第65話 ユナの秘密
「一体どういうつもりだユナ!! お前は自分が何をしたのか分かっているのか!? その行為はユート様に対する最大の侮辱だ!! 今すぐ自害せよ!!」
アンリが大声で怒鳴るが、ユナが動揺する様子はない。それからユナは僕に向かって深々と頭を下げた。
「今の私の非礼は決して許されるものではございません。いかなる処罰をもってしても償うことはできないでしょう。もちろんユート様が自害せよとおっしゃるのでしたら、謹んで自害させていただきます」
「……よい。お前の罪を全て許そう」
「! 宜しいのですか?」
「うむ」
正直結構ショックだったけど、握手を拒否されたくらいで自害させるほど僕の心は狭くない。セレナの態度に比べたら全然大したことないし。
「ユート様の慈悲深さに心から感謝します。それでは失礼させていただきます」
ユナはもう一度頭を下げ、大広間の扉に向かって歩き出す。アンリの方に目をやると、鬼のような形相でユナの背中を睨みつけていた。
「……少々お待ちくださいユート様。この私が今すぐユナに自害という名の罰を――」
「よいのだアンリ」
「で、ですがユート様!! ユナはあろうことかユート様が差し出された手を拒んだのですよ!? 私であればユート様のお手の感触が一生残るくらいの勢いで握り返すというのに……!!」
それもどうかと思うけど。
「やはりユナの非礼は万死に値します!! 今すぐ自害させるべきです!!」
「聞いていなかったのか? 余はユナの罪を全て許したのだ」
「し、しかし……!!」
「余の為を想うお前の気持ちは分かる。だが余に二言はない。どうかお前もユナを許してやってほしい」
「……かしこまりました」
まだ納得のいかない様子だったが、アンリは頭を下げた。僕はユナが扉の向こうに消えるまで、その後ろ姿を静かに見つめていた。
「さて。話は変わるが、余はこの後再び人間領に戻るつもりだ。まだやるべきことが残っているからな」
「……え?」
するとアンリの顔からサーッと血の気が引いていくのが分かった。
「そ、それはつまり、また当分お会いできなくなるということでしょうか……!?」
「案ずるな。明日中には戻ってこられるだろう」
後はセレナ達と『狂魔の手鏡』を入手するだけだし、多分一日も掛からないだろう。しかし一向にアンリの顔色が戻る気配はない。
「……大丈夫かアンリ?」
「いえ、その、これ以上ユート様がいないことの辛さに耐えられる自信がなくて……」
たった一日なのに!?
「やはり私も人間領に連れて行ってくださいませんか!?」
「それはできない」
アンリを人間領に連れて行くなんて羊の群れに狼を放つようなもんだし、その上僕が人間と協力してることがバレたらどうなるか分かったもんじゃない。
「な、何故リナ様はよくて私はダメなのですか? もしかしてユート様は私の事がお嫌いなのでしょうか……」
今にも泣きそうな顔のアンリ。僕に心酔しすぎるというのも困りものだ。
「馬鹿なことを言うな。余はお前の事を心から信頼している。お前が城にいるからこそ余は安心して人間領に赴くことができるのだ」
「ほ、本当ですか……!?」
「うむ。お前には迷惑をかけことになるが、その代わり余が戻ってきたらお前の望みを何でも一つ叶えてやろう」
僕がそう言うと、アンリの顔色が一瞬で元に戻った。
「何でも!? 何でもでございますか!?」
「そうだ」
「……分かりました。それでは身体をキレイにして、ユート様のご帰還をお待ちしております」
アンリが頬を赤く染めてモジモジしながら言った。どんな望みかだいたい想像つくような……まあいいか。
大広間を出た僕は、覇王城の中を適当に歩いてみることにした。すぐにサーシャのアジトに戻ってもよかったけど、なんせ二日も城にいなくてこの後またいなくなるので、僕が健在であることを皆に示しておく必要があると思ったからである。
「ユート様だ!」
「ユート様がお通りになられるぞ!」
城内の悪魔達は僕とすれ違う度にその場で膝をついてくる。未だに慣れないんだよな、これ。普通に「こんちはっす!」って挨拶するだけでもいいのに。
「ん?」
ある程度城内を歩き回り、そろそろサーシャのアジトに戻ろうかと思った時だった。ふとテラスの方に目をやると、そこには一人夜空を見上げるユナの姿があった。その表情はどこか寂しげに見える。
僕はテラスまで行き、ユナに声をかけてみることにした。
「! ユート様」
「そのままでよい」
膝をつこうとしたユナを僕は右手を出して制止する。
「綺麗な夜空だな」
「……はい」
僕はユナの隣りに立ち、一緒に夜空を見上げる。生前の日本の夜空に比べたら何百倍も美しい。
「……先程お前が余の手を拒んだのは何故だ?」
「!」
「何か特別な理由があったのだろう?」
「……流石はユート様。何でもお見通しなのですね」
いやまあ、ただの勘だけどね? だけどユナが何の理由もなく僕の手を拒むような子には見えなかった。
「良ければ余に話してはくれないか、その理由を」
「それは……」
「ただしどうしても話したくないというのなら、余も無理に聞き出すことはしない」
「…………」
しばらく沈黙が流れる。ユナは意を決した顔で僕の方を見た。
「いえ。偉大なるユート様に仕える身として、隠し事など以ての外です。ただしこれを話せば、ユート様は私を激しく嫌悪することになると思われます」
「構わん。話してくれ」
「……かしこまりました」
胸の前でキュッと手を握りしめるユナ。緊張と不安が入り交じった表情で、ユナは恐る恐る口を開けた。
「私は――悪魔と天使の間に生まれた子です」
「!!」
予想以上の衝撃が僕を襲った。ユナもサーシャと同じ……!? いや、サーシャの場合は人間と天使の間に生まれた子だった。悪魔と天使という相反する存在の間に生まれた子、それがユナ……!!
「私の身体には天使の血が半分流れています。そのような忌むべき者に触れてはユート様の高貴なお手を汚してしまうと思い、咄嗟に拒んでしまいました」
そういうことだったのか、と僕は納得した。
「……そのせいで、今まで何度も辛い思いをしてきたのだろうな」
「はい。私はこの悪魔領で生を受け、二年後には妹も生まれました。父は悪魔、母は天使だったのですが、母は天使であることを隠し、四人で平穏な生活を営んできました」
ユナは静かに自分の身の上を語り始める。
「しかし私が七歳の時、その生活は一変しました。とうとう母が天使であることがバレてしまったのです。それから父と母は異端者として殺されてしまいました」
「……!!」
「父と母はその身を犠牲にし、私と妹を逃がしてくれました。しかし当然ながら私達を受け入れてくれる場所などあるはずもなく、私達は数年間、誰の目も触れることのない森の中で過ごしました」
僕は胸が苦しくなった。人間と天使の間に生まれたサーシャですら差別を受けてきたと言っていたんだ。悪魔と天使なら、その差別は一層酷いものになるだろう。
「……妹はどうなったのだ?」
僕が尋ねると、ユナは再び夜空を見上げる。その目は夜空の遙か先を見つめているように思えた。
「妹は――今も生きています。名前はミカ。現在の七星天使の一人です」
「!!」
更なる衝撃が僕を襲った。




