第6話 村人を救え!
「ユート様。少しの間、外させていただきます」
「ああ」
アンリは頭を下げ、大広間から出た。基本的にずっと僕の前で膝をついているアンリだが、このように一日に何度か大広間を出ることがある。理由は聞いたことがないが、まあ、十中八九トイレだろう。悪魔といえど生理現象は止められないからな。
ちなみに僕がトイレに行く時はアンリがきっちりトイレのドアの前まで付いてくる。いい加減やめてほしいんだけどな……。
なんにせよ城から抜け出すなら大広間に僕以外誰もいない今が最大の好機。だがすぐに抜け出したことがバレるのはマズい。アンリに気付かれないように城から出る一番の方法は何か。アンリがトイレから戻ってくる前に早く決めなければ。
間もなく僕は玉座から腰を上げた。うん、やっぱりこれくらいしか思いつかない。子供騙しの策だけど……。
「呪文【創造】!」
僕は呪文によって僕そっくりの〝等身大の人形〟を生成し、玉座に座らせた。
ひとまずこれでよし。正直こんなものでアンリの目を欺けるかは微妙なところだが、アンリから僕に話しかけてくることはあまりないし大丈夫だろう。きっと多分おそらく。
「呪文【瞬間移動】!」
続けて僕は呪文を発動し、城の外に瞬間移動した。
目の前には広大な緑の大地が広がっている。この世界に転生して初めて外に出た。先日僕が【災害光線】で焼け野原にしてしまった大地も一瞬視界に入ったが、見て見ぬフリ。それから僕は警備の悪魔に見つからないよう近くの巨木の陰に身を隠した。
やった、ついにやったぞ! 感動のあまり目から涙が零れそうになった。思わず「僕は自由だー!!」と叫びたくなったが、誰かに聞こえたらマズいので心の中だけに留めておくことにした。
「…………」
それから僕は腕を組み、木に背をもたれる。
で、これからどうしよう。
城から抜け出すことだけに頭が一杯で、それが成功した後何をするかまでは考えていなかった。僕って転生したくてしたわけじゃないから何か野望というか目標を持ってるわけじゃないんだよなあ。
よし、せっかく自由を手にしたことだし、まずは何でもいいから目標を立てよう。やはり転生したからには名を上げたりしたい。名を上げるには、やはりこの世界の悪を滅ぼすのが一番手っ取り早いだろう。決めた! 僕はこの世界の悪を滅ぼす決意を――
「って僕が悪そのものやないかい!!」
僕は木に額を打ちつけながらノリツッコミ。そうだ忘れてた、僕は悪魔を統べる覇王。むしろ滅ぼされるべき存在だった。
「おい、今何か声がしなかったか?」
「ああ、俺も聞こえた」
すると城の外を見張っている悪魔達がザワつき始めた。しまった、もしかして今の声に出てた!?
それから悪魔達があちこちを駆け回る音が聞こえる。僕はその場で体操座りをし、内心ビクビクしながらジッと待機する。
「どうやら気のせいだったみたいだな」
「ああ」
やがて駆け回る音が止み、僕はホッと安堵の息を洩らした。では改めてこれからの目標を考えよう。
ていうかよく考えたら「覇王=悪」というのは所詮は主観でしかない。この世界で僕がめっちゃ良い事をすれば人々の間に「覇王=善」という認識が浸透し、やがて人間と悪魔が共存できる日が来るかもしれない。「いやアンタもう人間を五万人も殺しちゃってるし手遅れじゃね?」とかそういうことは言ってはいけない。
よーし決めた。とにかくめっちゃ良い事してやるぞ。その為にはまずその足掛かりになりそうなことから探そう。何か使えそうな呪文はないだろうか……。
実を言うと僕はまだ自分の所持呪文を全て把握しているわけじゃない。本来ならステータス画面に表示されるはずなんだけど、最初に言ったように所持呪文の数が多すぎて表示がバグを起こしている。これまで使った呪文は【災害光線】【万能治癒】【創造】【瞬間移動】の四つだけだが、感覚的に最低でも全部で100個はあるだろう。
僕は目を閉じ、他にどんな所持呪文があるか頭の中を模索してみることにした。一応この方法でも所持呪文の確認はやや不明瞭ながらも可能である。
えーっと、【悪魔契約】【絶対障壁】【育毛促進】【能力付与】……。本当に色々あるな。ってちょっと待て育毛促進って何!? そんな呪文まであんの!?
