエグは呆れたように溜息をついた。
「失望したわ。まさかこれほど根性なしの男とはね。まったく美しさの欠片も――」
「とでも言うと思ったか」
バギャッ!!
僕の拳がイエグの顔面に炸裂した。イエグの身体はロケットのように吹き飛び、壁に激突して凄まじい衝撃波を巻き起こした。
「安心しろ。貴様は僕がこの世で最も美しく殺してやる……!!」




