第63話 覇王様のホットドッグ
廊下に誰もいないことを確認し、僕は覇王の姿のままサーシャの部屋を出た。
さて。まだ全然眠くないし、元の姿に戻ったついでに一度覇王城に帰ってみようかなかな。城の当主が二日も不在というのもどうかと思うし、アンリがまた何かやらかしてないか心配だ。色々と報告したいこともあるし。
「呪文【瞬間移動】!」
直後、僕は覇王城の大広間に帰還した。たった二日振りなのに、なんだか随分久々に帰ってきた気分だ。とりあえず僕は玉座に腰を下ろした。
「……ん?」
目線を下に落としてみると、なんとそこには膝をついているアンリの姿があった。当然僕が帰還することは誰にも伝えてない。ということは、アンリは誰もいないこの大広間でずっと膝をついていたのか……?
「ハッ! ユート様、お帰りになられたのですね!?」
僕の存在に気付いたのか、アンリが顔を上げて僕を見る。やがてその目からはポロポロと涙がこぼれ始めた。
「私はこの時が来るのを一日千秋の思いで待ちこがれておりました。これほど幸せを実感したことはございません……!!」
「……うむ。余も嬉しいぞ」
二日会わなかっただけなのに、まるで十年振りの再会のようなリアクションである。そんなに僕のことが恋しかったのか。
「うっ……」
すると目眩でもしたのか、アンリが体勢を崩して片手を床につけた。
「どうしたアンリ? 大丈夫か?」
「も、申し訳ございません。ユート様のお顔を見て安心したのか、急に空腹が襲ってきてしまいました……」
「空腹? ちゃんと食事はしているのか?」
「いえ。ユート様が人間領での調査に尽力しておられる時に、ユート様の一番の側近である私がのうのうと食事をするのは失礼に当たると思い、ユート様が帰還なさるまで断食すると決めておりました」
それに何の意味があるの!? 別にご飯を食べるのは失礼でも何でもないよね!? 忠誠心の高さがおかしな方向に行ってるよ!!
「余が不在だからといって断食などする必要はない。ちゃんと飯は食べろ。せっかくの綺麗な肌を保てなくなったらどうする」
「き……綺麗な肌……!? ユート様が私の肌を綺麗だと……!!」
するとアンリは目をハートマークにしたまま気を失い、パタンと床に倒れた。なんか前にもあったなこういうこと。今回は極度の空腹も要因の一つだろうけど。
僕は【万能治癒】の呪文をアンリにかけ、気絶状態から復活させた。
「ハッ! ま、まさか私は気を失っていたのですか!? 申し訳ございません、ユート様に余計なお手間を……!!」
「気にするな。それよりまずは空腹を満たせ。呪文【創造】!」
僕は【創造】で一個のホットドックを生成し、アンリに差し出した。
「これを私に……?」
「うむ。所詮呪文で出した物だから味は保証しないがな。それともホットドックはあまり好きではないか?」
「そんな、滅相もございません!! 私の一番好きな食べ物はたった今ホットドックになりました!! もはやこのホットドックを食べる為に生まれてきたと言っても過言ではありません!!」
そんな大袈裟な。
「ううっ。美味しい、凄く美味しいです……!!」
「それは何よりだ」
アンリは涙を流しながら僕が生成したホットドックを食べる。なんだか山で遭難して数日間何も食べていなかった人を見ているようだ。
悪魔達がいつも食べているのは紫色のドロドロしたスープだったりネズミのような生物の死骸だったりとグロテスクなものばかりだったからアンリの口に合うかどうか不安だったけど、一応人間の食べ物も大丈夫なんだな。
「特にこのウィンナーの絶妙な太さと固さが堪りません。流石はユート様のホットドックです……!!」
なんかいかがわしく聞こえるんだけど。まあ、それはそれとして。
「アンリ、お前に話しておきたいことがある。食べながらでいいから聞いてほしい」
「えっ!? た、食べながらユート様のお言葉を聞くなど、そのような無礼を働くわけにはゴホッ、ゲホッ!」
「慌てるな。余は気にしないからゆっくり食べてもらって構わない」
「こ、心遣い、痛み入ります……」
僕は人間領に出向いた結果、人間の魂を奪っていたのは七星天使だったと判明したことをアンリに話した。
ちなみに僕が一時的にサーシャ達の仲間になったことは当然秘密だ。覇王である僕が人間と協力関係を結んだとアンリが知ったら卒倒しかねないし。
「七星天使が人間共の魂を……。天使が利用しているという〝ゲート〟の捜索を昨日私に依頼したのは、そのような背景があったからなのですね」
「そういうことだ」
「ですが、何故七星天使はそのようなことを?」
「それはまだ分かっていない。しかし何らかの目的があって人間の魂を集めていることは確かだろう。人間を守る為――ゴホン。余の餌である人間共を横取りされない為にも、奴らは必ず滅ぼさなければならない」
「はい、私もそう思います」
危ない危ない、一瞬本心が出そうになった。覇王である僕が「人間を守る為」なんて発言したら大問題になってしまう。
「それでアンリよ。依頼した〝ゲート〟の捜索の方はどうなっている?」
僕が尋ねると、アンリは暗い表情で俯いた。
「……誠に申し訳ございません。現在覇王軍の悪魔5000体を動員して探させておりますが、未だに発見の報告は上がっておりません」
「そうか。ならばよい」
元々あまり期待していなかったので、僕は大してガッカリしなかった。やはり〝ゲート〟は天使達が何らかの呪文で外部からの認識を遮断させているか、もしくは〝ゲート〟自体がそもそも地上に存在しないか……。
いずれにせよ『狂魔の手鏡』の入手に協力する見返りにサーシャから聞き出す方法が一番早そうだ。
「もし本日までに発見できなかった場合、ユート様のご期待に添えなかった罪を償うべく5000の悪魔共々自害しようと――」
「しなくてよい!」
思わず声を荒げてしまった。やっぱり一度帰ってきて正解だったよ。危うく覇王軍の悪魔を大量に失うところだった。
「余が城にいない間、何か異常などはなかったか?」
「はい、特には……。あっ」
「ん、何かあったか?」
「いえ、異常ではないのですが、一つ報告がございました。本日ユナが任務を終えて城に帰還するとのことです」
「!」
ユナか。確かアンリ、ペータに続く三人目の滅魔の名前だったはず。どんな悪魔か気になっていたし、ちょうど良いタイミングに帰ってこられたな。
「おそらくもう間もなく帰還すると思われます。私から〝念話〟でこの大広間に来るように伝えておきましょう」
「うむ、頼んだ」
それから待つこと三十分。もう間もなくと言ったわりには遅いなと思っていると、大広間の扉をノックする音がした。僕が「入れ」と言うと、扉が静かに開いた。




