第74話 狂魔の手鏡
ユート達が『邪竜の洞窟』でドラゴン達と戦っている頃。洞窟の入口でユート達と別れたサーシャは、一人アジトまでの帰路を歩いていた。皆の事が心配なのか、『邪竜の洞窟』の方を何度も振り返りながら。
「全員無事に帰ってきてくれるといいが……」
未だにサーシャの中では「洞窟内に七星天使がいるかもしれない」という不安が消えていなかった。本当は洞窟の入口で待っていたかったが、サーシャにはアジトの子供達の世話があるので、子供達が起き出す前にアジトに戻らなければならない。
「まあ、ユートが一緒なら大丈夫だと――っ!」
その時サーシャは軽い目眩に襲われ、足を止めて頭を押さえた。サーシャの呪文【未来予知】が発動したのである。【未来予知】は発動のタイミングを自分の意志で選べないので、いつどこで発動するかはサーシャ自身にも分からない。
「こんな時に、私にどんな未来を視せるつもりだ……?」
サーシャは静かに目を閉じ、やがて脳内に未来のビジョンが映し出される。次の瞬間、サーシャの顔は真っ青になり、全身が震えだした。
「そんな……セレナ達が……!!」
未来のビジョンに絶望し、その場で立ち尽くすサーシャ。どうしてもっと早く視えなかったんだと、サーシャは自分の【未来予知】を嘆いた。
「今すぐ……戻らなければ……!!」
サーシャの【未来予知】の的中率は99%。それでもサーシャはいてもたってもいられなくなり、すぐに走り出した。
「くっ……!!」
しかし左足の怪我の痛みが再発し、サーシャはその場でうずくまる。
「この程度の痛みで……立ち止まるわけにはいかない……!!」
サーシャは歯を食いしばって立ち上がり、アジトの子供達のことなども忘れ、ただ『邪竜の洞窟』までの道を全力で駆けていった。
☆
二体のドラゴンの相手をユートに任せ、一人洞窟の先へと進むセレナ。そして走ること約五分、セレナは大空洞に着いた。
「ここって……」
セレナはサーシャから貰った【蛍光】で、大空洞をあちこち照らしてみる。これまで進んできた洞窟の道は自然にできたものだったが、この大空洞だけは明らかに人工的に作られた場所だった。
「絶対何かありそうな雰囲気ね……」
セレナはここが『狂魔の手鏡』の封印場所だと確信する。セレナは逸る気持ちを抑えながら、大空洞の中を慎重に歩いていく。
「あら、これは随分と可愛らしい子がやってきたものね」
その時、一つの女の声が大空洞の中で響いた。
「誰!?」
セレナは足を止め、大空洞全体を見渡す。すると中央に祭壇が置かれていることに気付き、その上では一人の女が腰を下ろしていた。
「なんだか奥から騒がしい音が聞こえてきたから待ってみたけど、どうやら人間が迷い込んでたみたいね」
長い金髪、全身に身に付けた宝石、そして背中に生えた二枚の白い翼。セレナはその翼を見て驚愕の表情を浮かべた。
「まさか……七星天使……!?」
「ご名答。私は七星天使の一人、イエグ。よろしくねお嬢ちゃん」
妖艶な笑みを浮かべながらイエグは名乗る。セレナは恐怖を覚えながらも、鋭くイエグを睨みつけていた。大好きな姉の魂を奪った七星天使。その中の一人が今、サーシャの前に姿を現していた。
「洞窟の入口に障壁を張っていたのは、アンタの仕業だったのね……!!」
「障壁? そんなものを張った覚えはないけど」
「……!?」
イエグが嘘をついているようには見えない。障壁を張った者は別にいるのだろうかと、セレナの中で疑問が渦巻く。
「……まあいいわ。それよりどうして七星天使がこんな所にいるのかしら」
「そんなの決まってるでしょ。これを破壊する為よ」
「!!」
イエグが赤い布に包まれた円形の物をセレナに見せた。大きく目を見開くセレナ。
「それが……『狂魔の手鏡』……!!」
「その通り。どれほど美しい鏡なのかこの目で確認したいところだけど、そういうわけにはいかないものね。なんせ『狂魔の手鏡』には私達天使を無力化してしまう力があるんだもの。このまま布で包まれた状態で破壊するしかないわね」
「そんなことさせない!!」
セレナが大声で叫ぶ。それに対しイエグは不気味に微笑んだ。
「ふふっ。その様子だと貴女の目的もこの『狂魔の手鏡』だったようね。さしずめ貴女は七星天使に大切な人の魂を奪われ、七星天使に復讐する為にこの鏡の力を利用しようとしたってところかしら」
「そうよ……!!」
セレナは爪が皮膚に深く食い込むほど強く拳を握りしめる。
「七星天使は私のお姉ちゃんの魂を奪った……絶対に許せない!!」
「そう、姉の復讐ってわけね。でも一応言っておくけど、私は今回の〝人間の魂狩り〟には参加してないの。だから私に怒りを向けるのはお門違いというものよ?」
「うるさい!! 七星天使は全員アタシ達の敵よ!!」
イエグは深々と溜息をつく。
「まったく、とんだとばっちりね。だけどただ破壊するだけじゃ面白くないと思ってたところだし、ちょうどいいわ。一回だけ貴女にチャンスをあげる」
「チャンス……!?」
イエグは『狂魔の手鏡』を祭壇の上に置き、地面に降り立った。
「私と殺し合いをしましょう、お嬢ちゃん。もし貴女が私を殺すことができたら、あの鏡は好きにしていいわよ。だけど私が貴女を殺したら、予定通りあの鏡は破壊させてもらうわ」
「……!!」
「もちろん殺し合いの最中に隙を見てあの鏡を持って脱出するというのもアリよ。そんなことさせるつもりはないけど。どうする? 受ける?」
イエグからは自分が人間などに負けるはずがないという自信が溢れ出ていた。
「怖いのならこのままUターンして逃げてもいいのよ? 特別に見逃してあげるから。さあ、どうするの?」
イエグは明らかにセレナを挑発していた。しばらく俯くセレナだったが、やがて静かに顔を上げる。その目には確固たる意志が宿っていた。
「分かったわ。その提案、乗ってやろうじゃない……!!」
「ふふっ、そうこなくっちゃね。貴女の美しい決心に敬意を表してあげる。でも本当にいいのかしら? 人間の分際で七星天使の一人である私に勝てると本気で思ってるの?」
「当然よ。アタシ達はこういう時の為に、今まで鍛錬を積んできたんだから……!!」
イエグは不気味な笑みを浮かべ、舐めるようにセレナを見つめる。
「では始めましょうか。貴女がどれだけ美しい悲鳴を上げてくれるか、とっても楽しみだわぁあ……!!」




