第56話 ○○の未来
こうしてカレーが完成し、僕達は皿をテーブルに運んでいく。子供は三十人以上いるのでかなりの量になった。毎日これをやるのは大変そうだ。
「では子供達を呼んでくるとするか」
サーシャは【急成長】の呪文で大人の姿になると、一旦食堂を後にした。
「アンタの分はアタシが用意してあげるわ」
「……えっ、本当に?」
これには驚かざるを得なかった。僕はセレナに嫌われてるものとばかり思ってたけど、案外心を開いてくれて――
「はい、どうぞ」
「…………」
セレナに渡された皿を見て僕は言葉を失った。他の皿に比べると明らかにカレーの量が少なく、ほんの二、三口分くらいしかなかったのである。
「……なんか異様に少なくないか?」
「それは完全に気のせいね。言っとくけどおかわりはないから」
「……そ、そうか。気のせいならしょうがないな」
僕は泣きそうになりながら自分の席に着いた。覇王城にいた頃には考えられないような仕打ちだな……。
子供達が全員食堂に集まり、食事の時を迎えた。僕はスプーンにカレーとご飯を半分ずつ乗せ、口に運んだ。
「!!」
その瞬間、僕は雷に打たれたかのような衝撃に襲われた。
美味い。ルーは甘すぎず辛すぎず、舌の上にトロリと流れて消えていく。米の食感とも絶妙にマッチしており、噛めば噛むほど味わいが出てくる。ハッキリ言って僕が今まで食べたどのカレーよりも美味しかった。
「どうだユート。美味いだろう?」
「……ああ」
サーシャの言葉に僕は頷くしかなかった。同時にサーシャが「呪文は必ずしも万能というわけではない」と言っていた意味を理解した。なるほど確かに、僕の【創造】でこの味を引き出すのは不可能だろう。
考えてみれば呪文でポンと生み出した即席のカレーが、時間をかけて作られた手作りのカレーに勝てる道理なんてあるはずもないか。惜しむらくはこの量では僕の胃が全く満たされないということか……。
「お、お兄様。もし良ければ私のカレーをお分けしますけど……」
そんな僕の心中を察してくれたのか、隣りのリナが自分の皿を僕の方に寄せてきた。セレナからあんなことをされた直後なので、リナの優しさが凄く身に染みる。
「……いいよ、あまり食欲ないし。それよりカレーはどうだ?」
「凄く美味しいです。ほっぺたが落ちそうになっちゃいました……」
リナも舌を巻いていた。本当は結構お腹は空いてるんだけど、奴隷時代のリナは今の僕の比じゃないくらい酷い目に遭ってきただろうし、美味しいものは腹いっぱい食べさせてやりたいからな。
「……ご馳走様でした」
そして早くもカレーを食べ終えてしまった僕。量に不満はあったものの、味の方は文句なしだった。
セレナには申し訳ないけど、本当にセレナが作ったのだろうかと疑ってしまう。セレナみたいな女の子って料理が苦手そうなイメージがあるし。
「セレナって性格は不器用なクセして手先はやたらと器用だよなー」
「余計なお世話よアスタ!」
「顔は可愛いし、スタイルも抜群、おまけに料理上手ときたもんだ。将来はセレナのような嫁が欲しいもんだ。つーか今すぐオレの嫁になってくれ!」
「却下」
「だっはーマジか! ショックでしばらく立ち直れねーわ!」
セレナに振られたアスタだが、サーシャとスーは特に気に留める様子もなかった。多分日常的に見られる光景なんだろう。
「……ではそろそろ本題に入ろうか。『狂魔の手鏡』の入手作戦についてだ」
このサーシャの発言にアスタ達は喋るのをやめ、スプーンを置く。皆の雰囲気が一変したのが分かった。
「予定通りアスタ達には明朝『邪竜の洞窟』に入ってもらい、『狂魔の手鏡』を入手してきてもらう。っと、ユート達にはまだ伝えてなかったな」
「ああ。でもどうして朝なんだ?」
「その時間帯が洞窟内のモンスター達の活動が最も鈍くなるからだ。『狂魔の手鏡』の入手確率はできるだけ高い方がいいからな」
「……なるほど。そういやサーシャは一緒に来ないのか?」