「!」
すると僕は【千里眼】というのを見つけた。これは使えそうな呪文だ。僕は早速【千里眼】を発動し、視界を色々な所に飛ばしてみる。距離に制限はないらしく、僕の視界は悪魔の領土を飛び出して人間の領土を映し出した。
「おっ」
やがて僕は一つの村を発見した。そこでは山賊らしき奴らが村人達を襲っている最中だった。
これだっ! この山賊をやっつけて村を救えば、僕は人々から英雄と称えられるに違いない。せっかくチートステータスを備えてるんだからこういう時にこそ活かさないとな。
村人達を救うことを決意した僕は、【千里眼】を解いた後もう一度【瞬間移動】を発動し、城の外から姿を消した。
「金になりそうな女は捕らえろ!! それ以外の奴は皆殺しだ!!」
「ヒャッハー!!」
そこでは【千里眼】で見た通り、山賊共が剣を振り回し、村人達が逃げ惑っていた。血を流して倒れている者も大勢いる。山賊の数は五十人強といったところか。やっぱり異世界ともなるとこういうことが起きるんだな。僕の前世では考えられなかったことだ。
「うおっ!?」
「な、なんだ!? どこから現れた!?」
山賊共が瞬間移動してきた僕を見て驚きの声を上げる。
さて、では始めようか。こいつらには「覇王はめっちゃ良い人」という認識を人々に浸透させる為の礎となってもらおう。今こそHP9999999999MP9999999999ATK99999(以下略)の僕の力を知らしめる時だ。
「なんだかわかんねーが凄そうな加勢が来たぞ!!」
「ヒャッハー!! このままやっちまおうぜ!!」
って山賊共に仲間だと思われてる!!
「ああ……もうお終いだ……」
「神は我らを見捨てたのか……」
村人達は僕の登場で更に絶望を深めていた。まあ、こんな禍々しい身なりじゃこうなっても仕方ないか。まずはこの誤解を解くことから始めなければ。
「ふっ、どうやら何か勘違いをしているようだな。余は貴様達を成敗しに来たのだ」
僕はできるだけ威圧感を与えるよう山賊共に言った。山賊共の間から「はあ?」「なんだこいつ?」などの声が聞こえる。
「けっ、そんな格好でヒーロー気取りのつもりかよ。たった一人で何ができる!」
山賊の一人が僕に言った。この覇王の姿を目の当たりにすればビビッて逃げるかもと思ったけど、やっぱそう簡単にはいかないか。
「たった一人で何ができる、か。むしろ貴様達はその人数で余と戦う気か? 応援を呼ぶなら早い方がいいぞ」
とまあハードルを上げてみたりもしたけど、大丈夫……だよね?
「はっ、寝言は寝て言いやがれ!!」
山賊の一人が僕の所に向かってきた。
「ぐっ!?」
その山賊の剣が僕の腹に突き刺さり、僕は声を洩らした。
「ははははは!! 口程にもないとはこのことだな!!」
「…………」
山賊達の高笑いを聞きながら、僕は剣が刺さったところに目をやった。そこには傷一つ付いておらず、痛みも全く感じなかった。
HP 9999999999/9999999999
ステータス画面のHPにも変動がない。どうやら今のはダメージとして認識すらされなかったようだ。まあDEFは99999もあるからな。身体に剣を刺されたのなんて初めての経験だったから思わず「ぐっ!?」なんて声を出してしまった。いや、もはや〝刺された〟と表現していいのかどうかも分からなかった。