「私には足の怪我があるからな。洞窟の入口までは付いていくつもりだが、作戦に参加はできない。子供達の面倒も見ないといけないしな」
少し離れたテーブルで楽しそうに食事をしている子供達を見ながらサーシャは言った。
「そして皆も聞いたと思うが、この作戦にはユートとリナも参加することになった」
「へっ!? わ、私もですか!?」
驚いた声を上げるリナ。
「ん、違ったか? その為にユートが連れてきたものとばかり思っていたが」
「わ、私はただお兄様に付いてきただけで、その……」
リナは困惑した顔で僕の方を見る。
「リナ自身はどうしたいんだ?」
「! 私は……」
僅かな沈黙を挟んだ後、リナは顔を上げた。
「私も参加したいです。いえ、参加させてください」
リナの目は強い決意に満ちていた。
「足を引っ張るだけかもしれませんが、お兄さんが頑張っている時に私だけ安全な所でジッと待ってるなんて、できません」
「……そうか。なら一緒に頑張ろう」
「はい!」
リナを参加させるのは正直少し心配だけど、リナは僕との【悪魔契約】によって大幅にステータスが上がってるし、僕が与えた【災害光線】の呪文もある。そんじょそこらのモンスターに負けることはないだろう。
それにリナがここまでハッキリと自分の意志を見せるのは初めてのことだし、兄としてはできるだけ尊重してやりたい。
「決まりだな。ではユート、リナ。よろしく頼――」
「私は反対よ!!」
するとサーシャの言葉を遮るように、セレナが立ち上がって叫んだ。
「ご、ごめんなさい。やっぱり私なんかが参加するのはおこがましいですよね……」
「あっ、ち、違うの! 今のはリナじゃなくて、あの男のことを言ったの!」
セレナがビシッと僕の顔を指差した。
「何故だセレナ? ユートの実力はお前も地下訓練場で目の当たりにしたはずだ」
「そうそう。なんせユートはこのオレを倒しやがったんだからな。ぜってー力になってくれるぜ」
「そういうことを言ってるんじゃないの!! だ、だって私はこの男に二回も辱めを受けたのよ!? そんな奴と協力なんてできるわけないじゃない!!」
一回目はともかく、二回目は僕のせいじゃないと思うな……。
「セレナ、今はそんなことを言ってる時では――ッ!」
すると突然サーシャの言葉が途切れ、自分のこめかみを手で押さえた。
「おっ? また〝例のアレ〟かサーシャ?」
「……ああ。すまない皆、少しだけ静かにしてくれ」
そう言って、サーシャは目を閉じて腕を組む。急にどうしたんだ?
「今、サーシャの【未来予知】が発動してる」
正面に座っていたスーが小声で言った。サーシャが【未来予知】の呪文を持っていることは昨日聞いたが、今のはどう見ても意図的に発動したようには見えなかった。
「サーシャの【未来予知】は発動タイミングを選べない。いつどこで発動するか、それはサーシャ自身にも分からないらしい」
「……なるほど」
スーの説明に僕は納得した。勝手に発動する呪文というのも存在するのか。便利な力だと思ってたけど、それを考えると案外そうでもないかもしれない。誰かと戦ってる最中に発動したら凄く邪魔そうだ。
待つこと約三十秒。サーシャは静かに目を開けた。
「終わったみてーだな。今回はどんな未来が視えたんだ?」
「う、うん……」
アスタの問いに対し、サーシャはやや動揺した様子で言葉を濁した。
「……悪い未来なのか?」
「そんなことはない。むしろどちらかと言えば良い未来だ。だが、これは果たして言っていいものか……」
何故かサーシャは僕とセレナを交互に見る。
「んだよ、ますます気になるじゃねーか。勿体ぶらずに教えてくれよ。良い未来なら問題ねーだろ?」
「……そうだな」
サーシャはコホンと咳払いした後、こう言った。
「ユートとセレナ。二人がキスをする未来だ」
「「ぶーっ!?」」
僕とセレナは盛大に噴き出してしまった。




